破壊の王 5.1
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全てが億劫だった。
ベッドに寝そべりぼんやりと天井を眺める。
一ヶ月7万2000円の1DK。そろそろ引っ越そうかと考えていた時のリストラだった。もうしばらくはこのアパートで暮らす必要があるだろう。
――どうかね? もし君さえ良ければ、この屋敷で暮らさないか?
朝宮はそう言ったが、あの男の顔を毎日見るなど、とても我慢できそうもない。
ガーガーと掃除機の音が部屋に響く。
いつものように芹沢水穂が部屋を掃除してくれているのだ。
「まったくぅ。何よ、そんなダラダラしちゃって」
掃除機を止め、芹沢水穂が亮平に声をかけた。洗いざらしのジーンズに白いトレーナー。長い髪を後ろでまとめ、うっすらしか化粧もしていない。その姿はまるで高校生のように見える。
「考え事をしてるんだ」
「嘘よ」
「どうして?」
「だってまるでぼんやりした目をしてたわよ。そういう時は何も考えてない時よ。少しくらい考えていたとしても、どうせまとまることのないモヤモヤを抱えてるだけでしょ」
心のなかを見透かすように水穂は言った。確かに水穂の言う通りかもしれない。仕事のこと、父のこと、事件のこと。どれをとっても答えが出るようなものではない。
「ねえ、暇だったら後で出かけようよ。ちょうど行ってみたいとこがあったの。先週ね、銀座に新しい和食のお店が出来たのよ」
水穂は都内の派遣会社に勤めている。今は新聞社で過去の新聞記事をデータベースに登録する仕事をやっているらしい。
「パス」
「なんで?」
水穂と付き合って1年半が過ぎようとしている。同僚の結婚式に参加したのが水穂と知り合ったきっかけだ。2次会で隣に座り、すぐにデートの約束をした。いつもはオクテな自分でも不思議なほど、水穂に対しては積極的になれた。
あれ以来、水穂は週末には必ず亮平の部屋を訪ねては世話をやいてくれる。お互いまだ結婚のことを口にすることはないが、いずれはそうなるものという暗黙の了解があった。だが、亮平が失業したことで水穂も少し気持ちが揺らいでいるように見える。
亮平よりも三つ年下だが、ここ一年の間で友人が二人結婚していることで少しだけだが、それを気にしているのかもしれない。
「ねえ、どうしたの?」
答えようとしない亮平に苛立つように、水穂は仰向けに寝る亮平の顔を覗き込んだ。
「どうもしないよ」
「そんなわけないじゃないの。まるで心ここにあらずって顔してるわよ」
「ちょっとね」
水穂には先日の事件のことについて何も話してはいない。
「ちょっとって何よ。昨日だってどこ行ってきたの? 連絡しても全然つながらないんだから」
不安そうな視線。それが何を意味しているのかは亮平も痛いほどわかっている。
「……仕事だよ。電波の届かないところにいたんだから仕方ないだろ」
「仕事? それじゃ会社見つかったの?」
水穂の表情が一変した。目を輝かせ、ベッドの脇に膝をつく。やはり亮平がリストラされたことを水穂も内心は気にしていたのだろう。
「いや……そういうわけじゃない。バイトだよ」
「バイト? どんな?」
その声がほんの少しだが力をなくす。
「……なんだっていいだろ」
亮平の言葉に水穂は一瞬、寂しそうな表情をしてみせた。
「……そう。教えてくれないんだ」
「いや……べつにおまえに教えるような仕事じゃないから」
「じゃあ、どんな仕事だったら教えてくれるのよ」
すねるような口ぶりで水穂は言った。
「説明出来るような仕事につけば、その時はちゃんと話すよ」
まともに水穂の顔を見ることが出来ない。亮平はさっと立ち上がるとジャケットに袖を通した。
「どこか行くの?」
「バイトの報告。雇い主に報告書を渡してくるんだ」
亮平は昨夜書き上げた朝宮に渡す報告書を鞄のなかに押し込んだ。
「すぐ帰ってくる?」
「たぶん」
「じゃあ、待ってるから」
「……うん」
なるべく水穂の顔を見ないようにして背を向け、そのまま部屋を出た。
(何をしてるんだ、俺は)
水穂が自分をどれほど大切に思ってくれているのか、それははっきり感じている。そして、どうすればそれに答えられるのかもわかっている。それに応えられない自分自身にもどかしさが胸のなかに膨らんでいた。




