大団円
あ、嘘です
今回は、1ヶ月かからずに書き終わりました。
―シャリバンクラン
今日、この日を以て、私―カシア・ラレナはシャバリンクランのクランマスター及び訪問者を引退する。
クランマスターは、エッカルトに譲ることになっている。
この10年で、エッカルトの顔からは甘さが抜け、落ち着きと頼もしさを蓄えてきている。
(ふふ、当然ね。もうあの子も今年で27、私も36になるのね。歳をとるって早いものね…)
「カシアさん、ありがとうございます。これで引き継ぎの資料はすべて終了です。今日まで本当にお世話になりました」
10年前、トオルの作ったパーティーが解散した後、コンラドと私はそれぞれのクランを抜け、エッカルトとフィーネの所属するシャバリンクランに移った。
弱小クランだけあって、最初はいろいろと苦労はあったが、私たちはトオルが鍛えてくれたパーティーだけあって、あっという間に中堅クランまで上り詰めた。
今では、クラン員を30人ほど数える上位クランに食い込んでいる。
そのために、引き継ぎ作業の量は多く、ここ数日はずっと書類仕事に忙殺されることになった。
「本当にお疲れ様です。といっても、これからは私を手伝ってもらうんですけどね」
そういたずらっぽく言ったのは、フィーネだった。
フィーネは、エッカルトと結婚し、3年前に妊娠を期に一足先に、訪問者を引退していた。
そして、シャバリンクランの酒場を切り盛りしてくれている。
カシアも引退後はフィーネを手伝って酒場を切り盛りすることになっていた。
ここに居ないコンラドも訪問者引退後、ギルドの方に就職している。
「コンラドさんも、あとでこちらに顔を出すそうですよ」
「そっか…」
この時カシアの脳裏にあるのは、徹の事だった。
徹は、カシアたちの犠牲になった。
徹を犠牲にするほど、自分たちに価値はあったのだろうかと…
「私たちは…私は、トオルの期待に応えられたのかな?」
これまでの10年間を思い、カシアがボツリとつぶやく。
ふと、窓から空をのぞけば、あの日と同じ青天がそこには広がっていた。
あの日から、駆け抜けてきた日々でも自分たちが確信をもって前に進んだとは言えなかった。
その時だった、シャバリンクランの入り口が盛大に開く音が響く。
「お邪魔するよ~はい、みんなの徹ちゃんの登場です!」
そこには、10年前迷宮に消えて行った時と同じ格好をした徹の姿があった。
―10年前
(見捨てる…それが一番楽な方法ではあるんだけどね。でも、一人だけ地上に戻ったところで、どうしようもないしな。パーティーメンバーを見捨てるとか…ないな。要求を呑むのも、微妙だしな)
「意外に悩むのだね。そんなに、亜人のことが気に入ったのかい?素直に、君がやりたい方を選んでもいいんだよ」
悩んでいる徹を不思議そうに見つめるクライツェルの目には、亜人たちは完全に物としてしか映っていなかった。
たちが悪いことに、クライツェルには一切の悪意がなく、徹のことを思って好きにしてよいといっている。
「そりゃ、いろいろと世話になっていますからね。受けた恩義を蔑にするのは犬畜生にも劣る行為です」
(そうだな。どんな理由を付けようと結局は俺がどうしたいかなんだよな。あいつらは見捨てたくない。だけど、魔術の秘奥を他人に披露することは禁忌だ。第一俺自身がよくわかってない。この二つを満たす方法は、この施設に住む人間を皆殺しにすればいい。だけど、クライツェルたちが、鵺と戦うために『プロジェクト:ディーナシー』を発動させたように、ゾネやゲオルグたちにとっても、この施設がないと鵺に対抗することはできないだろう。結局、今カシアたちを助けたところで、長期的な目で見れば鵺に滅ぼされる未来しかない…)
全く価値観のかみ合わない二人によるトンチンカンな会話であったが、帰って徹の心は決まった。
「ああ、分かった。お前らに協力するよ。その代り、あいつらを地上に送り届けてくれ」
徹が結論を出した後、話はあっという間に決まっていった。
カシアたちを送り届けるために、徹も一緒に地上に戻る。
そのあと、別れの挨拶をしてから再び地下に戻ってくるという流れになった。
