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すがすがしい目覚め

びっくりするくらい内容がない・・・

徹が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

左手は添え木で固定されており、動かせば激痛が走る。

愛用のトレンチコートは、ベッドわきの机の上にきれいに畳まれておいてあった。その机に刀も立てかけてある。


「あ、起きた?」


声の方に振り向くとそこにいたのはおっさんではなく、美少女だった。


「ん…リンか。ここは、迷宮じゃないな」

「そう、ヴァニルクランの宿よ」


寝起きでボーっとしていた頭がだんだんと稼動してくる。


「気絶していたのか?どれくらい?」

「あれから丸々一日ね。今ちょうどお昼よ」

「そっか…みんなは?」

「みんな無事よ。何かほしいものはない?果物持ってこようか?」

「んー…眠い」

「そう、それならまた眠るといいわ。おやすみなさい」


リンは、そういうと手持ちぶたさだった徹の右手をやさしく握ってくれた。


「リン…」

「なあに?」

「そんなにやさしくされたら惚れちゃうからやめて」


顔を真っ赤にさせて、何か言おうとするリンを尻目に、徹は再び意識を手放した。








徹は再び目を覚ました。

ぼやけた視界には、誰かが覗き込んでいるのがわかる。

リンがまだいてくれたのかと少しうれしくなって、その人影に微笑みかける。

その人影も笑っているのがわかる。

ぼやける思考と視界をきつく目をつぶり背伸びをすることによってはらう。

しっかり寝たようで、気分も爽快だった。

改めて礼を言おうとその人影の方を向くと、そこにあるのは中年の後半戦に入ったおっさんのにこやかな笑みであった。









「イヤァァァアアアアアアアアアアアア」


徹の声が、クラン中に響き渡った。

その声に反応して、人々が徹の部屋に集まってくるが最初に顔を出したのがこの人だった。


「おう、カーマ。散らしたか?」


そこには、ゾネの軽口にさえ反応できないほど泣き崩れた徹の姿があった。その隣には、少し傷ついた感じのおやっさんが立っている。


「マスター、カーマがどうしたんですか?」


ひょこっとリンも顔を出した。


「あー、リン。悪いんだがちょっとアネット君(おやっさんの彼氏)を呼んできてくれないか?」


『わかりました』といって、走っていくリンを見送って、ゾネは部屋の中に足を踏み入れた。

泣き崩れている徹のそばによりやさしく声をかけた。


「カーマ?生きているか?なにされた?まさか…」

「ちがうわ!」


(こいつ意外と大丈夫そうだな)


「まあ、それはよかった。それで何があった?」


そう問いかけるゾネに対して徹は泣き崩れるだけだった。







こうして、徹が迷宮から帰還して2日目、今日という日は、宿で徹がゾネとリンに慰められ、厨房ではおやっさんがアネット君に慰められるという状況で始まった。

しかしそれも、徹が身支度を整え、残っていたポーションで左腕の骨折を直し、1階の酒場に降りるころには、酒場は再び日常を取り戻していた。

さすがに、今日は迷宮に行く気がしなかったので、紺色のスラックスに鼠色のパーカーという割とラフな格好だ。

酒場に降りた徹は、挨拶をしながらリンの座る隣のカウンターにつく。まだ、その席に座るのは3度目だがすでに馴染みとなっていた。


「あー、おやっさん。なんだ、その…いきなり取り乱して悪かった…すまない」

「あ、いや、いいってことよ。寝起きにこんなおっさんの顔ですまなかったのお」


(やっやべええええええ。おやっさんさっきのこと超気にしているよ!どうしよう!?どうしよ!)


