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破壊の王  作者: けせらせら
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破壊の王 2.6

 晩餐会が始まる時間まで亮平も部屋で過ごすことにした。

 ベッドで寝転びながらぼんやりと考える。

(破壊の王……か)

 あれはどこで聞いたのだろう。確か父から聞かされたような憶えがあるが、はっきりと思い出すことは出来ない。

 今のところ誰が『破壊の王』なのか、特定することはまったく出来ない。『王』というからは男かもしれないが、そんな保証はどこにもない。今のところ成川正文をはじめ、木村、花柳、里瑠子の全員が父と関係を持っているということがわかっている。孤児院で暮らす子供たち。それはきっと父にとって格好の研究材料であったに違いない。

 父を思い出す時、頭のなかに浮かんでくるのは何よりもあの冷めた目だった。

 あれは明らかに人間に対する視線ではなかった。愛情のかけらもない、無機質な感情。それは決して木村が言うような愛情溢れる人間像とは違っていた。

 自分の知る父の姿。

 朝宮が話してくれた父の姿。

 そして、孤児たちに対する父の姿。

 その全てが少しずつ違っている。

(いったい何が真実なんだ?)

 寝返りをうち、腕時計に視線を向ける。

 午後3時半。

 雨の音が激しくなってきている。

 亮平は部屋を出ると再びリビングへ向かった。里瑠子が戻ってきていることを心のどこかで望んでいた。

 階段を降りた時、玄関の扉が勢い良く開かれた。

 湿気を含んだ風が吹き込んでくる。そして、その風とともに一人の男が飛び込んできた。

 くすんだ緑色のコートに同色の帽子を被っている。

 男はドアを閉めると、一瞬、階段から降りてきたばかりの亮平に視線を向けた。

「おまえは?」

 ぶっきらぼうに声をかける。その顔には見覚えがあった。

(花柳真一)

 テレビで観るよりも細い。そして、小柄だ。だが、ブラウン管を通して感じられる愛嬌の良さは微塵もない。

「おまえ、誰だ?」

 花柳真一は帽子を取りながら、もう一度訊いた。

「朝比奈といいます」

「朝比奈?」

 花柳は突き刺すような視線で亮平を睨みながら首を捻る。「成川はどこだよ?」

 その時、リビングのドアが開き、成川正文が姿を現した。

「花柳君。良く来てくれたね」

 そう言って花柳の手を取ろうとするのを、花柳は鬱陶しそうに振り払った。

「みんなは? もう来てるんだろ?」

「今は各自部屋で休んでると思います。あと1時間くらいで晩餐会も始まりますから、花柳君もそれまで少し部屋で休んでいてください」

「誰だよ、こいつは?」

 花柳はジロリと亮平を睨んだ。

「朝宮先生の息子さんですよ。花柳君も憶えているんでしょう」

「朝宮先生? あの先生に息子なんていたのか?」

 まるで亮平を疑うように花柳は言った。

「らしいですね」

「ふぅん。で、その先生の息子がなんでここにいるんだ?」

「先生が亡くなられたんだそうです。それで私に先生とのことを教えて欲しいってことでね。先生は私たちにとっても恩人です。今夜、ここに泊まっていただいて、ゆっくりお話を出来ればと思いましてね」

「泊まる?」

 花柳はわずかに驚いたような顔をしたが、すぐに何かを納得したように小さく頷いた。「ま、おまえがそう言うならそれもいいだろうよ」

「それじゃ部屋に案内しますよ」

 成川はそう言うと、花柳を引き連れて階段を上がっていった。

 亮平はその姿をぼんやりと見送ると、ゆっくりとリビングのほうへと歩いていった。リビングに灯りはついていたが、人の気配はなく、窓に叩きつける雨の音だけがやけに大きく聞こえている。

 ふと、窓際のテーブルの上に置かれたものが目に入った。

 ゆっくりと近づいていくと、そこに金色の懐中時計が置かれている。おそらく成川正文のものだろう。

 亮平はそっと手を伸ばして、懐中時計を手にとった。

 かなり古そうなものだが、正確に時刻を刻んでいる。それほど高価なものには見えないが、もともとこの手のアンティークの品定めが出来るような力は無い。

 裏面を見ようとしたとき、どこをどう触ったのかパチリと小さな音がして、裏蓋が開いてしまった。

(やばい)

 慌てて閉めようとした時、その裏蓋に何か書かれているのが目に入った。

 ほんの一言二言が刻まれている。そっと指でなぞってみる。フランス語だろうか。亮平には何と書かれているのか読むことが出来ない。

 諦めて蓋を閉じた時――

「どうかされましたか?」

 突然、背後から声をかけられ、亮平は飛び上がるようにして振り返った。シェフ服を着た、小太りの男がドアのところに立っている。

 どうやらシェフの村上らしい。想像したよりも顔立ちは若い。

「いえ……なんか落ち着かなくてね。ああ、これ――成川さんの忘れ物でしょうね」

 亮平は慌てるのを隠しながら、テーブルの上に懐中時計を戻した。

「朝比奈亮平さんですね? 本日のお料理を担当させていただく村上と申します」

 村上は近づいてくるとうやうやしく頭をさげた。

「こちらこそ、突然、お邪魔して申し訳ありません」

「とんでもない。私としては一人でも多いほうが嬉しい限りですよ。それも朝宮先生のご子息ならなおさらです」

「え? 村上さんも父をご存知なんですか?」

「もちろんですよ。あれ? 成川さんから聞いていませんか? 私も『白樺園』の出身なんですよ」

「それじゃ成川さんとは――」

「成川さんは私よりも三つ年上でね。私の先輩ですよ」

 村上は満面の笑顔で言った。

(まいったな……)

 まさかとは思っていたが、村上までが父と関係があったとなると、『破壊の王』を捜す範囲がまた広くなってしまうことになる。

「今夜はここで?」

「いいえ。ここの向いに食堂があります。パーティールームと言ったほうがいいかもしれませんね」

「パーティールーム?」

「ええ。この屋敷を建てた人はよほどパーティー好きだったのでしょうね」

 まったくもって物好きなものだと改めて思う。これほどの山奥にどれほどの人が足を運んでくるというのだろう。

「お食事まではまだ時間がありますよ。お部屋で休んでたらいかがです? 時間になったら起こしてさしあげますよ」

「ええ。でも、なんか寝付けなくて」

「それなら一杯飲んだらどうです?」

 村上はポケットからウィスキーの小瓶を取り出した。

「いえ……」

「私はこいつがないとダメなんですよ」

 そう言いながら村上は小瓶の蓋を開けると、ぐいとウィスキーを煽った。

「まるでアル中みたいなこと言いますね」

「その通りです」

「え?」

 冗談のつもりだろうか。だが、村上はマジメな顔でさらに言った。

「私はもうこれがないと生きていけないんですよ。ここ1年くらいは身体から酒が抜けたことはないでしょうねぇ」

 村上はまるで他人事のように大きく笑った。


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