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Hacking・to・the・world  作者: 阿多田佐助
It is easy to attach a clor to colorlessness.
6/12

夜の介錯

 そこは日の暮れた夜の教室。もう使われていない旧校舎の一室に二人の男女がいた。





「ほら、どうした。若いのにもう体力切れか」

「…………腰が………」

「情けないな。私が若いころはもっとブイブイわせていたぞ」

「………」

「ほら、どうした。早く動かせ」

「先生……」



「何やってるんですか」



 ショウはわざわざ持ち込まれた畳の上で寝転がりながら、ビールを飲み、テレビを見ている麗華に、非難の目をぶつける。



 その姿はまるで中年男性の休日の姿そのものだ。明らかに教師ではない。とうの麗華はと言えば、ショウの非難などどこ吹く風、薄暗い部屋に点けられたテレビを見続けている。



 ちなみにそのテレビは、携帯可能の壁に貼る癒着するタイプのものであり、その本体は布のように折れるし曲がる。

 まさに近未来といったものであるが、こんな代物は普通の一般家庭にない。それどころか電化製品を取り扱う店にも売ってない。



 ――――これの持ち主である麗華は知り合いにもらったと言っていたが、この教師は一体どんなパイプを持っているのだろう。

 その事に気を取られるが、最初の目的を思い出しその思考を止める。



 現在の時刻は午後七時。生徒は完全に下校しているはずの時刻である。運動部は帰宅の準備をしている事だろう。



「…………だいたい何がブイブイ言わせていたですか。休んでいる人に、偉そうに説教されたくありません」

「休んでいるんじゃない、生徒指導だ」



 そのあまりにも合わない辻褄に、怒りや呆れを通り越して感動すら覚える。麗華を見るその視線は、もはや若干悟りに入りつつある。



 現在進行形で生徒からの尊敬をうしないつつある教師は、さすがにまずいと思ったのか、そうでないのか畳から起き上がる。



 教室ではビシッと音がつきそうなほどにキメていた教師の今のその姿は、タンクトップにジーパンという、どうみても教師の類には見えないものだった。




「まったく。お前には教師の苦労がわかっていない」

「…………その苦労のうち半分以上は俺が担っていると思いますけどね」

「だから分かっていないんだ、荒月。そんな机の上の紙くずを相手にするより、学校一の問題児の相手を努める方が百倍は疲れるさ」



 仮にも教師の業務の一つを紙くず扱いするあたりが、この教師らしいと言える。その綺麗な瞳はお前の事だよ、と言わんばかりにショウを見つめていた。



 その事にショウはむっ、と言葉をつまらせる。

 その問題児が自分以外なら何か言い様があったのだろうが、それが自分の事となると何と言ったらいいのか分からなくなる。



 仕方なく何も言わずに自分を見つめている麗華の顔を見る。吊った目に、高い鼻、細い口はまさに大人の女性と言った容貌だ。



 そしてその口には愉悦の笑みが浮かんでいることから、この教師がショウで遊んでいる事が分かった。

 自分が皮肉で返すことを期待しているこの教師と、ここで皮肉の応酬をしても時間の無駄だと悟ったショウは、それ以降口を閉ざす。



 それを面白くなさそうな目で見た麗華はテレビの方に向き直り、ビールを口に含んだ。



 結局、それ以降二人の間に会話はなく、テレビの音だけが薄暗い教室に寂しく響いていた。





        ◇      


 


「終わりましたよ、先生」

「ん、ああそうか。悪いが私はもう寝る。その前に何か食いたいから、これでひとっ走りコンビニでするめを買ってきてくれ」

「……書類仕事の次はパシリですか」

「パシリじゃない、生徒指導だ。釣りはやる」



 そう言って麗華が差し出したのは千円札。

 そのデザインは約一世紀前から変わっていない。

 一時は偽札防止のため超小型ICチップを入れるなどという意見も出たが、そのために必要な経費と回収不可能なものなど、明らかに無視できない問題があり、取りやめられた。



 以降デザインも肖像も変わらず今まで受け継がれている。



 その事に思考を奔らせながら、パシリとして使われることに若干の不快感を憶えたものの、素直に従うことにした。

 そのことにより発生した、もしかしたら自分はMなのではないかという恐ろしい思考を打ち捨て、部屋の外へと向かう。



 ドアを開けようとしたとき、不意に麗華から声がかけられえた。





「随分感情が豊かになってきたな。いや、戻ったというべきか。ともかくさっき私と接したのと同じように教室でもすれば友達もできると思うぞ、クク」




 その言葉に言いようのない感情が胸からこみ上げてくる。

 ショウには、この感情が何かは分からなかったが、とてもこの感情が正の物とは思えなかった。それはどちらかというと負の感情に近い。

 そう憤りや悲しみや、そう言ったものを全てごちゃ混ぜにしたような…………。



 そんな感情を麗華に引き出されたことに、強い不快感を覚える。自分の敷地に土足で入りこまれる感覚。気持ち悪い、吐き気がする。



麗華に何も言わず、ショウは部屋を出た。

 


 その様子を見た麗華は一人ごちる。




「やはり、紙くずの相手の方が百倍ましだよ。荒月」





        ◇





 運動部すらもう帰宅し、誰もいなくなった校庭を歩く。夜の学校というのは異様な静けさを持つものであり、昼の騒がしさと相まってかなり不気味に感じる。



 その中央を横切り、一直線に校門を目指す。一瞬このまま帰ってやろうか、という考えを抱くがその様なことをすれば、また生徒指導といい書類の相手をさせられることになるだろう。



 物憂げな瞳で校門を見つめていると、僅かだが校門の傍に何かがあるのが見える。どうせ関係ないことだと思いながらも、それの正体が気になり足を早める。


 そして近くにまで行って見えたものは、




「車、か………」



 その言葉には僅かながらに落胆の色が見えた。

 校門の傍にあったのはただの車だった。ボディが黒いため、この時間は近くまで行かないと分からなかった。そのことに一瞬で興味を無くし、校門を通過しようとしたとき、車の扉が開いた。



 まるで狙ったかのようなタイミング。ショウの顔が警戒の色に変わる。なぜならショウの予想通りなら、この車の所持者は、




「警視庁、サイバー犯罪課、倉崎結衣です。荒月翔君ですね。本部までご同行願います」



 署ではなく、本部といったのが若干気になったが、めんどくさいことになった、それが素直なショウの感想だった。

 そして心の中でするめを買ってやれなかったことを麗華に詫びる。

 恨むならこの予想外な夜の介錯を恨んでくれ。と言っても麗華は許してくれないだろう。



 冬の空に向かってショウは溜息をついた。



 


『Hacking・to・the・world』episode5: It encounters at night. 夜の介錯

 




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