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キレる中年

別に悪い意味ではないですよ?

契約書。

それは、徹が野良パーティーでのトラブルを未然に防ぐために取った手だった。

最初から、報酬、怪我の際の対応、迷宮内で使用したアイテムの必要経費など事細かく明文化したものだった。

4人とも渡された契約書を読むことに四苦八苦している。

エッカルト君はややノックアウト気味だ。


「ふふ。わかったわ。この下のところにサインすればいいんだな?」


最初に顔を上げたのがカシアだった。


「そうそう、俺のサインがあると思うから、その下によろしく。それと、もう一枚同じことが書いてある紙だけど、こっちにも」

「すごい念の入れようね」

「そりゃそうさ。俺たちは、ゲオルグ(ハゲ)の仲介があったが、実際に会うのが今日初めてだ。そんな関係で信頼なんてできないだろう?だけど信頼なしに、命なんて預けられない。それで出てくるのが契約書(これ)さ。だから、不備なんてあったら目も当てられない。念には念を入れないとな」

「いいわ。そっちも貸して、サインするから」

「おでも、これにサインするど。2枚にサインすればいいのけ?」

「いや、できれば、契約書に同意した人数分サインを頼む」

「わがったー」

「あの…私も…これにサインします…」

「おう、さんきゅ」


次々に了承の声が上がるが、一人だけうんともすんとも言わない。

見てみると、いまだに紙を持ち上げてうんうん言っている。


「え、エッカルト君…それ読めるか?大丈夫か?」

「よ…読めるには読めるけど、半分くらい意味が分かんない」


完全にしょげていた。

これでみんな読むことに苦戦していたのならば、よかっただろうが、読めないのはエッカルトだけだった。


(やばい、ここまで残念なイケメンっぷりを発揮すると逆にかわいい)


「ああ、それじゃ。わからないところ言ってくれ。説明するから」


徹が、そういったときに服の裾を引っ張るものがあった。フィーネである。


「大丈夫です…エル君…この契約書には…私たちが不利になることは書いてない…サインした方がいい…」

「お?そうか?わかった。サインするから紙くれ」

「お、おう。それでいいのか?」

「ん?なにが?」

「いや、なんでもない…」


徹が、フィーネに、すごい信頼度だなと耳打ちするが、フィーネは顔を赤くして下を向くだけだった。







その後、エッカルトのおかげで中断された自己紹介を終わらし、今後の予定を決めた。

迷宮に入るにはめいめいに準備がいるために、次の迷宮訪問は2日後となった。

特に予定はなかったので、それぞれ自分の準備に散っていく。

その中、帰ろうとしていたコンラドを呼びとめた。

少し話がしたいと告げ、ヴァニルクランの酒場に来てくれと頼んだら快諾してくれた。


「なあ、ありがとな。さっきは本当に助かった」

「なんのごど()だー?」

「いや、最初から俺のパーティーでいいって言ってくれたことだ。あれが無かったら、こんなにうまく話が進んでいたとは思えない」

「別にふづう(普通)ごど()だ。それに最初に言ったど。おで()よりづよい(強い)からついでくって」

「ん?今日あったばっかりだよな。なんで、俺の方が強いと思うんだ?」

「なにいっでんだ。チェイサーをがれる(狩れる)ばーでぃー(パーティ)のメンバーがおで()より弱いわけがないじゃないが」

「あーなる。その話って結構広まっている?」

だいでい(大抵)ぐらん(くらん)員ならじっている(知っている)さ。カシアもだぶん(多分)じっている(知っている)な。えっがるど(エッカルト)たちはじらねっ(知らねっ)かもしんね」

「んじゃあ、カミラはそれを知っていて、あの態度だったのか。それにしては、契約書の段階で、あっさりとサインしてくれたけどなんでだ?」


その言葉にコンラドは、変なものを見た目で徹を見つめる。


「おめえわがっでないだが(分かってないのか)?ぞれはおで()ぐち()がらはいえ゛ねっな」

「そういわずに頼むよー」


結局、コンラドは、徹がどんなになだめすかしても、そのことを語ることはなかった。






「おう、カシアちゃん。珍しく、ご機嫌だねえ」


私が、ギルドから出て、明後日の迷宮訪問のために、消耗品を補充していると、店主に話かけられた。


「えっ?そうですか?あ、ポーション類を1セットください」

「はいよ!これでいいかい。それにしても、カシアちゃんもだいぶ綺麗になったねえ。目元がやさしくなったよ」


ありがとうと礼を言って、店を後にする。

その後も、買い物途中でやたらと声をかけられた。


(今まではこんなことなかったのに、急にどうしたんだろう?)


