破壊の王 3.1
3
声が聞こえたような気がしてハッと起き上がる。
いつの間に眠ってしまっていたのか。緊張を和らげるために飲んだ精神安定剤のせいだろう。
慌てて腕時計を見ると、もうすぐ午後6時になるところだ。
直に晩餐会も始まるだろう。
ゆっくりと身体を起こす。
(今のは……)
ふと窓へ視線を向ける。雨が激しく窓ガラスを叩いている。
さっき、誰かの叫び声が聞こえたような気がしたが気のせいだろうか。
まだ眠気の残っている頭を振りながら、亮平はゆっくりとドアを開けて部屋を出た。薄明るい照明が廊下を照らしている。
ちょうどその時、隣の部屋のドアが開いて道場里瑠子が顔を出した。
「あら朝比奈さん」
見ると里瑠子がさっきとは違い、赤いロングドレスに着替えている。その艶やかな姿に亮平は息を飲んだ。
「着替えたんですね」
「ええ。パーティーでしょ?」
軟らかな笑みを浮かべる。「それより、さっき外で誰かの叫び声が聞こえたような気がするんだけど……」
「さあ……私は寝ていたのではっきりとはわからなかったんですけど」
「そお? 風の音かもしれないわね」
里瑠子はドアを閉め、亮平と肩を並べて歩き出した。階段まで来るとそこだけはやけに薄暗い。足元に気をつけながら階段を降り、右手に向かう。里瑠子が身体を動かすたびに香水の匂いがふわりと漂う。
「そういえば、さっき花柳さんがいらっしゃったようですよ」
「あら、そうなの?」
なぜか里瑠子の返事はそっけない。「いつ?」
「3時頃です。成川さんが部屋まで案内していったようです」
「ふぅん……私、花柳君って苦手なのよねえ」
「友達だったのでは?」
「一応ね。でも、いくら古い友達だって何人か集まれば一人くらいは苦手な人っているものよ。たぶん彼も同じよ。私のこと、嫌ってると思うわ」
「花柳さんってテレビで見るのとイメージが違いますね」
花柳がやってきたときの姿を思い出しながら亮平は言った。
「彼はそういう人なの。ある意味、すごくわかりやすい人でもあるわよ。自分が一番じゃなきゃいられない性分。あなた、何か言われたの?」
「いや……別に」
「気にすることなんてないわよ。さ、行きましょ」
そっと里瑠子が亮平の腕を組む。ふわりと里瑠子の首元から甘い香りが漂ってくる。
リビングを通りすぎてすぐ向い側の白いドアを開いた。
眩い光が部屋から溢れ出す。
部屋の真上に大きなシャンデリアが飾られ、輝きを放っている。廊下の照明があまりに薄暗かったためか、シャンデリアの眩しさに目を瞬かせた。
「ちょうど良い。今、お呼びに行こうと思っていたところです」
成川が声をかけてきた。その左手には金色の懐中時計が握られている。
「木村君たちは?」
「ただ今、お呼びしてまいります」
テーブルのセッティングをしていた栗原加奈が部屋を出て行こうとする。
「リビングから電話をかけなさい」
と成川が加奈に指示をする。
「わかりました」
加奈は小さく頭を下げて早足で部屋を出て行った。その後姿を目で追いながら亮平は成川に訊いた。
「電話?」
「ええ、ここには設置していませんが、リビングとみなさんのお部屋にはそれぞれ内線電話が設置されています……あ、失礼。朝比奈さんのお部屋にはなかったですね」
成川はそう答える。
「それは構いませんが……外にはかけられるんですか? ここ、携帯の電波は入りませんよね」
「そうですね、何しろこの山のなかですから。申し訳ありませんが、外部に電話出来るのはリビングだけになっています。もし、必要な時にはお手数ですがリビングのものを使ってください。さあ、どうぞ。席に着いていてください」
こんな山のなかでも電話が引かれてるということが驚きだ。考えてみれば電気や水道なども普通に使えている。成川ほどの資産家となれば町としても貴重な存在なのだろう。
「朝比奈さん、こっちに座りましょう」
里瑠子に誘われるまま、亮平は里瑠子の隣に腰を降ろした。やがて、木村と花柳が姿を現した。
「ちょうど腹が減ってきたとこだよ」
木村が大きく背伸びしながら里瑠子の正面に座る。花柳は部屋に入ってくると、一瞬だけジロリと里瑠子と亮平を睨みながら、亮平の前へと座った。
「食事を始めましょうか」
成川が腰を降ろすと、山口さやかがそれぞれのグラスにワインを注いで回った。
成川がワイングラスを手にして口を開く。
「皆さんとこうして再会出来たことを心から嬉しく思います」
「よせやい。もっと気楽にやろうぜ」
木村が笑う。それでも成川はマジメな顔で続けた。
「私は本当に嬉しいんですよ。皆さんは私の人生の一部です。あなたたちがいなければ今の私は存在しない」
「それはここにいる皆同じよ」
里瑠子が答える。
「今夜はあの頃のことを思う存分語り明かしましょう」
すっと成川がワイングラスをかざす。
「乾杯!」
木村が大きな声でそれに答えた。
ドアが開き、村上がさやかと加奈を従えながら料理を運んでくる。
「先輩がた、今夜は十分に楽しんでくださいよ。今日は久々に腕を振るったんですからね」




