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破壊の王  作者: けせらせら
15/41

破壊の王 3.5

 リビングで毛布に包まりながら夜が明けるのを待った。

 すでに警察には連絡してある。だが、この雨で途中の道が土砂崩れで塞がっているらしく、2時間経った今もまだ警察はやってきていない。

 とても口を開くような気分にはなれなかった。

 頭のなかでは昔読んだホラー小説のストーリーが蘇ってきている。山小屋に集まったスキー客が殺人鬼の手によって次々と殺されていくというものだった。

 誰が成川正文や花柳真一を殺したのかわからない今、一人になるとはあまりに危険な気がした。

 栗原加奈は毛布に包まりソファで頭を垂れ、その指先は微妙に震えている。その手を同じように毛布に身を包んだ山口さやかがギュッと握り締めている。無理も無い。成川正文の死体はあまりに無残なものだった。

 バラバラに切断され、灯油を撒かれ燃やされた死体。木村と二人でなんとか火は消し止めることは出来たが、その惨状は目を覆いたくなるようなものだった。

 あれを目にしてまともな精神状態でいられるはずもない。思い出すだけで胃液がこみあげてくる感じに襲われる。

 木村は落ち着き無く部屋を歩き回り、里瑠子は指でテーブルを弾きながら頬杖をついている。

 もっとも落ち着いているのは村上かもしれない。何しろ何もしらずに眠っているのだ。酔いつぶれて眠っていた村上のことは、亮平と木村の二人でリビングに運び込んだ。まだ、微かにいびきをかきながら眠り続けている。

 里瑠子が顔をあげて歩き回る木村に声をかけた。

「いいかげん落ち着いたら?」

「……これが落ち着いてられるかよ」

 木村が仏頂面で答える。「花柳も成川も殺されたんだぞ」

「そんなのあなたに言われなくてもわかってるわ。でも、あなたがそうやって歩き回ったからっていって解決するわけじゃないわ」

「いったい警察は何やってるんだ」

「仕方ないわ。まだ雨は強いみたいだし」

「そんなのはわかってるさ」

 木村は腹立たしげに言うと、ソファに腰を降ろした。それでも今度は組んだ足をカタカタと動かす。

 その音が気になったのか、ずっとソファで眠りつづけていた村上が目を覚ました。

「……おや……みなさん、どうしたんですか?」

 皆を見回し、寝ぼけたような声で言ってから腕時計を見る。「あれ……もうこんな時間ですか。みなさん、部屋で休まれないんですか?」

「まったく。おまえは幸せだよ」

 あきれたように木村が肩を窄める。

「何言ってるんですか? 加奈ちゃん、どうしたの?」

 だが、加奈はほんの少し顔をあげただけで、何も答えられずにすぐに視線を落とした。それを見て里瑠子が代わりに答えた。

「成川君と花柳君が殺されたのよ」

「え?」

 村上は一瞬、理解出来ないという顔をして聞き返した。「何言ってるんです?」

「殺されたのよ。二人とも」

「バカな冗談言わないでくださいよ」

「冗談じゃないわ。本当に殺されたの」

 里瑠子はもう一度強く言った。その言葉が嘘ではないことを感じたのだろう。次第に村上の顔も強張ってくる。

「殺された? 誰に?」

「わからないわ」

「私は……知りませんよ。私は何もしていない」

 怯えたように唇を振るわせながら村上は言った。

「誰もあなたがやったなんて言ってないわ」

「それじゃ誰なんですか?……誰が二人を? この屋敷には我々しかいないはずでしょ?」

 村上の言葉に皆、ギクリとして顔を向け合った。

 このなかに犯人がいるかもしれない。それは誰もが心のなかで思い、口に出せなかったことだ。

「村上君、やめてちょうだい」

 里瑠子が諭すように言った。それでも村上は視線を左右に動かし、うろたえたようになおも口を開く。

「でも、成川さんたちを殺した犯人が――」

「やめなさい!」

 その里瑠子の一括に村上はビクリと身体を震わせ項垂れた。村上は見た目よりもずっと臆病らしい。

 再び沈黙が部屋を包み込む。

 確かに村上の言うとおり、この中にいる可能性はまったくないわけではない。だが、成川や花柳が殺された時、山口さやかと栗原加奈の二人以外は皆、一階のダイニングルームにおり、二人を殺す機会があったとは思えない。さやかと加奈にしても、大の大人二人を殺すことが出来るようには見えない。しかも成川正文の遺体などはバラバラに切断され、灯油をかけられ燃やされていたのだ。