私はどれだけ首をひねっても、なぜかわからなった。






「エル君…だめだよ…カシアさんにあんなこといっちゃ…カーマさんがいたからいいものを…」

「えー?なにが?謝ったらちゃんと許してくれたじゃん」


その言葉に、私は思わずため息をついてしまった。

でも、私は口下手だからエル君にこのことをちゃんと伝えられないだろう。

カシアさんがそのことでこれまでどんな気持ちになっていたのか。

どれだけ大変な目にあってきたのか。

それでも、ぬぐえない違和感を覚えて真っ直ぐにそれを主張してきた意味を。

そんな、苦労に苦労を重ねた10年間がカーマさんによって報われた。

今までの頑張りが、カーマさんによって評価されたのだ。

だからこそ、エル君の中傷など歯牙にもかけられなかったのだ。

カシアさんは、これからずっとカーマさんのパーティーでがんばるだろう。

私も、あれだけ頭がキレて、あんな誠実な契約をする人なら信じてもいいんじゃないかなあ…

だけど、エル君をからかうのはもうちょっと遠慮してほしい。


「ねえ…エル君。私…カーマさんのパーティーで…がんばる…」

「えっ!?」

「だから…エル君もがんばろ…」

「う、う~ん」







徹はなぜか、カウンターで、男3人で呑んでいる。

普通に、コンラドと一緒に食事をするだけの予定だったのが、迷宮帰りのご機嫌のゾネが、おごってくれるということで一緒に飲むことになった。

その時のコンラドなど、憧れの人(ゾネ)に初めて近く出会えたことで、がちがちに緊張していた。


「そいつが、新しいカーマのとこのパーティーメンバーか?いいガタイしているな」

「そうそう、こいつがうちの火力担当のコンラドっていうんだ。いいやつだよ」

「あ、コンラドって、い、い、いいまず。か、カーマざんにば、お、お、おぜわ(世話)にな、なってまず」


コンラドは、極度の緊張でどもっている。


「いやいや、今日世話になったのは俺の方だから、コンラドがパーティー参加を無条件で賛成してくれなかったらどうなっていたことか」

おで()は、づよ()ひど()にづいでぐだげだよ」

「チェイサーに一人で立ち向かっていくようなアホは、こいつだけだよな」

「え゛!?ひどりで!?」

「そうそう、何でも一対一(タイマン)はったらしいぜ。それで勝ったとか」

「いやいや、勝ってないし。あれは引き分けだわ」

「というより、前々から気になっていたんだけど、カーマってレベル26だっけ?それくらいだよな?」

「今日27になりましたー」

「おお、おめっとさん。それでもだ、普通チェイサーとやりあえるはずがない。俺だっていまレベル89あるが、チェイサーとなんて一騎打ちは無理だ。特にいいスキルを持っているわけじゃないしな。なんでだ?」

「えーそれ聞いちゃうの?」

「お、おで()()ぎたいだ」

「うーん。長くなるうえに仮説でしかないけどいい?」

「おう、いいぞ」

「むーん。結論から言えば、俺の学んでいる魔術が、肉体の強化を目的としているわけじゃなくて、魂の強化を主目的にしているからってことなんだけど…」






徹の言う魂とは、一般的な、霊魂、魂、三魂七魄といわれるものに当たる。

そもそも、魂とは肉体に宿るものではない。

魂は魂だけで、すでに完成されたものである。

魂は、核、真核、魂核、神核と呼称はまちまちだが、核となるものを持ち、その周りを魔力で覆われたものである。

この魔力が、高濃縮、高品質、大容量となった魂が一定の姿を形作り、神や使徒、魔神、と呼ばれるものになる。

とはいえ、魂の生まれたては、低濃縮、低品質、少量、無形の魔力をまとうのである。

全くの無防備。

そのために、魂に殻を付けて少しでも強くしようと考え付いた。

それが生物である。

この試みは一見成功に見えた。

しかし、様々な副作用があり、完全に成功とはいえない。

主な副作用で言えば、魂の形が、(肉体)に依存する。

それは魂のとりうる形であり、魔力の濃縮率や品質、量、そして魂の性能。

結局、殻を持った魂は、神の域まで到達することができなくなったといっていい。

こうして、『生物』と『神』はもとを同じくして、その性質を大きく分けることになった。





「ここまでが、魂のせつめー。ここまでいいっすかー?」

「嘘くせえけど、いいぞ。それで?」

「ちょっと、全然信じてないじゃないっすかーもうやだー」

「んなこと言ったって、いきなり神をか信じられねーぞ」

「まあ、ここで出てくる神々は便宜上そう呼んでいるだけだしね。高次元存在とでもなんとでも呼べばいいよー。ただ、ものすごく強い力を持って、自分のことを神と名乗っているだけ!世界を作った創造主(?)みたいなものとはまた別らしいけどね」

「えっ自称神…?何だ?そのものすごく痛い感じは…」

「あーうん。まあ、あれだよ。たとえば、料理が他を寄せ付けないほどうまい人がいて、それを料理の神様って呼ぶようなのと同じノリだと思うよ」

「あー、そんな感じか。あ、そいで、なんで、カーマが強いんだ?」

「それは、俺の学んでいる魔術に関係あるんだけど…








神崎 司は魔術を使う土台として、肉体を選ばなかった。

正確に言えば、選べなかった。

それは、徹と同じスキル『持たざるもの』を持つために、どんなに努力しても魔術をろくに扱えなかったのだ。

もともと、神の御業の模倣である魔術を魂の殻(肉体)が使えるようにはできていない。

使うためには、それなりの才能を必要とするのだ。魔術を使うために特化した(肉体)が。

そのために、神崎さんは魂を基礎として魔術を構成していった。

そして、神域に至る。





「まてまてまてーい!最後、端折(はしょ)りすぎだろ!説明飽きたのか!飽きたんだな!」

「だってさー。詳しく説明するのめんどい…あと神崎さんの話は長くなるからまた暇なときにでもね。まあ、うちの魔術が、魂を強化して強くなっていくものだーってわかればいいのじゃよ。ふぉっふぉっふぉっふぉ」

「ぞだけど、レベルとづよ()ざがあっでねーのは、わがんねーよ」

「それは、俺が魂を鍛えて強くしているのに対して、多分だけど、この玉は肉体の強化なんじゃないかなってね」


徹は、コンコンと左手の甲についている青い石をたたいた。


「この玉が、肉体の―魂の殻を強化したり、計測したりしている限り、魂を鍛えている俺の強さは計れないんじゃないかなってこと」

「そうなのか?」

「さあ?だから仮説だっていってんじゃん。かといって検証もできないから、結局は、よーわからん」

「ここまでしゃべっといて、それかよ。まあいいや。のめのめ。ほら、コンラドお前もさっきから飲んでないだろう」




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