プロローグ
破壊の王
プロローグ
幼い頃、父と顔を合わせるのが何よりも苦手だった。
いや、はっきりと嫌いと言ってしまっても過言ではない。物心ついた頃には私は父を避けるようになっていた。
父に叱られたことなどは一度もない。むしろ寛大であったようにすら思う。
幼い頃、私は我侭だった。自分の思い通りにならないことには癇癪を起こし、泣き喚き、周囲のものに八つ当たりをした。そんな時ですら、父は決して怒らなかった。どこか他人事のように少し離れたところから傍観していた。
だが、それは父親としての優しさとはまったく違うものだった。
父が私を見る時、その目のなかには子供に対する愛情など微塵も感じられなかった。その目のなかにある光は常に研究者としてのものだった。
私は父がどのような仕事をし、どのような地位についていたのか詳しくは知らない。それでも父が医者で、何かしらの研究者であるということは理解出来ていた。訪ねてくるさまざまな客たちが、父を『先生』と呼び、頭を下げている姿を何度も目にしている。そして、父がいつもリビングのソファに座り、分厚い専門書などを読んではニヤニヤ口元をゆるませていたのを憶えている。そして、その時の目と私を見る目はまったく同じものだった。
『愛情』でも『優しさ』でもない。ただの『興味』。
そう。父は私を常に観察していた。
この人は自分の子供をも一つの研究材料としか見ていない、ということを私は幼いながらも感じ取った。そして、その父の血は確実に私の身体のなかにも流れている。そのことに私はゾッとした。
幼い頃、一度だけ父の研究室らしき場所へ連れて行かれたことがある。
真夜中に私は突然起こされると、そのまま父の運転する車に乗せられた。車はある小さな屋敷の前で止まった。
それがどこなのか私にはわからなかった。
(ここはどこなの?)
そんなことも訊くことが出来ないまま、私は言われるがままに父の後をついていった。
本能的にそこが自分にとって大きな意味のある場所であると私は気づいていた。
屋敷のある部屋の前で父は立ち止まると、ちらりと私に顔を向け決して声を出してはいけないというように、そっと指を唇の前に立ててみせた。私が頷くと、父はそっとドアを開けた。
薄暗い部屋。窓から差し込む月の光が部屋を照らしている。
父は私を連れ、部屋のなかに入ると部屋の壁に置かれたベッドのほうへ近づいていった。
毛布のふくらみが、そこに人が寝ていることを現している。
壁のほうを向いているため顔をはっきり見ることが出来ない。
(誰……?)
心臓が大きく高鳴っている。
その時――
「うぅん……」
小さく声を発するとその身体が寝返りを打った。
月明かりにその顔が浮かび上がる。
驚いている私に向かい、父はそっと耳元に顔をよせた。
「ごらん、これが『破壊の王』だ」