徹は、クライツェルたちが約束を守るかどうか疑うと思ったのだが、地上にはここ以外に、人類の生存圏はないということと、カーマインの街には、クライツェルの監視の目が光っているために、逃げるのは無理だと思っているらしい。
「監視しているというのは、監視カメラか何かなのですか?そのようなものは見当たらなかったのですが…」
「いや、そんなものはないよ。ただ、亜人の中に洗脳を施して、地上のことを逐一連絡してくれるようにしているだけさ。まあ、彼ら自身も、僕たちと連絡しているという事はわかっていないけどね」
クライツェルは、自慢のおもちゃを披露するように、いたずらっぽい笑みを浮かべてウインクをしてくる。
「ただ、『地上の出来事をとある機械を通して報告しなければならない』と『命令には忠実に働かなければならない』という強い強迫観念を持っているだけさ。最良の支配というのは、本人は支配されていることをきづかせないことにあるからね。そうそう、例えば君のあったことがある亜人の中では『ゲオルグ』と呼ばれている個体なんかがそうだね。まあ、地上に行った帰りのことやその他の細かいことは、その亜人にまかせるとしよう」
徹は、自慢げに話すクライツェルを見ながら、もし下位人格に思考を任せていなかったら、衝動的に殺していたのかもしれないと考えながら、淡々とカシアたちを地上に戻す作業を行っていた。
徹は、眠りにつくカシアたちをエレベータに乗せ迷宮の1Fまで戻ってきた。
その頃には、エッカルトやフィーネたちが目を覚ましだす。
若いだけあって、新陳代謝が優秀なのだろう。
逆に脂肪が多いコンラドはなかなか起きる気配がない。
「おっす、おはよう」
目を覚ました二人に向かって、おどけた感じに挨拶をする。
それでも、二人はまだ、ボーットした顔をしており、未だ薬が抜けきらない様相であった。
「あ…えっと、ここは?」
「ん?迷宮の1Fだぞ。しかし、よく寝ていたな。気分はどうだ?」
「え…?寝てた…?あ!チェイサーは!?どうなった?」
「ん?ああ、お前らはぼろ負けだよ。チェイサーっていうかディーナシーにだけどなあ」
混乱するエッカルトに、徹はディーナシーがチェイサーとの戦闘中にガス状の睡眠薬を充満させることによってエッカルト達をとらえたことを説明してやった。
「まあ、注意を一点に向けて、死角から別の攻撃を入れるのは基本中の基本だからな。これからうまく行っている時こそ、別のところに注意を向けるんだぞ」
不意打ちで、負けたことに対して悔しがるエッカルトにそう慰めつつ、ほかのメンバーが起きるのを待った。
結局、たわいない話をしていると1時間ぐらいたって、カシアやコンラドの目が覚める。
全員の意識レベルが、はっきりしたことを確認すると、ようやく全員そろって迷宮の出口に向かうのであった。
出口に向かう間に、徹は今回ディーナシーとの話をかいつまんで話した。
初めは、話の荒唐無稽さに驚く面々であったが、最後にカシアたちの命と取引に徹が地下に再び赴く話になると、全員の表情に暗い影が差した。
「ごめんなさい。私たちのせいで…」
「別に、カシアたちが悪いことなんてないさ。みんな頑張っている。今回の件は、ディーナシーを甘く見た俺の責任だ。それより、誰もかけることなく戻ってこられたことの方が大事だよ。生きてりゃまだチャンスはあるさ」
その会話を最後に迷宮に出るまで、全員が何も話さず、重い空気の中で淡々と歩いていた。
―シャリバンクラン
「か…カーマさん!無事だったのか!」
余りのことに、声を失っているカシアの代わりに、エッカルトが突っ込みを入れた。
「おうよ!油断すると洗脳されそうだったから、出てくる飲食物に一切手を出さない。彼らの施設で睡眠をとらない生活を10年間やってきたぜい!」
「え゛…普通死にますよ。それ」
「俺には秘密基地があるから、超余裕!いや…もう、なんていうか予想以上にしんどかったのは事実だわ」
軽い感じでしゃべる徹だったが、エッカルトの目からすると、以前にはなかった顔に深く刻まれたしわと白髪が徹のこの10年がいかに大変だったかを物語っていた。
「おかえり、トオル」
カシアはそれだけ言うと、感極まったのかその大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼれ落とす。