「いや、そんなことはないって。ただ寝起きで、心の準備ができてなかったって言うか…きもい顔に驚いったっていうか…」


徹のしどろもどろの弁解がなおさらおやっさんのピュアなハートを傷つけていた。その隣で、成り行きを見守っていたリンの口からはため息しか漏れない。







「それにしても、カーマ。また、珍妙な格好しておるな」


朝食も終わり一息ついたころに、おやっさんが徹のところに戻ってきた。

徹は優雅な食後の紅茶をいただいている。


「ああ、これ?今日は、迷宮行かないから普段着だよ。俺の故郷での一般的なかっこ」


もちろん、徹のものではなく、秘密基地(セーフハウス)にあった神崎さんのものである。ただ、どれもこれもポリエステルとかの安物ではなく、ウールやシルクでできており、よくよく見るとVとかLとかの合わさったマークがついている服とかCと逆Cが合わさったマークの香水とかも見つけちゃったりもする。


(これって確か、一着20万とかするのだよね…お、おそろしい…俺なんてシマ○ラとユニ○ロ民だとういうのに…)


「ふむ、なかなか珍しい格好じゃが、確かに仕立てはそうとういいな」

「まあねー、多分これ一着で、銀貨20枚くらいはするからねえ」

「はあああ!?」


隣で、紅茶に焼き菓子をつまんでいたリンが素っ頓狂な声を上げた。


「ちょ、ちょっと!バカじゃないの!?銀貨20枚もあったらそれなりの剣かえるわよ!あ、ごめん。カーマは服のこと言われるの嫌いだったよね」

「え?そんなことないよ?ああ、昨日着ていたトレンチコートの事ね。あれは、心の師匠たる神崎さんが作り上げた至高の一品で、一昨日見みせた通りの高性能防具だからね~」

「ほう、それで怒っていたのか。まあ、カーマは変人じゃから格好はしょうがないな。それはいいとして、本題はこっちになるのう」


何気に、おやっさんも毒吐くなと徹が思っているとカウンターの上に布にくるまれた2m弱の長細いものが置かれた。

それと同時に、酒場が静まり返った。全員がおやっさんを、正確にはカウンターの上にある棒状のものを見つめていた。


「なにこれ?」

一昨日(チェイサー戦)の戦利品じゃよ」

「あー、アルメドシリーズ?あんな重そうなもの持って帰ってきたのか。よくやるねえ」

「他人事じゃないぞ?おまえこれがいくらするかわかっているのか?」

「えっ…うーん。金貨3枚くらい?」


金貨3枚―300万程度の価値、自衛隊の使っている使い捨てのロケットランチャーがだいたい30万と考えれば300万なら高すぎても安すぎることはないと予測したのだ。


「ばか者!アルメドシリーズで美品!しかも、大剣ときたら金貨150枚は下らん!」

「えっー?まじで?150枚なら4人で分けたら37.5枚?おーしばらく遊んで暮らせるな!」

「いや、全部カーマがもらってくれて構わん。実質チェイサーを倒したのはカーマ一人じゃからな」

「いやいやいやいやいや。おやっさん、ちょっと待とうか。今回の迷宮はパーティーで潜ったんだし、それにチェイサーとの戦いだって、おやっさんたちが気絶した俺やこの戦利品を回収してくれたからこそ今ここに居られる。それをないがしろにして、金だけもらうとかちょっと周りの目が怖いんですけど!」