 では、外部の人間の仕業だろうか。この雨だというのに、成川の部屋の窓の一つが開いていたことを思い出していた。犯人が外部の人間だとすれば、あの窓から逃げたという可能性もある。

 未だに雨は止まず、激しく降り続いている。こんな空の下、町から遠く離れたこの屋敷まで殺人を犯しにやってくる人間がいるだろうか。

 やはり気になるのは行方のわからない住川秀吉老人だ。

「そういえば……あの人、大丈夫でしょうか?」

 ふと、さやかが顔をあげた。

「あの人? 住川さんのこと?」

「いいえ。旦那さまの弟さんですよ」

 その言葉に亮平と木村は顔を見合わせた。すっかり成川清隆の存在を忘れてしまっていた。

「どうしますか?」

「一度、確認してきたほうがいいかもしれないな」木村も頷く。

「じゃあ、俺が――」

「俺も行こう。何が起こるかわからないからな。一人で動くのは極力止めたほうがいいだろう」

 木村が言うのももっともだった。

「それじゃ……ここは?」

 村上が声を震わせながら訊いた。

「おまえがいるじゃないか」

 木村が振り返って険しい目で睨む。

「そんな……」

「大丈夫よ。私たちもいるんだし、4人一緒にいれば平気よ」

 村上を慰めるように里瑠子が声をかける。

「よし、それじゃ行こう」

 木村が立ち上がった。亮平もまた立ち上がり、二人はそろってリビングを出た。オレンジの光の下を周囲に気を配りながらゆっくりと進んでいく。

 一階の一番端にあるドアに手をかける。

 ギーっという軋む音とともにドアが開く。その向うは果てしない闇が広がっている。わずかにコンクリートの階段が見えてはいるが、もしそれを知らなければうかつに足を踏み出し転落していることだろう。

 昼間、成川正文がやっていたように壁に手を這わせスイッチを捜しだす。弱々しく点いた灯りを頼りに階段を降りていった。

「まさか地下になんて潜んでいないだろうな」

 背後から降りてくる木村が不安の入り混じった声で言う。

「大丈夫だと思いますよ」

「何でそんなことが言えるんだ?」

「さあ……なんとなくです」

「なんだよ、それ」

 木村が不満そうに呟いた。

 確信があるわけではない。だが、なんとなく危険はないような気がする。子供の頃からこういう勘はよく当る。野生の動物が本能で危険を察知するように、昔から何か良くないことがあると妙な空気を感じ取ることがあった。

 階段を降りたところのドアを開け、躊躇うことなくスイッチを探る。だが、どうしたことかスイッチをいれても、灯りが灯らない。

「どうした?」

「電球が切れてるみたいですね」

 仕方なく亮平は通路の明かりを頼りに部屋のなかへと足を踏み入れた。

 ぼんやりとだが、部屋の様子を見渡すことが出来る。

 慎重に部屋のなかを見回す。

 昼間と同様にベッドには成川清隆が横たわっているのが微かにわかる。

「どうだ?」

 木村も部屋に入り、亮平の隣に立った。

「別段、変わった様子はないですね」

 亮平はそう言って鉄格子の前に歩み寄った。

「生きてるんだろうな」

 木村も成川清隆のほうへ視線を向けながら言う。

 その時、ふいに成川清隆が声を出した。

「……誰だ……」

 ゆっくりとベッドのなかの身体が動いて起き上がろうとしている影が見える。木村が鉄格子に近づき声をかける。

「清隆君! 俺だ! 木村だ! 憶えているか?」

「……誰だ……わからない……助けてくれ……」

 フラフラとする身体で亮平たちに向かって手を伸ばす。

「君は病気なんじゃないのか?」

「病気……違う……俺は病気なんかじゃない……」

 ゲホゲホと咳き込みながら清隆の身体がベッドの脇に落ちる。

「お、おい! 清隆君!」

 木村が鉄格子を掴んで揺さぶった。だが、鉄格子にはしっかりと鍵がかけられ、ビクともしない。

「木村さん、無理ですよ。鍵がなきゃ開けることは出来ません」

「だが……このままでは……」

「警察が来るまで待ちましょう。それに……もし、犯人が屋敷のなかにいるのだとすれば、今はこの状態のほうが安全と言えるかもしれません」

「……うむ」

「助けて……」

 ベッドの下に落ちた清隆が苦しげにうめいている。

「待ってろ。すぐに警察が来るからな。そしたら出してもらえる」

 木村と亮平はそう言い残すと地下室を後にした。


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