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その男、引きこもりに付き  作者: 祀木 楓
第1章 引きこもりの総司
5/5

総司の剣

 

 

 道場に着くなり、土方さんは俺を放り投げるように下ろす。



「痛ってて……」



 その衝撃に、俺は思わず顔を歪めた。


 夢なのに痛みを感じる。


 何だか変だ。


 こんな夢は初めてだ。


 俺が困惑していると、土方さんは俺の目の前に一本の木刀を差し出した。


 反射的に、俺はそれを受け取る。



「稽古……つけてくれよ」


「稽古? そんなの無理に決まってんだろ? そもそも、俺はこんなモン……握った事すらねぇよ」


「そうか……天然理心流の名が聞いて呆れるなぁ。お前は剣術までも……忘れちまったって言うのかよ。まぁ良い、忘れたと言うならば……思い出させてやるまでだ。お前の頭は覚えていなくとも、身体は覚えているに違いねぇ」


「んなわけねぇだろうが! 馬鹿な事言うな……って、おい! 聞けよ!」



 いつの間にか、道場の入り口には人だかりができている。


 ミツ姉だけでなく近藤さんや山南さん達も、俺らの様子を静かに見守っていた。



「試合の最中に余所見たぁ良い度胸じゃねぇか。流石は総司……ってか?」


「だから、俺は試合なんてモンは、するとは言ってねぇだろうが! っとにもう、訳分かんねぇ人だなぁ。っ……うわ

!」



 俺の様子などお構いなしに、土方さんは俺に向けて木刀を振り下ろす。


 間一髪それを避けた俺は、何の気なしに立ち上がった。



「何だ……やっとやる気になったのか?」


「なってねぇよ! アンタ馬鹿だろう? 俺の話なんて全然聞いちゃいねぇ……俺は剣道なんてできねぇって言ってるのが、まだ分からねぇのかよ」


「フン……分からねぇなぁ」



 土方さんはニヤリと口角を上げると、すかさず俺へと打ち込んでくる。


 打ち込まれた剣を、俺は何度も受けては流してを繰り返した。


 これじゃあ……一方的に攻められるばかりで、攻撃なんでできやしない。



 ん?



 攻撃?



 どうして俺は、そんな事を考えている?


 そもそも、どうして俺は土方さんの剣を受け流す事ができている?


 初めての剣道だというのに、相手は手練れの剣士だというのに……俺には、何故かそんな事を考える余裕があった。



「やはり……な。記憶は無くしていても、剣術は身体が覚えているってわけだ。面白ぇ……」



 土方さんは一旦俺から離れると、木刀を握り直した。



「違ぇって! 俺は本当に、剣道なんて初めてなんだよ。今までのは……そう、まぐれだ!」


「まぐれかどうかは、お前が決める事じゃねぇ! 見ている俺らが決める事だ!」



 まったく、この人の頭ん中には……少しは人の話を聞くってぇのは無いのかねぇ?


 きっと、今は何を言っても無駄だ。


 かといって、このまま試合を続ければ間違いなく、俺は大怪我をするだろう。


 まぐれは、そう何度も続きゃしない。


 素人が玄人に勝てる程、剣道は甘くは無いだろう。


 まぁ……俺があっさり負ければ、自分の考えの間違いに気付いてくれるだろうな。


 俺は覚悟を決めると、訪れるであろう衝撃に備えた。

 


「何だ……これ……」



 土方さんが打ち込んでくるや否や、俺の身体は自分の意思とは異なる動きをする。


 何かに操られているかのような……不思議な感覚だ。



「痛って……おい、総司! ちったぁ手加減てぇモンを覚えやがれ! 平隊士ならば、大怪我も良いところだ」


「えっ……!?」



 気付けば足元には、土方さんが転がっていた。


 土方さんは、ゆっくりと上体を起こす。



「なっ……何でアンタが……やられてんだよ!? 意味わかんねぇよ!」


「何言ってやがる。そもそも、俺がお前に勝てるわけがねぇだろうが」


「土方さん……もしかして……すげぇ弱ぇの?」



 俺の一言が余程気に障ったらしい。


 土方さんの怒りの一撃が、俺の頭に容赦無く振り下ろされた。



「痛ってぇな! 何しやがんだよ……」


「生意気な事ばかり言ってんじゃねぇよ! お前に勝てる奴ぁ、この新選組には居ねぇよ。まともにやり合えるのは、新八くれぇだろうよ」


「な……にを……何を言ってんだよ! さっきのは、まぐれか……土方さんが弱すぎるからだろ?」


「まぁだ、そんな事言ってんのか? まぁ……記憶がねぇなら、仕方無い。身体は剣術を覚えてんだ。その内、記憶も戻るだろう……」



 その言葉が、やけに鼻につく。


 俺は沖田総司なんかじゃない。


 濁点が無い……ただの……ただのダメ人間の……何の取り柄もない、総司(そうし)だ!



「俺は……俺は……沖田総司なんかじゃねぇ!」



「お……おい、総司!?」



 俺は居てもたっても居られず、道場を飛び出した。


 夢だと……これが夢だなんて事は分かっているのに……


 この焦燥感と苛立ち……そして、殴られた頭の痛み。


 これらは、一体何なのだろうか?



 俺は先程まで居た部屋に戻ると、頭まで布団をかける。



 ミツ姉……



 早く帰って来て、俺を……俺を起こしてくれ!



 俺は、目蓋をギュッと固くつぶった。





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