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破壊の王  作者: けせらせら
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破壊の王 3.2

 とりとめのない会話で時間が流れていく。

 主に声をあげて話していたのはやはり木村隆作だった。木村が昔のことを喋り、里瑠子がそれに短く答えていく。それを成川が静かに笑いながら聞き、花柳は一人黙々と料理を平らげ、酒を飲んでいる。時々、上目遣いにチラリと正面に座る里瑠子や亮平に視線を向ける。

 テレビで観るのとはまるで違う花柳の姿に亮平は驚いていたが、成川たちはまったく気にも止めていない。ということは、これが普段の花柳の姿なのかもしれない。

 一方、料理は素晴らしいものだった。

 かぼちゃのスープに始まり、カレイのポアレ、舌平目のムニエル、牛ロースステーキと続く(実際には村上はもっと難しい料理名を口にしていたが、あまりに複雑な名前に亮平は憶えきれなかった)

 1時間が過ぎ、料理も一通り出終わった頃――

「しっかし、朝宮先生が亡くなられたとはなぁ……」

 木村がふいにそのことを口にした。

「木村君、よほど朝宮先生のことが好きだったのね」

 デザートのクレームブリュレをそっと口に運びながら里瑠子が言う。

「そりゃ、そうだろう。俺たちにとって園長先生に次ぐ恩人じゃないか」

 そう言うと木村は亮平に顔を向けた。「あんたぁ、良い人を父親に持ったもんだよなぁ。俺もああいう親父が欲しかった」

「そうですか? でも、昼間も言いましたが、私はあまり父のことをよく憶えていないんです」

「離婚したって言ったわね」

 里瑠子がワインにそっと唇をつける。

「ええ。それに子供の頃、父は研究が忙しかったようでほとんど家には帰ってきませんでした」

「ふぅん。子煩悩な人に見えたけどなぁ」

 木村は大袈裟に言った。かなり酔っているのか、それとももともとこういう人間なのか、動作の一つ一つがいちいち大きい。

「むしろ私よりも皆さんのほうが父と接した時間は多いのかもしれません」

「ふぅん。それで先生のことを教えてもらうために成川んとこにやってきたってわけか。それならいくらでも俺に聞いてくれ。成川よりも俺のほうが先生とは仲が良かったからな。さあ、何が訊きたい?」

 木村はそう言ってドンと胸を叩いてみせた。

「そう言われると困るな……そうだ。父の研究のことわかりますか?」

「研究?」

 木村が顔をしかめる。「研究って?」

「この前、父の遺品を整理している時、いろいろと資料が出てきたんですよ。どうやら父の研究らしいんですが……それが私にはよくわからなくって……」

「どんな資料だよ?」

「いや……説明するのも難しいんですが――」

「それじゃ全然ダメじゃないか」

 ガハハと木村が大きく口をあけて笑った。

「まったくです。ただ、そのなかに『破壊の王』って書かれたものがありまして……」

 亮平はそう言って四人の表情を伺った。もし、このなかに『破壊の王』が存在していれば、きっと何か反応を示すはずだ。

 だが、亮平の想像とはまったく違い、誰一人反応を示そうとしない。

「破壊の王? なんだか聞いたことねえなぁ」

 木村が頭をかきながら言った。

「そうね。私はそれほど先生と親しくしていたわけじゃないけど、そんな人のこと聞いたことないわ」

 と、里瑠子。さらに成川も不思議そうに首を捻った。

「『破壊の王』……か。残念ながら私も知りません。そもそも私も先生の研究のことはそれほど詳しく聞いたことはないですからね」

 花柳に至っては、まったく亮平の言葉に耳を貸さず飲み続けている。

「そう……ですか」

 当てが外れ、亮平はそれ以上どうすることも出来なくなってしまった。

(いったいどうなってるんだ?)

 四人ともその名前を聞いても、まったく反応を示すことはなかった。感情を表に出さないように勤めているのだろうか。それとも本当にこの四人のなかに『破壊の王』は存在していないのだろうか。となると、シェフの村上こそが最も『破壊の王』である疑いが大きくなる。