「ただいま。カシアも元気そうだな。ここのクランマスターやっているって聞いたぞ。いいところだなここは」
「え…あ、うん。ありがと。でも、今日ちょうど引退して後をエッカルトに譲るところなんだけどね」
涙を拭きながら答えるカシアを徹は自然と撫でていた。
そのせいか、カシアの目からまた大粒の涙が流れてくる。
「おかえりなさい、カーマさん。これからは、地上で生活できるのですか?」
「一応そのつもりだけどね。あ、そうそうこれお土産。クランマスターがエッカルトに替わったのなら、エッカルトに渡した方がいいかな?」
そういって徹が手渡したのは、30cmほどの立方体だった。
「これは…?」
「ふふん。それはだな、俺の10年の努力の結晶である対ディーナシー用の秘密兵器だ!」
「こ…これが?ディーナシー用の兵器?」
エッカルトにはそれがただのキューブにしか見えず、とても殺傷能力を持っているものには見えなかった。
「これを発動させれば、ディーナシーは全滅するのですか?」
「え゛?何その発想、怖い」
「だって、ディーナシー用の兵器だって…」
「そうだよ。今、お前達、地上人がディーナシーと戦っても勝ち目が全くないだろ?それはなんでだ?」
「えっと…」
いきなり、質問されてエッカルトは答えに詰まる。
「私たちの戦闘の基礎をつかさどるレベルアップシステムをディーナシーに抑えられているからね」
「そうだ。さすがにカシアはわかっているな。レベルアップシステムによる身体強化がなくなって全く戦えないというわけじゃないだろうが、きついのは確かだ。たとえ、奇跡的にディーナシーに勝ててもそのあとに鵺との戦闘で負けるのは目に見えている。そこでこれだ。ディーナシーが、レベルアップシステムの中枢をダウンさせて無効化したときに、緊急にレベルアップシステムの中枢の代わりをする機械だ」
「ということは…これさえあればディーナシーを恐れなくて済む?」
「とはいっても、それはだいぶコンパクトに作ってあるからな。持って4日だろう。短期決戦を挑まないと負けるぜ。その代り、ヴァニルクランのクランマスターのリンにも同じものを渡してあるから、どっちも健在ならもって8日だ。本気で挑むなら戦力をためて一気に叩くしかないぞ」
「それでも、戦って勝てる可能性が…カーマさんありがとう」
礼を言うエッカルトの目には、獰猛な獣の光ではなく、冷静に勝算を計算する戦士の光がうつっていた。
徹のいない10年は、若いエッカルトの心を大きく成長させているようだった。
「そうだ、徹は宿はまたヴァニルクランでとるの?よかったら、こっちに移らない?私もフィーネもいるし、後進の指導を手伝ってもらえると助かるの」
物騒な話はおしまいとカシアが、話題を切り替えてくる。
徹は、特に考えてなかったので、渡りに船と快諾をする。
「まあ、それならちと着替えてからくるわ、帰ってくる途中にちょっと小玉鼠にひっかけられてね。でろでろなんだ」
徹のコートの端には、確かに内臓と血のシミがのこっている。
「ん、わかったわ。その間に、宿の準備もしておくね」
徹を見送ったあとにカシアとフィーネは、今夜はごちそうにしないとねと話し合いながら食堂に消えていき、エッカルトは徹のお土産をクランの金庫にしまいに行くのだった。
(やっぱり10年もたつとみんな変わってくるな。そりゃ俺も歳をとるはずだよな)
秘密基地に戻って、汚れたコートの手入れをし終わった徹は、汗や汚れを落とすために風呂に入ったところだった。
鏡越しに移る自分の顔には、しわと白髪が見受けられる。
地上での生活とは違い、地下での生活は常に身の危険を感じ気の休まる暇もなかった。
クライツェルたちも表面上は友好的ではあったが、常に徹の隙をうかがっており、まるで狸と狐の化かしあいだった。
というのも、徹は魔術について実際に使えるように教えたが、よくある間違った理論を教えており、今後彼らの間における魔術の発展は難航すると考えられる。
(それでも、あいつらには技術力がある。現状では、エッカルト達が戦うのは無理があるだろうな…このまま、あいつらが成長して、地上の亜人たちがもっと数も多く戦力を増やせれば…それまでにだいたい100年くらいかねえ。はっ俺も生きてられるのかねえ?)
