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お酒は七分目まで

半分に減ったらまた七分目まで継ぎ足そう!

完全に宴会となった酒場では、メインイベントと称してアルメドシリーズのオークションが開催された。

これは、めったに産出されないアルメドシリーズをどこぞの馬の骨ではなく、クラン員に使ってもらいたいというおやっさんの意志を受けてのことだった。

徹もこの発案に事後承諾気味であったが、手放しで賛成した。もともと徹はお金に対する執着が低い。多少安く買いたたかれても気にはならなかった。

徹たちカウンター組は、ただで飲み食いしながら、その白熱する競りの行方を見守っていた。


「なんかすごいな…」

「当たり前だろ。バスタードソードのアルメドシリーズ(超音波振動ブレード )なんて出てきたのは初だ。確認はされたが、あんな物騒なものを持つチェイサーとやりあうバカなんてそうそういねーわ」

「馬鹿で悪かったなー」

「おっと馬鹿がうつるんでやめてもらってもいいですかねー」

「おいい、いくつだよおっさん」

「ごしゃーい」

「三十がぬけてっぞ」


徹もゲオルグさんもおとなしくミルクを飲んでいるわけじゃない。

カウンターに置かれているアルコールのボトルを開けてさっさとミルクと混ぜている。

半分まで飲むとまた入れて混ぜるという作業を行い。

ミルクの入った瓶のはずが、なぜか今や底まで透けて見えている。

つまり既に出来上がっている(・・・・・・・・)のだ。


「はあ…」


隣でそれを見ていたリンが嘆息する。

どうにも、一昨日のチェイサーに立ち向かっていた徹と今の酔っ払いとの姿が被らない。

いや、リンは、一昨日(チェイサー戦)の徹の後ろ姿に幻想(あこがれ)を見たのだ。まるで神話のような戦い。3mは超すであろう巨人(チェイサー)に立ち向かう英雄。

その戦いぶりは、己が理想。魔術を巧みに操り、武を以て敵を圧倒する。勝利のためならば腕一本など顧みるに値しない。

徹にかかれれば、『俺は英雄(えいゆう)じゃなくて英雄(ひでお)だから~』とちゃらけられるであろう。

だからこそ、リンには気に入らない。強烈なまでにリンの脳裏に英雄という存在を焼き付けた人物が目の前で馬鹿丸出しをやっている。

幻滅だった。怒りさえ覚える。それが、どれだけ身勝手なものかもわからずに。


「金貨162枚!」


リンはその入札の声に、意識が現実に引き戻された。

予想以上にいい値段がついている。

ギルドではこれを150枚で買い取るといったが、これを商家に卸す時に2割ほど、商家が経費や儲けを入れて約2割増額することを考えれば200枚以下で手に入れば安い方だろう。

