ホモ発見器
まにあったどー
徹は迷っていた。
かれこれ30分ほどになる。
早朝の酒場で、ほとんど人がいなかった。
迷宮に行く人間はもっと早く出かけているし、休日の人間はまだ夢の中にいる。
そんな閑散とした酒場の一角―レベル上昇用の装置の前を徹は陣取っていた。
(うーん、Strを上げるか…でもStrもAgiも『身体強化』でどうにかなるんだよね。Intあげても魔力は困ってないしなあ…Vitとかあげても正直この服がある限りダメージとか食らう気しないしなあ。)
徹はステ振り自由系のMMORPGが苦手な人間である。
どれを上げたらいいかさっぱりわからないというより、無駄にステータスを上げるのを極端に嫌っているのだ。
(Dexとかいらないしなあ。Mndは‘あれ’があるし…どうせ、ステータスリセットなんてないだろうし…うっし決めた!)
一度決めたら行動は早く、鼻歌交じりでかちゃかちゃと装置をいじくっていた。
迷宮に出現するモンスターを訪問者が倒すと、死んだモンスターのほとんどは迷宮に吸収されるが、その一部が宝石に吸い取られ経験値としてたまる。
徹の装置は、訪問者の左手に埋められた宝石にたまった経験値を身体強化に―ステータス上昇に割り振ることができる。
このステータスの上昇にたいして、ステータスだけでは全体的な強さがわかりづらいので便宜上レベルで簡易的に強さを表している。
「おう、やっとステータス分配終わったか。長かったな」
カウンターの端っこに座った徹に向かって、おやっさんは朝食のミルクとパンそしてベーコンエッグを出してくれた。
卵はこの世界では高級品なのだが、さすがにいい値を張るだけあって、出てくるものが豪華だった。
徹は、懐が温かかったこともあって1泊銀貨20枚―日本円にして20万ほどの部屋に泊まった。
部屋のランクから言って完全にスィートだった。ここに泊まっているのは、ゾネをはじめとして数人しかいない。
「結構悩んだけど、無難に終わらしたわ」
「そうなのか、少し後学のために見せてもらえないかのう?」
「いいよー」
おやっさんもただ本拠地の管理をやっているわけじゃない。
ときには、ステータスふりのアドバイスや職業適性、パーティでの問題解決などの相談に乗ったりしている。
ホモだが実に頼れるおっさんなのである。
そんなおっさんに快く返事を返した徹は壁に向かって自分のステータスを写した。
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Name カーマ・トール
Level 26
Age 30
Job none
HP 210
MP 8
Str 46(35↑)
Vit 21(20↑)
Int 1
Dex 28(20↑)
Agi 54(45↑)
Mnd 25(20↑)
Luck 35(20↑)
Skill 持たざる者【上位】
装備 ????
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――――――――――――――――――――――
「ほう、だいぶ近接寄りにあげているのじゃな。魔術師なら、なんでIntはあげなかったんじゃ?」
「んー。ちょっと今学んでいる、魔術が特殊すぎて下手にそこらへんいじりたくなかったんだよね。それと魔術関係では困っていないっていうのもあるし」
「そんなことはないじゃろう!?あ…いや、すまなかった。カーマを常識で考えるのはおかしいか」
ひどい言われようであるが、徹が魔術関係で困っていないのは本当だった。
徹の魂に刻まれた魔術回路で、魔力を循環していることにより、元の魔力が8であろうと常に膨大な魔力を生み出している。
そのおかげもあって、神崎さんと比べれば児戯にも等しいような拙いレベルの魔術でも魔力切れを起こすことなく1週間程度なら休まず戦闘ができる。
いま徹に必要なのは魔力の上昇ではなく魔術を扱う技術の向上であった。
「まあ、しかし、よく昨日のたった3時間でレベル26まで上げたもんじゃな。どんな戦闘スタイルなんじゃ?」
「えっと、近接で戦いながら魔術を使うような感じ?」
「カーマも魔剣士を目指しているのか…魔術師じゃといっていただろうに」
「いや、一応魔術師のつもりなんだけどさ。魔術うつだけの固定砲台っていうと芸がないじゃない。だから、いいポジショニングを探して移動するでしょ?そうするとどうしても敵と近接するわけさ。そこで魔術を使うか剣を使うかってなると剣を使った方がはやいから近接で戦いながら魔術をってなるわけ」
「言わんとしていることはわかるのじゃけどな。魔剣士だと、相当名前が売れてないとイメージがよくないからパーティ探すのを苦労するぞ?」
それは、昨日ゾネからも言われたことだった。
リンは、前もってクランに入ることが決まっていた。
