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破壊の王  作者: けせらせら
13/41

破壊の王 3.3

 花柳が去って30分も過ぎた頃には、村上はすっかり酔っ払ったらしくテーブルにうつ伏せになっていびきをかきはじめていた。

「まったく……困った人ねえ」

 里瑠子が相変わらずの笑顔で言う。

 その時――

 ドスン……という物音が微かに頭上で聞こえた。

「何か聞こえなかった?」

 すぐに里瑠子が成川に顔を向ける。成川はポケットから懐中時計を取り出すとちらりと視線を走らせてから答えた。

「ええ。2階のほうですね」

「この上の部屋って――」

「花柳君の部屋です」成川が答える。

「花柳君が暴れてるんじゃないの?」

「まさか」

 真っ先に成川が立ち上がった。「どれ、私が見てきましょう」

 スタスタと足早に部屋を出て行く。

「成川さん一人で大丈夫でしょうか?」

 そう言った亮平を木村が不思議そうに見た。

「大丈夫って何が?」

「もし花柳さんが暴れてるんだとしたら――」

「冗談よ」

 里瑠子がまたクスクスと笑い声を立てた。「彼、ああみえてそれほど乱暴な人じゃないのよ。すっごい臆病なんだから」

「弱い相手には強かったけどな。成川なんていつもいじめられてたっけ」

 木村も大きく笑って言った。

「大丈夫よ。どうせちょっと酔っ払って転んだ程度なんだから」

「さてと……」

 木村が大きな身体をもてあますようにして立ち上がった。「おっと……少し酔ったかな」

「どうしたの? あなたも見に行くつもり?」

「違うよ。ちょっとトイレに行ってくるだけさ。俺がいなくて寂しいかもしれないけど、ちょっとの間我慢してろよぉ」

 気分良さそうに鼻歌を歌いながら、フラフラと部屋を出て行く。

「バカね」

 木村の後ろ姿を見送りながら里瑠子がクスリと笑う。

「面白い人ですね」

「昔話ばかりでつまらないんじゃない?」

 里瑠子が横を向いて亮平に言った。

「いえ、そんなことありませんよ。なかなか楽しいです。食事も美味しいですし」

「そお? 良かったわ。せっかくこんなところまで来たんですもの。楽しんでいかないとね。これも朝宮先生のお導きね」

「父はずいぶん皆さんに慕われていたようですね」

「そうね。私にとって人生のなかで一番大きな存在かもしれないわ。先生にはいろんなことを教えてもらったわ。最初、先生ってすごく怖い人だと思ってたの。ところが意外と子供っぽいところがあってね。ほんの小さなことに喜んだり怒ったり悲しんだり。私、ちょっと先生のこと好きだったわ」

 里瑠子はまるで初恋の男性のことでも語るように目を輝かせた。

「不思議ですね」

「何が?」

「俺はそんな父のことをまったく知りません。俺なんかよりもみなさんのほうが、よほど父のことを良く知ってるみたいで」

「親子なんてそんなものじゃないかしら。私だって両親のことなんて顔だって見たことがないのよ。子供の頃に捨てられてそれっきり。それに比べれば朝比奈さんのほうが、ずっとお父さんのことを知ってると思わない?」

 そうだった。里瑠子だけでなく、成川や木村、花柳、村上も幼い頃両親を無くした人たちだった。

「……すいません」

「いいのよ。気にしないで。私は木村君みたいに孤児院での生活を誇らしく語ることは出来ないわ。でもね、人間の人生なんて、それぞれみんな違うと思うの。天命とでもいったらいいのかしら。私には私の天命があるのよ。だから、自分を可哀想だなんて思うことは嫌いなの。だって可能性だけは誰にでも無限に広がっているものでしょ?」

 その言葉のなかに里瑠子の強さを感じた。

「あなたが成功した理由がわかるような気がします」

「あら? そお?」

 すぐににこやかな表情に戻り、目を細める。

「記事にしたいくらいですよ」

「それはダメよ。私は記者である朝比奈さんにお話しているわけじゃないんですからね」

「わかってますよ」

 記事にしたくても、今の自分にそんな力はありはしない。

 その時、ドアが開いて木村が戻ってきた。

「よぉ。待たせたなぁ。なんだ? 二人でずいぶんいい雰囲気になってんじゃないか」

「早かったじゃないの。もっとゆっくりしてくればいいのに」

「ふん。お邪魔様」

「それにしても木村君がそんなに酔うなんて珍しいわね」

「ついつい楽しすぎて、ちょっと飲みすぎたみたいだ」

 ゲフリとげっぷを吐き出しながら木村が席についた。

「ほどほどにしてよね。酔いつぶれても私は介抱してあげないから」

 里瑠子がそう言った時だった。

 ドスンという大きな音がもう一度上のほうから聞こえてきた。

「なんだ?」

 眉をひそめて木村が天井を見上げる。

「花柳君、本当に暴れてたりして」

「まさかぁ」

「見てきたほうがいいんじゃない? 成川君も全然戻ってこないし」

 その里瑠子の真剣な表情に木村もまた心配そうな表情に変わった。

「そんじゃあ、ちょっと様子見てくるか?」

「私も行くわ」

 すぐに里瑠子も席を立つ。亮平も二人にあわせて立ち上がった。テーブルにうつ伏せになったままぐっすりと寝入っている村上だけを残し、3人は部屋を出ると2階へと向かった。

「しっかし暗い照明だよなぁ」

 木村が通路の明かりを見上げながら言った。通路の照明はぼんやりとしか見えず、階段付近にいたってはほとんど光が行き届いていない。

 手すりを頼りに階段を昇る。

「こういう洋館ってところは、昼間はともかく夜になると無気味になるんだよ。俺に依頼してくれればもっと良い感じに作り変えてやるのにな」

 木村は一人で喋りながら花柳の部屋の前に立った。

「花柳君」

 里瑠子がノックする。だが、辺りは静まり返り反応はない。

「もう寝ちまったんじゃないか?」

 木村もドアを強く叩く。「おい! 花柳、起きろよ!」

「変ね」

 まるで返事がないことに里瑠子が首を捻った。

「かなり飲んでたみたいだし、寝ちまったんだろ? へたに起こすとまた怒り出すぜ」

「そうかもしれないわね……でも、なんか気になるわ」

 里瑠子がそっとドアを開ける。

 灯りは点いておらず、室内は真っ暗になっている。

「寝てるんだよ」

 木村が少し声のボリュームを落としながら言った。それでも里瑠子はそのままドアを大きく開け、部屋に一歩踏み込んだ。

 亮平と木村も部屋のなかを覗き込む。

 廊下の明かりがわずかに差こみ、部屋のなかを照らし出す。部屋の中央に大きな一つの塊が見えた。

「……花柳君」

 里瑠子が声をかけながら、そっと壁のスイッチを入れた。

 灯りに浮かび上がる一つの物体。

 その光景に亮平は息を飲んだ。

 一気に酔いが冷めていく。

 そこには胸を真っ赤に染め、床に倒れる花柳の姿があった。


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