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破壊の王  作者: けせらせら
16/41

破壊の王 4.1

   4


 警察のパトカーの音が聞こえてきたのは朝日が昇り始めた頃だった。

 町から屋敷までの道中、2箇所で崖崩れが発生し、そのため来るのが遅れたのだと警官の一人が話してくれた。

 現場は県警からやってきたという桐野という刑事が取り仕切っている。すでに簡単に事件前後のことは説明してあるが、亮平たちは事情聴取のためリビングで待たされていた。

 開いたドアから慌しく警官が右に左に行き来しているのが見える。

 しばらくして桐野がリビングに姿を現した。

 ドアのところでいかにも眠そうに大きく欠伸を一つする。

 ボサボサ頭に皺のよったスーツ。どこにでもいるようなリストラ寸前の中年サラリーマンという印象を受ける。

「あのぉ、すいませんが、地下にある牢屋の鍵はどこにあるんでしょうか?」

 桐野はリビングで待つ亮平たちに声をかけた。誰も答えることが出来ずにいると、山口さやかが口を開いた。

「鍵はおそらく旦那さまが持っていたと思います」

「旦那様……というと、成川正文さんですね? それ以外にありませんか?」

「さあ……」

 さやかが首を傾げて加奈を見ると、加奈もわからないといった様子で首を振った。それを見て桐野は困ったように頭を掻いた。

「んじゃしょうがないなぁ。ぶち破るか」

「鍵、見つからないんですか?」

 その桐野の後ろ姿に亮平が声をかけた。

「ええ、どこを捜しても見つからないんですよ。あんな形で監禁されているものを放っておくわけにいきませんからね」

 桐野はそう言うとリビングのドアのところまで行くと――「鍵がないんじゃしょうがない。なんとかぶち破れ!」

 と、若い警官たちに大声で指示を出した。そして、再びソファのところに集まっている亮平たちに近づいてくる。

「大丈夫なんですか?」

 亮平が訊くと桐野はひょいと肩をすぼめた。

「まあ、どうにかなるでしょう。ところで、みなさんにはちょっと事情をお聞きしたいんですがね。大丈夫ですか?」

「長くなります? 私、疲れたわ」

 里瑠子がため息とともに言う。皆、同じ気持ちだった。体力的というよりも精神的な疲労感が強かった。

 それでも桐野は――

「ええ、ごもっとも。すぐに終わらせますから」

 スーツのポケットから手帳を取り出すと、皆の顔を見回し、ソファにどっかと腰を降ろした。「さて――最初に皆さんの関係をお聞きしたいのですが――」

「幼馴染ですよ」

 すぐに木村が桐野に顔を向けて答える。「さっきも話したでしょう」

「えっと……確かあなたは木村隆作さんでしたよね」

 確認するように木村を見る。「成川正文さんとは古いご友人のようですね」

「それもさっき話したでしょう。我々は皆、孤児院の出身なんですよ」

「ずいぶん長いお付き合いですね」

「そうでもありませんよ。高校を卒業した後はほとんど付き合いがありませんでした」

「それじゃ成川さんと会うのは――」

「もう25年ぶりくらいです」

「ずいぶん長い間疎遠だったのですね」

「皆、忙しかったんですよ」

「それなのに今回はどうして会うことに?」

「夏に成川から連絡が来たんですよ。久しぶりに皆で会わないかって。最初は冗談かと思いましたが、何度も誘われるんでね。それでスケジュールを調整して会いに来たってわけですよ」

「死体を初めに見つけたのはあなたですよね」

「私だけじゃありませんよ。里瑠子もいたし、朝比奈さんだっていた。何ですか? 私のことを疑ってるんですか?」

「いえ……そういうわけでは……念のために確認しているだけですから」

「どうして私が成川たちを殺さなきゃいけないんですか。そもそも私が二人を殺せるはずがない。二人が殺された時、私は皆と一緒に一階の部屋にいたんですよ」

「そのことなんですが……お二人はいつ頃まで皆さんと一緒に?」

「10時頃かしら」

 思い出すようにして里瑠子が答えた。

「そう、その頃だな。花柳が怒って部屋に戻ったのは」

「怒った? 何かあったんですか?」

 木村の言葉を聞いて、桐野が聞き返す。

「特別なことじゃありませんよ。あいつ、昔からツマんないことで一人でカッカするのが癖だったんです。で、丁度入れ替わりで村上がやってきて飲み始めたんだよな」

 木村が村上に声をかけると、村上は何も言わずにコクリと頷いた。

「花柳君が上に行ってから20分くらいしてからかしら」

 と、里瑠子が付け加える。

「20分ですか。それで? 成川さんは?」

「30分くらい経った頃かしら。何か2階から大きな音が聞こえて――」

 再び、里瑠子が答えると、また木村が後を続けた。

「真上が花柳の部屋だったんで、あいつが何か暴れてるんじゃないかって……それで成川が様子を見に行ったんです。ところがいつまで経っても成川も戻ってこないんで、私たちも行ってみたってことですよ」

