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前編

 ここは乙女ゲームの世界。


 いえ、正確に言えば乙女ゲームを体現する事になった世界のとある一国、と言った方が正しいかもしれません。


 なぜ私がそのことを知っているかというと神様からの神託があったからです。


 それは突然の出来事でした。

 神殿に降りてきた神様は巫女の身体を借り、そして朗らかに言ったのです。


【この世界はこれより乙女ゲームとなる】


 そして神様はこの国のほんの一握りの人間に乙女ゲームに必要とされる役を与えたのです。


 私は神様より悪役令嬢という役を頂きました。

 まったく嬉しくありません。

 悪役ってなんですか?


 神様は【この世界は中世ファンタジー風の乙女ゲームになるのだ】だと仰いました。

 はて、どういう意味でしょう?

 首を傾げる私に他にも○○風とつく乙女ゲームはたくさんあり、例えば学園ものと言っても舞台が現代、ファンタジー、過去、異世界等々と様々に細分化されて、一括りに乙女ゲームと言っても馬鹿には出来ない、またそれぞれの世界観が掛け合わされたような世界も存在すると丁寧に教えて下さいました。

 しかしやっぱりよくわかりません。そもそも乙女ゲームというものがわからない私にとってそれ以前の問題なのかもしれませんが……。



 神様は無作為に自身の管理する世界の中から乙女ゲームを体現させるための世界を選び、ヒロインをぽいっと投下するらしいです。

 ヒロインはその世界の中から選ばれたり、異世界から召喚されたり、様々なようですが一概に攻略キャラと呼ばれる役の方々に大変好かれる性質を神様より与えられ、一定期間の間、恋愛を楽しむ事になるそうです。

 そしてその期間内に攻略キャラ役のうちお一人と結ばれたり、友好関係を結んだり、所謂逆ハーレムと呼ばれる複数の攻略キャラ役を侍らせたり、またそれとは逆に失恋や異世界召喚ものというジャンルでは元の世界に還ったりと、数種類あるエンドイベントと呼ばれるもののひとつを目指すそうです。

 恐ろしい事にデッドエンドやバッドエンドというトラウマになりそうなエンドイベントが存在するゲームもあるようです。


 神様からの説明なので私には正否はわかりませんが、それが乙女ゲームというものらしいです。

 嬉々として語って下さった普段は無表情の巫女様(神降ろし中)の顔が忘れられませんが、………つまりは乙女ゲームとは恐ろしいものなのですね。




 さて悪役令嬢という役を与えられた私ですが、一体なにをすれば良いのでしょう?と神様に聞いたところ、特定ルートに入った場合、自ずとわかるとそう仰いました。

 まぁでも、と言葉を続けた神様はにやにやと美しい巫女様の顔を歪め、ヒロインを虐めろとそれはそれは楽しそうに言ったのです。


 いやいや、あり得ません。

 役名に悪役とつくからにはそれなりの覚悟をしなければならないと聞いた瞬間に思いましたが、誰が好き好んで女の子を虐めますか!

 理由がありません。いや、理由があってもそんな事はしたくありません!


 しかし私は悪役令嬢役を断る事は出来ませんでした。


 神様は役をこなさいと悲惨な目にあうという脅しを散々した後、巫女様の中で眠りについたのです。

 突然、眠りにつかれた事に不作法にも目を剥き驚いてると神様とは逆に目を冷ました巫女様がいつもの無表情の顔のまま「次の神託の為に神は一時的に眠りにつきました。貴方は去りなさい。役を全うするのです」そう言ったのです。


 ああ、どうしたら良いのでしょうか?

 私にはつい先日に産まれたばかりの、目に入れても痛くないほど可愛らしい弟がいるのですよ?