 ふとドアが開き、山口さやかが姿を現した。

 さやかはそっと成川のもとに近づき、何か耳打ちをする。

「どうかしたの?」

 それに気づき里瑠子が声をかけた。

「いえ、秀さんの姿が見えないそうなんです」

「秀さん? ああ、あの爺さんかぁ。まだここで働いてるのか?」

 木村が言った。

「この屋敷はずっと秀さんが守ってきてくれたんです」

 成川はそう言ってからさやかに顔を向けた。「この雨だ。どこか出かけているとは思えないが……」

「ええ……でも、さっきいつものように食事を持っていってみたんですがどこにも姿が見えないんです」

「後で私も捜してみよう。なに、秀さんのことだ心配することはないよ。それより清隆に食事は?」

「さきほどお運びしておきました」

「様子はどうだった? 大人しくしていたかね?」

「ええ。いつもと変わりません。眠ってらっしゃるようでした」

「そう、ありがとう。キッチンのほうが一段落したら村上君にもこちらに来るように伝えてくれ。君と栗原さんは部屋に戻って休みなさい」

「わかりました」

 さやかは小さく頭をさげ、部屋を出て行った。

「花柳君、秀さんのこと憶えてるでしょ?」

 ふいに里瑠子が黙ってワインを飲んでいる花柳に声をかけた。

「ん? ああ……」

 俯いたままでぼそりと答える。

「あなた、いつも秀さんに叱られてたものね」

「あいつ、俺のことを嫌ってたからな」

「そうだったなぁ」

 木村が身を乗り出して言った。「おまえ、いつも君江ちゃんにいじわるしてたからな。鞄や靴を隠したり。他の子には優しかったのに、妙に君江ちゃんのことだけは嫌っていたなぁ」

「君江ちゃんのことが好きだったのよね」

 その里瑠子の言葉に花柳がビクリとするように顔をあげる。

「ふ……ふざけるな」

「あら、ムキになっちゃって。男の子ってわかりやすいわ。好きな子の気をひきたくて、ちょっかいだしたり意地悪したり」

「へぇ、本当かよ。知らなかったなぁ」

 木村が面白がって花柳の肩を叩く。

「いい加減にしろ!」

 花柳は怒鳴って立ち上がった。その拍子に思わずテーブルからグラスが転げ落ちて真っ二つに割れた。「気分悪ぃ。俺ぁ、先に休ませてもらうからな」

 花柳はぶっきらぼうに言うとそっぽを向いて部屋を出て行った。

「あいかわらずねえ」

 里瑠子がクスリと小さく笑う。

「まるであの頃に戻ったみたいだ」

 木村もまったく気にする様子もなく、足元に落ちたグラスをそっとつまんで花柳の席の前に置いた。

 成川は黙ったまま、ポケットの懐中時計をそっと取り出して時間を確認している。

 亮平は隣に座る里瑠子に声をかけた。

「放っておいていいんですか?」

「気にすることないわよ。彼、ああいう人なのよ」

 里瑠子がワインをそっと口に運びながら答える。確かに木村も成川もまるで花柳のことなど気に止める様子は見えない。木村はすでに成川に対して、自分が手がけている建築ビルの講釈を始めている。

 どうやら成川たちにとって花柳の行動はさして驚くようなことではないらしい。

 亮平も木村の話に耳を傾けることにした。

 20分も過ぎた頃、ドアが開いて村上が姿を現した。

「あれ? 花柳さんは? 部屋に戻っちゃったんですか?」

 皆の顔を見渡してから、村上は言った。

「ええ、いつもの癇癪を起こしちゃったみたいね。でも、大丈夫よ。ちゃんとあなたの料理は残さず食べていったみたいだから」

「それは良かった。みなさん、料理はいかがでしたか?」

 村上は成川の正面に腰を降ろした。

「さすがだよ。少し料理に使うアルコールの量が多い気がしたけどね」

 木村が笑いながら答える。

「それだけは仕方がありませんよ。私にとって酒は水を飲むのと変わらないんですからね。全ては酒に始まり酒に終わる」

 と、村上は手酌でワインをグラスに注ぐとぐいと煽った。すでにかなりの量を飲んでいるのか目元が赤く染まっている。

「まったく。きっとそれがなかったら世界にも通じる腕を持ってるのにねえ」

 呆れたように里瑠子が言う。それでも村上はまったく気にも止めない素振りで早いピッチでグイグイとワインを飲みつづけている。

「そんなの私にとっちゃ小さい、小さい。幸せなんてものは、人それぞれ違うものです。今の私にはそんな小さな名声よりも、こうやって酒を飲んでいられるほうがずっと良い」

 そんな村上を眺めながら亮平は言った。

「羨ましいですね」

「羨ましい?」

「私なんて、名声どころか皆さんのように他人に自慢出来るようなものなど何もありませんからね」

「あなたはまだ若いんですよ。いつか本当の幸せが何なのか気づくときがきますよ。名声なんてホントつまらないもんですからね」

 そう言った村上の表情が少し寂しげに見えた。


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