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破壊の王  作者: けせらせら
14/41

破壊の王 3.4

 胸に突き刺さったナイフ。

 そして、そこから噴出した真っ赤な血が絨毯を染めている。

 すでに息が途絶えていることは直感でわかった。無機質な肉の塊となったその姿を見た瞬間、亮平の背筋に電流が流れるような感覚が走った。

 真っ先に声を出したのは木村だった。

「花柳!」

 素っ頓狂な声をあげてすぐにその身体に飛びついた。「花柳! 大丈夫か! しっかりしろ!」

 その姿を亮平はぼんやりと見つめていた。心臓が高鳴っている。当然のことだ。目の前で人が殺されているのだ。だが、不思議なことにそれほど慌てているわけではなかった。むしろ気持ちは落ち着いていた。

 すぅっと一つ息を吸い込むと部屋を見回す。自分の部屋と同じような創りになっている。壁際に置かれた大きなベッド。その隣に置かれたテーブル。窓が開いている様子もない。部屋のなかも荒らされてはいない。

 亮平の脇を通り抜け、里瑠子が木村に近づいていく。

「どおなの?」

「だめだ……死んでる」

 大きく首を左右に振り、木村がゆっくりと花柳の身体から手を離す。

「成川君は?」

 里瑠子がそう言って部屋を見回した。だが、どこにも成川の姿は見当たらない。「まさか成川君が?」

「そんな……あいつはこんなこと出来る奴じゃない」

 木村が興奮気味に言って立ち上がった。その手が花柳の血で汚れている。

「警察を……」

 二人の背に向かって亮平が言った。

「そうね。でも、その前に成川君を捜しましょう」

 里瑠子はそう言うと部屋を見回しながら廊下へと出た。

「成川の部屋ってどこなんだ?」

「確か3階って言っていたわよ」

 廊下を戻り階段を昇りかけた時、下から階段を足音が聞こえてきた。一瞬、成川ではないかと足を止める。ゆっくりと暗闇から人の姿が浮かび上がる。そこに現われたのは山口さやかと栗原加奈だった。

 さやかは亮平たちの姿を見て驚いたように足を止めた。

「皆さん、どうかされたんですか?」

 どう答えればいいか迷っているとすぐに里瑠子が答えた。

「花柳君が殺されたの」

 さやかは一瞬、表情を変えぬままぼんやりと加奈と顔を見合わせた。二人ともその言葉の意味がすぐには理解出来なかったのだろう。

 だが、すぐにその目を丸くした。

「……殺された?」

「あなた、いったいどうしたの? 部屋で休んでいたんじゃなかったの?」

 追求するように里瑠子が訊く。

「だ、旦那さまに呼ばれたんです。寝室からの電話で、すぐに部屋に来るようにって」加奈が答える。

「それじゃ成川君、部屋にいるのね?」

「……ええ。そうおっしゃっていました」

「行ってみよう」

 木村が階段を駆け上がっていく。「それにしてもずいぶん暗いんだな」

「本当は最上階の天井にシャンデリアがあったのですが、先日、調子が悪くなって旦那さまが取り外されたんです」

 さやかが答える。

 確かに3階の天井にシャンデリアがあれば、その明かりが吹き抜けを通してある程度階段を照らすことが出来るだろう。

 階段を昇りきった右手突き当たりが成川正文の部屋だ。

 ドアの横の足元に小さな非常灯が点いてそれだけがドアを不気味に照らしていて、むしろその周囲の暗さを際立たせているようにも思えた。

「成川!」

 木村がドアをノックする。だが、返事は無い。

「おい!」

 木村はもう一度声をかけながら、ドアノブに手をかけた。「ちきしょう。鍵がかかってやがる」

「成川さん!」

 亮平もドアに向かって声をかけた。木村はドアノブが壊れんばかりに、ガチャガチャと動かそうとしている。

 だが、その瞬間、何か妙な気配がドアから伝わってきた。

 それはどうやら木村も同じだったようだ。

「なんだ?」

 木村が一瞬、ドアノブから手を離した。

 ドアの隙間からわずかに煙が通り抜けてくる。きな臭い匂いがプンと鼻をつく。

 嫌な予感が全身を包んだ。

「成川さん!」

 亮平はそう叫ぶと、一度、身体を引いてからドアに身体ごとぶつかっていった。わずかにドアが軋んだだけで、身体が跳ね返される。

「よし! 一緒に!」

 木村が亮平の動きに加わる。大きくドアから離れ、二人は呼吸を合わせてドアにぶち当たった。

 一瞬の抵抗があった後、二人の身体はバランスを崩しながら部屋のなかへと飛び込んだ。

 灰色に曇った煙が立ち込めている。

 部屋の中心でメラメラと炎が昇る。

(なんだ?)

 亮平はその炎の中心にあるものをジッと見つめた。炎に燃える物体。すでに黒く焼け焦げ、はっきりとそれが何かを識別することが出来ない。

 だが――

 次の瞬間、その物体の傍に転がるものを見て、それが何であるか亮平は悟った。

 持ち手に黒の牛皮が巻きつけられた黒檀ステッキ。まだ完全に燃えきっていないベージュのスーツの切れ端。

 それは明らかに燃えているものが何であるかを指し示している。

(成川さん!)

 その身体がバラバラに切られ、今、炎のなかで燃えているのだ。

 背後で加奈が悲鳴をあげるのが聞こえた。


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