プロローグ
起きがけに、パソコンを起動させる。
それは、俺にとっては欠かせない起床後の行動だ。
パソコンが立ち上がりきるまでの間、冷蔵庫をあさり朝食となりそうな物を探した。
「何もねぇのかよ……」
俺は、溜め息混じりに呟く。
そんな時、慌ただしく階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
きっと、姉が起きてきたのだろう。
「あれ? 総ちゃん、起きてたんだ」
これが俺の姉、美月だ。
俺よりも十も離れているせいか、母親の様にお節介なところもあるが、家族の中では好きな部類に入るだろう……多分。
「総ちゃんって呼ぶなよ! 俺は総司だって言ってるだろ?」
「総ちゃんは、総ちゃんだよ。アンタが生まれた頃からそう呼んでるんだから、今更変えられないでしょう?」
「だから……」
「はいはい。分かった、分かった。沖田総司の点足らずの、そうし君」
「一言余計なんだよ」
俺はこの名前が嫌いだ。
「総司」と書けば誰もが「そうじ」と呼び、大半が「新選組」の名を挙げる。
訳のわからない人物名を文字って名付けられた俺には、大迷惑な話なのだ。
「そういや、総ちゃんは何か食べた?」
もう呼び名が戻ってるし……と心の中で呟くが、きっとこれ以上言っても無駄だろう。
そう思い、反論の言葉はグッと飲み込んだ。
「今起きたから、まだ……」
「そう。じゃあ、これで何か食べて? 今日は夕食を作る時間が無いから」
ミツ姉は、俺に五千円札を手渡した。
「あぁ……ありがとう。ところで、ミツ姉は夜勤?」
「そうだよ。明日は昼頃まで帰れないかなぁ……色々やる事があるからねぇ」
「ふぅん……婦長も大変だな」
「婦長じゃなくて、師長!」
ミツ姉の仕事は看護師だ。
三十路を目前にして、大病院の師長にまで登り詰めた。
確か、精神科とか言ってたような……
就職後も努力を重ね、様々な資格を取得していたのだから、それもまぁ頷ける。
何にしろ、俺と違って出来の良かったミツ姉は、両親の自慢の娘だった。
「ねぇ、総ちゃん。バイトとかしてみようって思わないの?」
化粧をしながらミツ姉は尋ねる。
「バイト? しても良いけど……だったら、ミツ姉が見付けてきてよ」
「もう……いつも、そればっか。お父さんやお母さんが死んだら、総ちゃんはどうするの?」
「そしたら、ミツ姉に寄生する」
「私だって、ゆくゆくはお嫁に行っちゃうのよ?」
「だったら、弟付きでも良いって言ってくれる医者を探しなよ。ミツ姉は綺麗なんだから、余裕でしょ?」
「何で医者なのよ?」
「裕福な生活が出来そうだからな……俺が!」
「っ……もう、総ちゃんったら!」
頬を膨らませるミツ姉を見て、俺は大笑いした。
ミツ姉が出掛けるとすぐに、俺はパソコンに向かう。
優しいミツ姉はの事は確かに好きだが、その反面ミツ姉と話した後は気が滅入るというのも事実だった。
美人で頭が良くて仕事もできる姉。
それに対して、俺といったら……誰がどう見ても、人生の敗者そのものだ。
学校には中学から行けなくなった。
理由はよくあるイジメだ。
空気が読めないと言われ、コミュ障だと罵られ……いつしか、学校に行けなくなってしまっていた。
それでも、高校は県内一の低レベル全日制高校に合格し、心機一転通い始めたのだ。
しかし、それも長くは続かなかった。
結局、どこに行っても同じ。
俺は本当に、コミュ障なのだろう。
一学期の内に通信制高校へ進学したが、月に二回の登校日ですら、俺には通う事が出来なかった。
その後は、この通り……立派な引きこもりという訳だ。
毎日好きな時間に寝起きし、好きなだけパソコンに向かう。
端から見れば羨ましいと思われるかもしれない。
しかし、こんな生活で心が満たされる事など無いのだ。
俺からすれば、元気に学校や仕事に通う人こそ羨ましい。
ミツ姉が……羨ましく、妬ましい。
「今日は気が乗らないから……寝るか」
起きて数時間しか経っていないというのに、俺は再び眠りについた。
さすがはダメ人間だな……
こんな役たたずの俺なんて、消えてしまえば良いのに……
眠りにつく間際、そんな事を考えていた。