総司の剣
道場に着くなり、土方さんは俺を放り投げるように下ろす。
「痛ってて……」
その衝撃に、俺は思わず顔を歪めた。
夢なのに痛みを感じる。
何だか変だ。
こんな夢は初めてだ。
俺が困惑していると、土方さんは俺の目の前に一本の木刀を差し出した。
反射的に、俺はそれを受け取る。
「稽古……つけてくれよ」
「稽古? そんなの無理に決まってんだろ? そもそも、俺はこんなモン……握った事すらねぇよ」
「そうか……天然理心流の名が聞いて呆れるなぁ。お前は剣術までも……忘れちまったって言うのかよ。まぁ良い、忘れたと言うならば……思い出させてやるまでだ。お前の頭は覚えていなくとも、身体は覚えているに違いねぇ」
「んなわけねぇだろうが! 馬鹿な事言うな……って、おい! 聞けよ!」
いつの間にか、道場の入り口には人だかりができている。
ミツ姉だけでなく近藤さんや山南さん達も、俺らの様子を静かに見守っていた。
「試合の最中に余所見たぁ良い度胸じゃねぇか。流石は総司……ってか?」
「だから、俺は試合なんてモンは、するとは言ってねぇだろうが! っとにもう、訳分かんねぇ人だなぁ。っ……うわ
!」
俺の様子などお構いなしに、土方さんは俺に向けて木刀を振り下ろす。
間一髪それを避けた俺は、何の気なしに立ち上がった。
「何だ……やっとやる気になったのか?」
「なってねぇよ! アンタ馬鹿だろう? 俺の話なんて全然聞いちゃいねぇ……俺は剣道なんてできねぇって言ってるのが、まだ分からねぇのかよ」
「フン……分からねぇなぁ」
土方さんはニヤリと口角を上げると、すかさず俺へと打ち込んでくる。
打ち込まれた剣を、俺は何度も受けては流してを繰り返した。
これじゃあ……一方的に攻められるばかりで、攻撃なんでできやしない。
ん?
攻撃?
どうして俺は、そんな事を考えている?
そもそも、どうして俺は土方さんの剣を受け流す事ができている?
初めての剣道だというのに、相手は手練れの剣士だというのに……俺には、何故かそんな事を考える余裕があった。
「やはり……な。記憶は無くしていても、剣術は身体が覚えているってわけだ。面白ぇ……」
土方さんは一旦俺から離れると、木刀を握り直した。
「違ぇって! 俺は本当に、剣道なんて初めてなんだよ。今までのは……そう、まぐれだ!」
「まぐれかどうかは、お前が決める事じゃねぇ! 見ている俺らが決める事だ!」
まったく、この人の頭ん中には……少しは人の話を聞くってぇのは無いのかねぇ?
きっと、今は何を言っても無駄だ。
かといって、このまま試合を続ければ間違いなく、俺は大怪我をするだろう。
まぐれは、そう何度も続きゃしない。
素人が玄人に勝てる程、剣道は甘くは無いだろう。
まぁ……俺があっさり負ければ、自分の考えの間違いに気付いてくれるだろうな。
俺は覚悟を決めると、訪れるであろう衝撃に備えた。
「何だ……これ……」
土方さんが打ち込んでくるや否や、俺の身体は自分の意思とは異なる動きをする。
何かに操られているかのような……不思議な感覚だ。
「痛って……おい、総司! ちったぁ手加減てぇモンを覚えやがれ! 平隊士ならば、大怪我も良いところだ」
「えっ……!?」
気付けば足元には、土方さんが転がっていた。
土方さんは、ゆっくりと上体を起こす。
「なっ……何でアンタが……やられてんだよ!? 意味わかんねぇよ!」
「何言ってやがる。そもそも、俺がお前に勝てるわけがねぇだろうが」
「土方さん……もしかして……すげぇ弱ぇの?」
俺の一言が余程気に障ったらしい。
土方さんの怒りの一撃が、俺の頭に容赦無く振り下ろされた。
「痛ってぇな! 何しやがんだよ……」
「生意気な事ばかり言ってんじゃねぇよ! お前に勝てる奴ぁ、この新選組には居ねぇよ。まともにやり合えるのは、新八くれぇだろうよ」
「な……にを……何を言ってんだよ! さっきのは、まぐれか……土方さんが弱すぎるからだろ?」
「まぁだ、そんな事言ってんのか? まぁ……記憶がねぇなら、仕方無い。身体は剣術を覚えてんだ。その内、記憶も戻るだろう……」
その言葉が、やけに鼻につく。
俺は沖田総司なんかじゃない。
濁点が無い……ただの……ただのダメ人間の……何の取り柄もない、総司だ!
「俺は……俺は……沖田総司なんかじゃねぇ!」
「お……おい、総司!?」
俺は居てもたっても居られず、道場を飛び出した。
夢だと……これが夢だなんて事は分かっているのに……
この焦燥感と苛立ち……そして、殴られた頭の痛み。
これらは、一体何なのだろうか?
俺は先程まで居た部屋に戻ると、頭まで布団をかける。
ミツ姉……
早く帰って来て、俺を……俺を起こしてくれ!
俺は、目蓋をギュッと固くつぶった。