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その男、引きこもりに付き  作者: 祀木 楓
第1章 引きこもりの総司
3/5

遠い記憶

 

 

 

「なぁ……ミツ姉。しんせん……組って、何?」



 あれは……俺と……ミツ姉?


 おそらく……背丈を見るに十歳頃の俺、だろうか。


 ランドセルを背負い、ミツ姉と歩いている姿が見える。


 しかし、アレは俺であって、俺ではない。


 まるで幽体離脱でもしたかの様に、並んで歩く二人を空から眺めている俺が、今の俺だ。


 また……夢か。


 夢から覚めようとして、夢の中で寝て……目覚めたつもりが、また夢だった。


 そんな事は良くある事だ。


 子供の頃は、二度と起きられない気がして非常に怖くなったのを覚えているが、今となっては動じる事すらない。


 なぜなら、その内目覚められる事を知っているからだ。


 大人になった余裕からだろうか、とりあえず小さい俺と今より若々しい姉を眺める。



「新選組? そんな事を聞いてどうしたの? 社会の授業で出てきたの?」


「っ……違う。みんなが、俺の事を……しんせん組だって言うんだ。駿くんがパパから聞いたんだって。しんせん組は人殺しだって」


「新選組が人殺しだって、総ちゃんには関係ないじゃない。総ちゃんは、人殺しじゃないもの」



 ミツ姉は、優しい顔で小さな俺の頭を撫でる。


 そういや、こんな事もあったっけ。


 すっかり忘れていたが、駿の心無いあの一言から、俺はこの名前が嫌いになったんだった。


 ついでに、沖田総司も新選組も……



「関係あるよ! 総司は一番の人殺しだって、言ってたもん。人殺しのクセに病気で死んだんだって……だから、俺ももうすぐ死ぬんだって……言われた。俺は総司に呪われてるから、俺と話すと……皆も呪われるって」


「そう……駿くんは、随分と意地悪ね。それで、総ちゃんは何か言い返したの?」


「っ……何も。言い返して悪口言ったら……俺も駿くんと同じになっちゃうから!」


「総ちゃん、偉かったね。我慢出来たんだね。流石は私の自慢の弟だ」



 姉にふわりと抱きしめられた小さな俺は、照れ臭そうな表情を浮かべている。


 公園付近の駄菓子屋さんでアイスを買ってもらい、二人は家へと向かった。






「総ちゃん。新選組の事、一緒に少し調べてみようか。沖田総司が悪い人とは限らないでしょう?」


「そんなの良いよ。昔の人の事を知っても仕方ないもん」


「そんな事ないよ。もしも、沖田総司が良い人だったら……総ちゃんも、その名前が好きになれるでしょう?」



 そう言うと、ミツ姉はパソコンに向かう。


 小さな俺もミツ姉の隣に座った。



「沖田……総司っと」



 ミツ姉は、検索サイトに名前を入力した。


 驚く事に、色々なサイトが沖田総司の事を書いているようだ。


 人気……なのか?


 その間にも、ミツ姉はめぼしいサイトを探していた。



「これが良いかな?」



 それは、新選組のファンである女性が作ったサイトのようだった。



「沖田総司には、お姉ちゃんが居たんだって。総ちゃんと同じね。それと……天才剣士だったみたいよ? 総ちゃんも、剣道を習ってみる? 沖田総司のように、強くなれるかもしれないよ」


「嫌だよ。剣道なんて、叩かれたら痛そうだし……それに、俺は体育が苦手だから無理!」



 小さな俺の言葉に、ミツ姉は困ったような笑顔を浮かべている。


 だが、この頃でなくても……今の俺だとしても、剣道なんて面倒な事は御免だ。


 何をどう好き好んで、身体を動かさなければならないのだろうか。


 そんな暇があるなら、オンラインゲームに時間をかける方がよほど有意義に違いない。



「仲間たちと剣の稽古を頑張った沖田総司は、大きくなって京都を守る警察になったそうよ。それが新選組……警察なんて、凄いね。それに、警察の仕事をしながらも、近所の子供たちと遊んであげたり……彼は、強くて優しい人だったのね。どう? 少しは、気が晴れた?」


「うん……でも……」


「でも?」


「人殺しなんだろ?」


「そうね……でも、この時代は仕方がないのよ。総ちゃんが生きている今とは、違うの。この時代は、みんなが刀を持っているわ。新選組は悪い人を捕まえる役目かもしれないけど、悪い人は刀を持っているし、逃げるためにも斬りかかってくるでしょう? だから、仕方なく斬ったんじゃないかな?」



 ミツ姉にそう言われ、俺の顔に笑顔が戻る。


 警察だなんて、すげぇや!


 悪い奴を倒すヒーローだったのか……


 天才剣士なんて格好良い響きだ。


 この時は、子供心にそう思っていた。



「そういや、沖田総司は病気で死んだんだよね? 何だったか、分かる?」


「何の病気かなぁ……あ、あった! えっと、肺結核だって。わぁ、沖田総司は30才にもならない内に死んだのね。可哀想……」


「肺……結核?」



 小さな俺は、首をかしげる。


 病気といえば、ミツ姉の出番だ。


 とはいえ、俺が十才頃ならミツ姉はまだ学生か。



「簡単に言うとね、悪さをする菌が体に入って……肺、つまりこの辺りで悪さをしちゃうの。勿論、ここ以外で悪さをする事もあるのよ? でも、彼の場合は一般的な肺だったようね。やっぱり、栄養状態が悪いから発病したのかなぁ……あ! この人、麻疹にも罹ったのね……という事は」


「ミツ姉の話は、よく分からないや」


「うーん。じゃあ……風邪で例えようか。同じ風邪でも、毎回辛さが違うよね。総ちゃんの体が元気な時は、風邪を引いてもすぐに治っちゃうけど、疲れちゃっている時とかは風邪が長引くでしょう?」


「……多分」


「それと同じで、体が元気なら菌は悪さをできないけど、元気が無いと菌が悪さをしちゃうのよ。だから、たくさんご飯を食べていつまでも元気で居ようね?」



 今より大分小さな俺と、今より若々しい姉。


 こんな時もあったものかと、懐かしく感じた。


 ミツ姉のお蔭でこの時は一時的に、名前に誇りが持てたが……その後も、幾度となく新選組だの沖田総司だの言われて、結局この名が嫌になった。



 そういや……どうしたら、夢から覚められるんだ?



 いい加減、目覚めたいのだが……



 俺は宙に浮かびながら、夢から覚める時を待った。



 しかし、待てども目覚める気配はない。



 どうしたものか……



 まぁ、その内戻れるか。



 


 


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