ここは、上位クランのヴァニルクラン。経済力のある訪問者(ヴィジター)が集まっている。

もしかしたらまだ値上がりする気配まである。





「金貨40枚ねえ…当分ただで飲み食いできそうだな」

「なにを言っておる。こいつらのことじゃ、40枚程度3日で食いつぶすわ。」

「おやっさーん。そこは調節してくれよ~」

「むりじゃな」


徹の叫びとおやっさんのにべもない反論は競売の喧噪に消えて行った。

結局、アルメドシリーズは金貨182枚の大金で競り落とされるのであった。

酒場に落とされた金は金貨45.5枚という、日本円にして約460万ほどであるが、ヴァニルクランの精鋭を以てして2日で喰いつぶしたという偉業を達成した。





「いやー、いいもの売ってくれてありがとう」


ニコニコ顔で現れたのは、マードックという一人の剣士だった。

最後まで競り合っていたのは、ゾネ。今も悔しそうにアルメドシリーズ(超音波振動ブレード )を眺めている。


「こちらこそ、お買い上げありがとうございますなんだけど。こんな大金あるの?」

「大丈夫だ!俺には財布が居る!?」


ほらあそこにと指差す先には、うなだれて机に突っ伏す男がいた。


「Oh…かわいそうに…」


財布扱いされたパーティメンバーに同情を禁じ得なかったが、騒ぎになっていない以上本人たちの問題だろう。


「いいんだってば、あいつは金をためるばっかで使わないからな。俺がわざわざ使ってやるってもんだあ」

「それ、強盗とかわんねーから。ちゃんと返してあげて!」


笑うばかりで取り合わないマードックはカウンターに金貨の袋を4袋だして、アルメドシリーズ(超音波振動ブレード )を受け取る。

金貨を手早く計算したおやっさんは4等分して、酒場、クラン、リン、徹とさっさと渡していく。

おやっさんの反応を見るに、いつもの事なのだろう。淡々としている。

リンも現金なもので、もらった金貨袋を眺めて、新しい装備でも買う算段を付けている。

徹はもらった金貨袋から金貨2枚を抜き出して、おやっさんに10日分追加で宿代を払っておいた。






それから、酒場でのお祭り騒ぎはしばらく続いていたのだが、ゲオルグさんが呑んでいるところをギルド員に見つかって引きずられていったのを機に徹も自分の部屋に戻った。

宿の扉を閉めたところで、徹は突然体の自由が利かなくなった。

体中がオコリのように震えている。


(怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。)


チェイサー戦の最中に本来ならば、徹が感じていたであろう恐怖が一気に降りかかってきている。

濃縮された恐怖は、比較できないほど強くなっている。

徹が、チェイサー戦で行った精神操作の技は言うほど便利なものではない。

確かに、戦闘中に感情がなくなる技術ではある。しかし、それは恐怖や痛みといった感情を先送りにしているに過ぎない。しわ寄せは必ず後で来るのだった。

完全に別人格にそれを肩代わりさせようとすれば、下位人格では不可能であった。

それが可能であるのは上位人格になる。しかし、上位人格は元の人格の制御から外れることもあり、リスクの観点から採用されなかった。

このデメリットのため、徹もむやみやたらと使う気は起らなかった。

しかし、使った以上この状況は避けられず、一人歯を食いしばって、耐えるしかない。

そんな状態の中、徹はすがるようにグリモワールに目を通した。

恐怖を少しでもごまかせるために。

新しい魔術の習得、戦闘におけるセオリーの研究、効率のいい魔力運用などなど。

平時ではありえないほどの集中力を発揮して、読み進めていく。それは、追いつめられた人間が必死に生きようともがいているようでもあった。





そんな追いつめられた鼠のような状態を脱したは3日後の事であった。

朝起きて徹が、酒場に降りてみれば、カウンターには誰も座っていない。

おやっさんに聞いてみれば、リンは前々から決まっていたパーティに入り、迷宮に潜っているらしい。

この数日で、リンの独善的な危うさは影をひそめ、雰囲気も以前より穏やかになった。

より将来に期待が持てるようになったとゾネがぼやいていたという。

このまま、そのパーティでうまくやっていくだろう。それは、二度とカウンター(ぼっち)席に戻らないことを意味していた。


「カーマ。さびしいか?」


ニヤニヤ顔のおやっさんが、徹に朝食を出しながら聞いてくる。


「さびしいよおおお、やっさあああん」


カウンターで奇声を上げながら転げまわる徹を見て、おやっさんは苦笑気味だ。

そんな徹のために、おやっさんはカウンターから1枚の手紙を取り出して、徹の顔面に張り付けた。


「カーマ、これを持ってゲオルグのところへ行って来い」

「なにこれ?」


今までのた打ち回っていたのが嘘のように、起き上がり紙に目を通す。


「迷宮の中で言ったじゃろう。課題だ。どうせ、うちのクランじゃ満足にパーティプレイもできないからな。野良で、メンツをまとめて迷宮潜って来い。お前さんがリーダーをやれ。言っていることはわかるな?」