 もし爵位剥奪や一家離散なんて目にあったら…ああ、ああ、恐ろしくって想像もしたくありません。


 想像だけでぶるぶると震える身体を押さえ、私は神殿を後にしたのです。


 虐めは嫌だ、でも…と頭を抱えて悩む日々が続き、ついには眠れぬようになった私を家族や友人、使用人はもちろんのこと私の従兄弟でもある王太子殿下と私の婚約者である公爵家令息殿、たくさんの人に心配をかけてしまいました。


 うぅ…申し訳ない。


 殿下と婚約者様の姿を拝見する度に苦い気持ちになってしまいましたが彼らに非はないのです。

 ただ、彼らは乙女ゲームの攻略キャラという役を与えられた、それだけのこと。

 神様ははっきりとは教えて下さいませんでしたが、私が悪役令嬢役をするのはこの2人、特にヒロインが婚約者様のルートに入った時だと伺いました。


 ……胃が痛いです。


 美しい顔立ちをされているので舞踏会でもご令嬢方にうっとりと時にはきゃいきゃいと見つめられる事が多い方々です。

 乙女ゲームとはそういった美しい方々と恋愛を楽しむものらしいので、攻略対象に彼らが選ばれた事は納得です。


 そして、これも神様から聞いた話なのですが攻略対象の彼らはここが乙女ゲームの世界になり、自分たちが攻略キャラという役を与えられている事を知らないそうなのです。


 神様曰く【恋愛を演じて貰っては楽しくないだろう、心で感じてこそ愛なのだよ】と。


 思わずぽかーんと口をあほみたいにあけたのは仕方がないと思います。

 だって、神様が最初に言ったのです、この世界は「乙女ゲーム」だと。


 ゲームですよ?ゲーム!心で感じろとか言いながらゲーム!!

 それに聞こえていましてよ?神様はぽそっと小さな声で【まぁ多少は乙女ゲームがスムーズに進むように調整はするけどね】と仰ったのです。

 巫山戯ています。殴りそうになった事も仕方がないことだと思います!!!


 おっと、神様に対して言葉が過ぎましたか……ふつふつとあふれ出る不満は心の奥底にしまいましょう。



 さて、恐怖に身を震わせているばかりではいけませんね。

 少しでも情報を整理しなければ。


 この世界を舞台とした乙女ゲームの攻略キャラ役は5人。

 王太子、公爵家令息、騎士団副団長、魔術師、そして平民らしいです。


 最後の平民と言うのがどなたの事か分かりませんが、顔が良い、だけで絞り込むと他の4人は当てはまる方が限られています。

 ええ、顔が良いだけです。


 あの方々の残念な部分は置いておきましょう。


 微々たる情報を整理しながらとりあえずどうしたものかとさらに悩んでいると、ついにヒロイン(彼女)は現れてしまいました。


 この国には異世界より現れた人物を稀人と呼び大切に保護しなければならないそうです。

 始めて知りました。もしかしてこれも神様が作った設定というものかもしれませんね。


 その稀人であるヒロイン(彼女)はこの国の三大公爵家の1つに保護され、そしてお披露目という形で舞踏会が開かれました。

 始めて見たヒロイン(彼女)は同じ性別の私ですら、守ってあげたくなる儚げな可愛らしさを持っていらっしゃいました。


 舞踏会で私をエスコートする婚約者様をちらりと横目で見つめると彼は目を見開きそして、頬を赤く染めていました。


 そして、ああ、乙女ゲームが始まったのだなと心がスッと冷えていくのを実感しましたよ。


 王太子、騎士団副団長、魔術師、皆様そんなご様子で……あれ?平民の方とヒロイン(彼女)はどこで会うのでしょう?