「花柳さんが席を立ち、その後、成川さんが部屋を出たということですね。では、おそらく二人はその後で殺されたことになりますね。皆さん、その間はずっと一緒に?」

「そうですよ。木村君が一度トイレに立ったくらいよね」

「トイレに? 何分くらいですか?」

「5分か……10分か……ほんの一瞬ですよ」

 ムッとしたように木村が言った。

「他にその時、アリバイがなかったのは……」

 桐野はそう言いながらさやかと加奈に視線を向けた。

「そんな……私、知りません! 私たちは二人とも部屋で休んでました!」

 加奈が震える声で抗議の声をあげた。その剣幕に驚いたのか、桐野は慌てて宥めるように言った。

「いえ、何もあなたたちが犯人だなんて言っていませんよ。私はただ、一応確認しているだけです。ところで、あなたたちはいつからここで働いているんですか?」

「2週間前からです」

 すぐにさやかが答える。加奈よりはさやかのほうが落ち着いているようだ。

「ずいぶん最近ですね」

「今日のために雇われただけです。明日には東京に帰ることになっていました」

「東京ですか。二人とも?」

「はい」

「どうしてここのバイトに来ることになったんですか?」

「インターネットでバイトを募集している記事を読んだんです。わりとお給料も良かったんで」

「では、それ以前に成川さんと面識は?」

「ありません」

「ここでは主にどんなことを?」

「使っていなかったお部屋を掃除したり、町に行って買い物をしたり……」

「これまで花柳真一さんと会ったことは――」

「今夜が初めてです。もちろん他の皆さんとも」

「本当ですか?」

 確認を取ろうとするように桐野は木村や里瑠子のほうに視線を向ける。それに対し、木村たちは小さく頷いた。

 その時、部屋の前をドカドカと慌しく警官たちが動く。その慌しい様子に亮平たちはふと視線を開いたドアのほうへと向けた。

 やがて、警官にかかえられるようにして成川清隆が通り過ぎていくのが見えた。汚れた黒いシャツに黒のチノパン姿はいかにもこれまでの辛い生活を感じさせるものだった。

「さて……」

 と、桐野が声をかけた。その声に再び皆の視線が桐野に視線を戻す。「言うまでもありませんがこれは殺人事件です。もちろん外部の人間の犯行である可能性もあります。だが、その可能性はあまり高いとはいえません」

「私たちの中に犯人がいるっていうんですか?」

 木村が声を荒げた。「さっきも言ったでしょう。どうやったら私たちが成川たちを殺すことが出来るって言うんですか!」

「ですがこの屋敷には皆さんしかいないわけでしょう?」

「もう一人いますよ」

 里瑠子が言った。それを聞いて桐野が目を大きく開く。

「もう一人? 誰ですか?」

「住川秀吉さんよ」

「誰ですか、それは? 今どちらへ?」

「この屋敷でもう30年近く働いている人ですよ。でも、今はどこにいるのかわからないみたい」

「わからない?」

「夕方から姿が見えないんです」

 さやかが口を挟んだ。「午後6時頃に屋敷の裏にある小屋に食事を持っていったんですが姿が見えませんでした」

「いつも夕食はあなたが?」

「いえ。いつもはご自分で夕食の仕度をしていると思います。今日は村上さんが住川さんのぶんもって夕食を作ってくれたんです」

「この屋敷の裏ですね?」

「ええ、裏口から出るとすぐ小屋があります。住川さんはずっとそこで暮らしているんです」

「わかりました」

 桐野はそう言うと立ち上がった。「ちょっと行って見てきましょう」

「私も行っていいですか?」

 亮平が声をかけた。

「あなたも?」

「私がこの屋敷に着いた時、私も住川さんが裏のほうへ歩いていくのを見ています」

「その後、誰か見た人は?」

 桐野の問いかけに皆、小さく首を振った。

「その時の様子をお話しますよ」

「わかりました。行きましょう」

 桐野がそう答えるよりも早く亮平は立ち上がった。


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