「おやっさああああん。俺のためにいいいい」


病み上がり(?)であるために若干情緒不安定な徹は必要以上に感動してしまった。


「どうだ?ほら?惚れたか?」

「いや、それだけはないわ」


徹もまるで手のひらを返したかのような、変わり身で否定する。本能が身の危険を感じたのだ。


「つれないなー、もう」


いきなりオネエ言葉になるおやっさんに若干引いてしまう。


「そんな事どうでもいいけど、パーティメンバーってこれどうするの?俺集めるの?」

「そんな伝手はないだろう。ゲオルグに一任してある。行って聞いてこい」

「おっす。了解であります」


元気良く返事した徹は、朝食をかっ込んで出口へと駆けていく。

その後ろ姿を、孫を見るかのように見ていたおやっさんは『がんばれよ』と声をかけたが、その声が届いたかは定かではない。






「カミラちゃん。ハゲいるー?」

「ハゲ…?えっと…あっ、ギルド長の事ですね。まったく、ギルド長をハゲだなんていうのはカーマさんくらいですよ」

「んーでも、ハゲで分かっちゃったカミラちゃんも同罪だよね(キリっ」

「そ、そんなことないですよ?私はギルド長の事、そんけーしてますから!」

「なぜに疑問形?しかしカミラちゃんもひどいね。ゲオルグの事、尊敬しています(笑)とかいいながら、裏であいつ剥げているよねーとか言っているんでしょー」

「え?え?え?えー!そ、そんなことないのよ?」

「ほんとかなー?ちらっとでもあの頭を見て『うを!まぶし』とか『つるるるるん』とか思っているんで…へぶっ」


徹は突然後頭部に衝撃を受けた。


「うちの従業員をいじめているんじゃねーよ。仕事の邪魔だ」


振り向くとそこには、青白い顔をして、眼の下に大きなクマを作ったゲオルグさんがいた。

ゲオルグさんの顔は精彩を欠いていた。いつもの脂ぎったテラテラ感もなく、頬もこけている。


「どうしたのさ?風邪か?今にも死にそうなツラしているぞ?あと臭う」

「うるせえ。あれから家に帰ってないんだよ」

「あれからって、あの競売の時から?」

「そうだ。ちょっとばかし仕事がたまっててな」

「3徹か…がんばるな。サスガダナー」

「だろう?その合間を縫って、おまえのPTメンバーも選んどいてやったんだ。感謝しろよ!」

「さっすが、ギルド長!よっ男前(おっとこまえ)!今度酒でもおごるさ。それで、どんなメンバー?」

「んむ。これだ。札付きの悪だが、頑張れ!」


そういわれて、ゲオルグから渡された書類に目を通す。


一人目。

ペテロ・グリアーネ

32歳 独身 剣士 レベル32


書類に張られている写真では、片目のつぶれた(いか)つい男がうつっていた。盛り上がった筋肉にもところどころ傷がついており、よく言えば歴戦の勇者然としていた。


二人目。

コリント・ペルーシス

45歳 独身 闘士 レベル40


先ほどの写真と大して変わらないと男がうつっていた。


三人目

マタイ・デルニア

36歳 独身 狩人 レベル28


四人目

ヤコブ・ゴルデル


五人目

トマス・フラーグ



紙をめくるごとに、徹の表情は険しく。目を通すスピードは上がって行った。

おっさん、おっさん、おっさん。ゲオルグさんの選んだパーティメンバーはおっさんしかいなかった。

しかも、どいつもこいつも、一癖二癖のあるような極悪人面。

最初に英雄然としただと、言っていた頃が懐かしい。


「おい、ハゲ。このメンツはどういうことだよ…」

「いやー、なかなかスパイスの効いたメンツだろう?がんばって選んだんだぞ!」


明日も投稿できるか謎です…

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