 この舞踏会は爵位のある方しか出席を許されません。


 はて?と首を傾げていると、ヒロイン(彼女)は会場を見渡しそして数度、頷きながら何かを確認していました。

 違和感がありましたがそれも一瞬のことだったので、ヒロイン(彼女)が何を確認していたのかさっぱり分かりません。


 挨拶に回らなければならない婚約者様は私に対してすっごく申し訳ないという顔をされた後、会場内を練り歩いて行かれました。

 おそらくこれから各攻略キャラ役との出会いイベントというのが始まるのでしょう。


 ………知らないはずのことがわかるのです。

 おそらく神様の言っていた自ずとわかる…とはこういう事なのでしょう。

 私が出会いイベントを邪魔しないように……きっと、わかるのです。


 さらに冷えていく心を振り払うように華やかな会場を見回せば、私の親友が不機嫌な顔で隅っこに立っていました。

 ヒロイン(彼女)の滞在地となった宰相閣下の末の娘である私の親友も役を与えられた1人になります。

 サポートキャラ役と言い、ヒロイン(彼女)の手伝いをするのが主な役割になるらしいです。

 親友本人はぷりぷりとすっごい怒ってましたが、滞在地になるからそういった役を与えられたのですね。


 役を与えられてすぐの頃もそれ程まで怒っていた親友は、未だヒロイン(彼女)に対する嫌悪感が残っているようです。

 ヒロイン(彼女)がこの世界に現れ、数十日は過ぎていますが、男性に対して潔癖なところがある親友です。

 神様が乙女ゲーム、そうゲームと言った恋愛をする(予定の)ヒロイン(彼女)が気に入らないのでしょう。


 でもヒロイン(彼女)もこの世界で1人きりなのは寂しいでしょうから、側にいる親友とヒロイン(彼女)が少しでも仲良くなれればいいと思ってしまいます。


 そんな事を考えながら、私はこっそりとため息をつきました。

 人の心配をしている場合ではありませんね。


 ああ、ああ、どうか……願わくば、ヒロイン(彼女)が殿下と婚約者様のルートを踏みませんように。




 ===================================




 しかし私の願いは全くもって叶いませんでした。


 ヒロイン(彼女)はきっちりしっかり殿下と婚約者様、どちらのルートも踏んで下さいました。


 この乙女ゲームが始まった当初は状況の確認も兼ねて傍観をしていましたが、私が何もしなくとも強制的な力、そう強制力が働いてしまいイベントと呼ばれるものに引っ張り込まれてしまうみたいなのです


 色々と諦めました。


 ええ、もう、そうです。私はヒロイン(彼女)を虐めましたよ。

 だけどヒロイン(彼女)の身体を傷つけるつもりも持ち物を壊したりするつもりも全くありませんでしたので、ひたすら無視をするという虐めを。


 地味に嫌ですよね、無視って。


 心の中でたくさん謝りながら、ヒロインを無視して私の取り巻き役の子達とうふふ、おほほと笑うことに専念致しました。

 実際には彼女たちは私の取り巻きではなく友人なのですけどね。

 全員が頬を引きつらせた笑い方なのはご愛敬というやつです。そういうことにしておいて下さい。


 私たちが無視するという虐めをする傍ら乙女ゲームに巻き込まれた事により投げやりになった一部の取り巻き役の子達が物理的にヒロイン(彼女)を虐めようとしていたのでそれ止めたりもしていました。

 しかし強制力のせいでイベント化し抑えきれないものもありました。

 申し訳なかったのですが、サポートキャラ役の親友曰く「あの子、タフだから大丈夫」ということでした。


 どういうことだろうか?と首を傾げているとヒロイン(彼女)はここを乙女ゲームと理解しそして楽しんでいるのではないか?と親友が教えてくれたのでこっそりちゃっかりとヒロイン(彼女)を観察することにしました。

 そして納得です。

 ヒロインはその虐めすら、イベントとして楽しんでいたようです。

 片っ端からイベント、もしくはイベントらしきものが起こるように誘導する行動をとっていたのです。

 それはそういうイベントが起こることを知らないと出来ない事でしょう。


 片っ端からというとお分かりですね?


 ある日サポートキャラ役の親友がとっても嫌そうにヒロイン(彼女)のステータスを確認していたので大丈夫?と尋ねたところ親友はそのステータスを私にも見せてくれました。

 思わずあんぐりと口をあけてしまいました。すみません。はしたないですね。


 しかし私が驚くのも仕方がないと言うやつです。

 ヒロイン(彼女)はよほど几帳面なのか、全ての攻略キャラ役の好感度をぴったりと一定に上げてるのです。


 あれは神がかり的だと思います。


 この時、私はヒロイン(彼女)は逆ハーレムエンドを目指してると思っていました。

 ステータス的にもそうとしか思えませんでしたし、ヒロイン(彼女)は王太子と婚約者様ルートだけではなく他の2人のイベントも順調にこなされていたようなので。

 このあたりは親友と他の2人ルートでのライバルキャラ役の方々との情報交換で知りました。

 平民のライバル役の子は大丈夫かしらと心配していると親友が保護したから大丈夫と言っていました。

 その事実にほっとして有能な親友に抱きついたら、親友は赤い顔して狼狽えていました。

 本当に可愛らしい方です。大好きです!!