風呂からあがり、着替えると喉の渇きを感じて、今に向かう。
やっと、そこでこの秘密基地の中で感じたことのない、他人の気配というものに気づいた。
(なんだ?これは…だれだ?)
徹は、警戒心を改め、息を殺し、居間に近づいていく。
居間の入り口について、壁を背に今の中を覗き込む。
確かに、気配は居間にいる。
その気配は、全くその存在を隠そうともしていない。
盗賊というより、居直り強盗か…それでも、ここに入れる存在ならかなりの実力の持ち主とみていい。
だが、徹が居間の中を見るよりも早く、声をかけられた。
「全く。全然だめだな」
その声には、聞き覚えがあった。
忘れることもできない。
10年前、徹を誘拐した張本人であるヴォルフである。
「あ…あんた、なぜここに?」
「ここはもともと、神崎司のものだ。私や神崎司の親しい存在は自由に出入りができるのだよ」
ヴォルフは何をいまさらといった感じで言う言葉に、なぜか力んでいる自分が馬鹿らしくなり、ヴォルフを無視して冷蔵庫に飲み物をとりに行った。
牛乳をコップに注いで一気飲みする。
それからもう一杯つぎ足して、ヴォルフの前に座った。
「それで、そのヴォルフ様が何の用だって聞いているんだ?むしろ何が目的で、俺をこの世界に連れてきたんだ?」
「それは最初にも言ったように、魔法使いになることだ」
「神崎さんみたいな…か?無理だぞ」
「無理かそうじゃないかは、君が今決めることではない。生きていれば、1500年くらいすれば一応魔法使いにはなれるだろう。死ねば無理だったというだけだ。とはいえ、今回はよくやった。ギリギリ及第点といったところだがな」
「それはありがとうございました。だけど、まだ終わっちゃいないぞ。あいつらはまだ戦っている最中だ。むしろ、今は力をためる時で、本当の闘いはこれからだ」
「駄目だ」
ヴォルフは短く、そして有無言わさない迫力を持っていう。
その圧力に、押されて徹は言葉を失う。
「君のおかげで、亜人たちは生存競争を勝ち残るための可能性を手に入れた。これ以上の介入は禁じる」
「なにを!なんで、あんたの指図を受けなければならない!」
「それは完全にこちらの都合だ。私の関与によって、種族の存亡がきまるなど、私の立場では問題でね」
「それは、あんたの事だろ!俺には関係ない」
「君がどのように思っていようが関係ない。私の息がかかっている人間というのが問題でね。現状で、君がある種を滅ぼすというのなら私はそれを止める義務が発生するのだよ」
「全然わかんねーよ!」
「いつか分かればよい。君を元の世界に戻すわけにはいかない。というわけで次の異世界に行ってもらおう。それが嫌ならば、自力で世界を渡れるようになるのだな」
ヴォルフがそこまで言うと、徹は不思議な浮遊感に包まれた。
本能的に、『ああ、また異世界に飛ばされているのか』と悟る。
遠くからヴォルフが『世界渡りが使えるようになるのは当分先だろうがな』といってるのが聞こえて、徹はあらん限りの罵声を以て口汚くヴォルフをののしるが、それも全く無意味に終わっていた。
―シャバリンクラン
静まり返ったクランの酒場にコツコツと時計の音だけが響いていた。
時計の針は、もう深夜を刺している。
並べられた豪華な食事には誰の手を付けられないまま冷め切っている。
「戻ってこないね…トオル」
誰となしにつぶやいたセリフだけが、クランにこだましていた。
―????
「げふっ」
徹は、地面に投げ出されるショックで意識を取り戻した。
「糞が!またこのパターンかよ!」
うっそうと茂る草に左手には森が、右手には小高い丘が見える。
居間の時間は夜の様で、空には満天の星空が広がっている。
「はあ…わかったよ!世界渡りを覚えて、いつか戻ってやんよ!」
徹の独り言は、虚しく空に吸い込まれ、帰ってくるのは虫の鳴き声だけだった。
脱力した徹は、手足を投げ出し草の上に寝転がる。
草の上で寝転がるのは想像以上に気持ち良く、すさんだ心が少しずつ落ち着いてくる。
そのまま、寝いってしまいそうになった時に徹の頭の上から、変な声が聞こえてきた。
「はーッはッはッは!やっと見つけたぞ。我が生涯の最大の敵にして好敵手よ!さあ、いざ尋常に勝負!」