「そうはいっても、ワシらだってこの金は受け取れねえ!」


徹とおやっさんの言い合いは、どこまで行っても平行線で決着を見ることはなかった。

おやっさんは、純粋に男のプライドとして、自分の働きを超えた報酬は受け取れない。

徹は逆に、卓上打算によって金を受け取ることは将来的にデメリットが大きいと踏んでいる。

その上すでにひと財産築いているおやっさんと金などすぐにでも稼げる徹、二人とも金には困っていないのが一番の問題だった。


「まあ、二人ともそこまでにしといてくれよ。それじゃあ、メインイベントに移れないじゃないか」


仲裁に割って入ってくれたのは、ゾネだった。いや、元ギルドマスターが起こす口げんかの仲裁に入れる人間はゾネしかいなかったというべきか…


「「そうはいってもこの件だけは譲れない!」」


二人は見事に被った。


「わかった、わかった。カーマはその剣の報酬を独り占めしたくない。おやっさんは、その剣の報酬を受け取りたくないんだろ?普通喧嘩するなら逆だろうに…」


二人は渋々といった感じで頷いた。


「ならばこうしよう。剣の報酬は等分する。そして、分割された報酬はそれぞれの裁量に任せる。たとえば、おやっさんならクランに全額寄付するとかな」


おやっさんも、不毛な言い合いをしていると自覚があったのか、ゾネの出す折衷案にしぶしぶと同意した。


「あの、私もクランの方に寄付を…」

「リン、こういうときはな。女の子は笑ってありがとうって言ってもらっておけばいいんだよ。こういう馬鹿な意地を張るのは男だけでいい」


ゾネの言葉に酒場中が同意する。おっさんは若い子には甘いのだ。その分、彼女らは別のところで損をしているが…世の中うまくできている。


「ゾネええええ!だめだろう!そんなこと教えたらリンがただでさえビッチビチしているのに、ますますビッチになるだろう!」


その中、徹だけが空気を読まなかった。いや、読んだうえで無視している。


「ちょっと!カーマは私の事なんだと思っているのよ!」

「えっ?メスブタ(ビッチ)入も…へぶっ」


途中でゾネの『あほなこと言っているな』というありがたいお言葉と共に後頭部をはたかれ最後まで言えなかった。

リンもそんな徹を無視(スルー)して話を続ける。


「あと、ゲオルグさんの分はどうしましょう?」

「そうか、あいつはギルドの方に所属だったからな…どうするか」

ゲオルグ(ハゲ)?面倒だしいいんじゃない。全部、おごりってことでこの酒場で飲みつくそうぜ!宵越しの銭は持たねえ!縁起が悪いって言って快く出してくれるさ!」

「そうだな…そうしよう。」


しかし、話がまとまりかけた直前に、酒場のドアがけたたましく開けられた。


「そうは問屋が卸さないってんでい!」


そこには、光る頭皮、盛り上がる筋肉、健康的な浅黒い肌、むせかえる加齢臭、ゲオルグ・アルマークその人がいた。


「人の褌で相撲を取ろうなんざあ、ふてえ野郎だ!俺にも呑ませろ!」


そういいながら酒場にどんどん入ってきて、ドカッとカウンターに腰を下ろした。


「マルコさん、適当に頼む」

「あの、ゲオルグさん。お仕事はいいんですか?」


こんなことを聞くのは、この酒場で唯一の良識であるリンだけだった。

ほかのメンツはただ酒に酔いしれて既にお祭りモードに入っている。店内で注文を受けるウェイトレスとボーイが忙しそうだった。


「そうそう、カーマが起きたって知らせを受けたんでね。仕事から逃げてきたのさ」

「いや、ダメだろそれ」

「どうせまじめにやっても、徹夜さ。だから適当に休憩をとる方がいいんだよ」

「うわー。ダメな大人の典型がおる」

「いいんだよ。最後で帳尻だけ合わせとけばな!それより、カーマの復活を祝って乾杯しようぜ」

「なんか、死んでいきかえったみたいな言い草だな。まあいいや、おやっさん俺にも呑むもの頂戴~」


おやっさんが、『あいよ』と威勢良く返事をして二人の目の前に出したのは並々と注がれたミルクだった。


「おやっさああん。俺らの頼んだのはアルコホールってやつが入っているやつなんですけどー」

「カーマは病み上がり、ゲオルグに至っては仕事中じゃろう。自重しろ」


おやっさんのその一言は、有無言わせない重い響きを持っていた。


(俺もう完全に治っているんだけどなあ…)



5/8 貨幣価値の計算を間違えたので修正しました

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