 彼女もこの会に招待したいのだけどいいかしら?と聞かれたので勿論全員がふたつ返事で了承しました。


 ヒロイン(彼女)がせっせとイベントをこなしている傍ら私たち役を与えられたもの達は仲間意識が芽生えみんな仲良くなりました!


 しかし、逆ハーレムエンドで終わると思っていたこの乙女ゲームは意外な、いえヒロイン(彼女)はきっと狙っていたのでしょう。


 この乙女ゲームは前半パートと後半パートがあり、私たち役が必要になるのは前半パートのみで後半パートは攻略キャラ役との恋愛物語がメインになるらしいのです。

 前半と後半の中間にキーイベントがあり、そのイベントの発生段階で攻略キャラルート若しくは派生エンドルートどのルートへと分岐するかが決まるらしいのです。


 ヒロイン(彼女)はあっさりと派生エンドルートへ入りました。

 まぁ順調に攻略キャラ役全員のイベントをこなしていたのでここまでは予想通りでした。

 そして派生エンドルートへと進んだヒロイン(彼女)は所謂ノーマルエンド、しかも元の世界への帰還エンドでこの乙女ゲームは終えたのです。


 キーイベントから逆ハーレムエンドへの分岐でいけるらしいこのエンドですが、好感度を保ちつつ、他にも派生するイベントを回避しないといけないらしく少しでも間違うと逆ハーレムエンドはもちろん、キーイベントの段階でもっとも好感度の高いキャラ達の友情エンド等々へ行く可能性もあるらしくその微調整が親友曰く大変めんどくさいみたいです。


 らしいという言葉が多いのは神様の説明とヒロイン(彼女)にアドバイスをするために親友が神様から与えられた知識を又聞きした内容だからです。



 元の世界へと笑顔で還っていくヒロイン(彼女)を見ながら、親友の「あの子、タフだから大丈夫」という言葉の本当の意味を再度理解しました。


 悪役令嬢役として私も最後まで気丈に、ヒロイン(彼女)が去ることを出来るだけ嬉しげに振る舞わねばなりませんから、沈痛な面立ちで膝をつきまたは泣き崩れる攻略キャラ役達の事はもらい泣きしそうで見ることが出来ませんでした。


 彼らの好感度をあげる為にヒロイン(彼女)は個々のイベントを順調にこなしていたのですが、その結果、王太子は廃嫡し、公爵家令息は婚約者に婚約破棄を切り出し、騎士団副団長はヒロイン(彼女)に生涯の忠誠を誓い、魔術師はその身を削りヒロイン(彼女)の命を助け、平民は国外追放一歩手前………駄目です。視界が霞んでしまいます。


 というか国外追放一歩手前って……どういったシナリオなのですか……乙女ゲーム本当に怖いです。



 まぁ私も攻略キャラ役の方々を気遣っている余裕は少ししかないのですが……だって婚約を破棄されてしまいましたからね。

 政略結婚前提の婚約でしたので、乙女ゲームのシナリオみたいに私は婚約者様に熱烈に想いをよせていたわけではありません。

 ですので婚約解消は別に良いのですが…いや、良くありませんね。

 理由はどうあれ婚約破棄によって傷物になってしまった私に良い縁談はあるのでしょうか……。

 そこが一番の問題ですね。

 神様はアフターケアを全くして下さらないので困ったものです。


 私にもアフターケアは欲しいのですが、攻略キャラ役の方々にこそアフターケアをと切に願わずにいられません。

 彼らはこれからどうするのでしょう?


 周りの言葉に耳をかさず社交界での蛮行ともとれる行動の数々、ヒロイン(彼女)に心酔したが為の他者への蔑み……目も当てられませんでした。

 彼らの評判は地に落ちたも同然です。

 せめてヒロイン(彼女)がこの世界に残るか恋人として隣に立っていればまた違うかもしれませんが、ヒロイン(彼女)は元の世界ですものね。


 本当どうしたものでしょうか?

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