その上、高い実力と資質を持っているため、次期クランマスターになるべく大切に育てることも決まっていた。
そのために、パーティの手配も終わっていたし、育成計画だって立っていた。
だが、徹は完全な飛び入りだ。
祭りでゾネに気に入られての割と強引なスカウトで入ったために、何も準備がなかった。
結果的に、受け入れてくれるようなパーティはない。
そして、徹の実力も問題だった。
攻守のバランスが取れておらず、危うい強さ。にもかかわらず、圧倒的な戦闘力。
早々受け入れられるようなパーティはない。彼らもまた、命がけで迷宮に挑んでいるのだから。
昨日の夜、徹が秘密基地の風呂に入ってから部屋で休んでいるとゾネが訪ねてきた。
そこで、入るパーティがないこと告げられ謝罪を受けていた。
「当分ソロかのお。こっちでも、カーマを受け入れられるようなパーティ探しとくからがんばれ!」
「おやっさああん。ボッチはさびしいのでかわいい女の子のいるパーティを早めにお願いします!きゃっきゃうふふしたいです!」
「朝っぱらから何、頭のわいたこと言っているのよ。迷宮は遊びじゃないのよ」
声は階段の方から聞こえた。
そこには、目を赤くはらしたリンが立っている。だけど、落ち込んだ様子はない。
「おう、おはよう。朝っぱらから元気だな」
「元気で悪かったわね!」
「おいおい、朝の挨拶は『おはよう』だぜ?それに元気以上にいいものはないぞ」
「むぅ…おはよう。マルコさん朝食お願い」
マルコはおやっさんの実名だ。
おやっさんを名前で呼ぶと、処女を散らしそうな気がするので徹は断固おやっさんで通している。
というよりも、おやっさんを名前で呼ぶのは女性かホモしかいない。
簡易判別機となっている。
とりあえず、おやっさんをマルコさんと呼ぶ野郎のそばには近寄らない。これ大事。
「それでお前たちは今日どうするんだ?休むのか?」
「私は、今日はお休みにしようと思います。午後にはパーティに誘ってくださった方々とお話があるので…」
「そうか、それがいいじゃろうな。パーティでの連携は大切じゃ。それにリンが目指そうとしているものは普通と違う。だから特殊な立ち回りが必要になるじゃろう。よく考えるといい」
はい、と笑って返事をするリン。
おやっさんは、長年ヴァニルクランの本拠を預かってきたために頼れる人なのだ。ホモだけど。
「それで、カーマはどうするんだ?」
「んー、昨日はあわただしく迷宮潜ったから、今日はのんびり1Fから見て回ろうかなーって思っている」
「なんだその観光みたいなノリは…カーマらしいといえばそうかの。迷宮行くならその前に、ジョブ登録していけ、今紙を出してやる。それに書いてくれれば、ギルドへの登録なんかはこっちでやっとくから安心しろい」
「言われてみればそんなのあったっけ。ジョブって登録すると何かいいことあるの?」
「ないな。ギルドやクランで管理がしやすくなるのと、野良パーティのためだな。野良はお勧めしないぞ、はずれを引いたときに最悪訪問者引退まであるからな」
ここで言う野良パーティは、ギルドの掲示板で募集されているパーティだ。
ほとんどの場合クラン内でパーティを組むのだが、どうしてもクラン内でパーティの欠員が補えないときやクラン内ボッチの人間が募集することが多い。
前者が募集する分にはいいのだが、後者が募集すると問題がよく起こる。
適正レベルの人間が集まらないや分配の問題、パーティ内不和など数えたらきりがない。
「うーん、ジョブってこの場合魔術師でいいのかな?それとも魔剣士のほうがいいの?」
「そうじゃなあ…普通はレベル20になるころにはパーティに所属してだいたいの戦闘スタイルが確立しているからな。カーマの場合ソロでだからどうなのじゃろうな…」
「こんな奴は、変態でいいのよ、変態で!」
隣で話を聞いていたリンが、ここぞとばかりに茶々を入れてくる。
「変態ねえ…変態紳士かー。さすが、万年発情しているリンは発想が違うね!エロいことばっか考えてんなよー」
「ちっちっ違うわよ!あんたが変態なだけでしょ!」
真っ赤な顔で焦って反論するリンを見て、これがいつか下ネタ系に反応しなくなるのだろうなあとさびしく思っていた。
それと同時に反応しなくなるまではいじろうと心に誓うのであった。
「よし!じゃあカーマ、迷宮に行こうか」
「え゛?一人で?」
「いや、ワシと」
おやっさんは自分を指さしている。
「いや、おやっさんとデートとか謹んで断らせてもらいます。それ以前におやっさん戦えるの?」
「なに言っているのじゃ。ワシは前マスターじゃよ?10年前にゾネにマスターを譲ったがまだまだいける口じゃ?惚れたか?どうだ?」
「惚れる要素がどこにあるのか全く分からん!真面目な話二人で言ってもパーティプレイにはならんと思うよ」
「適当に何人か連れて行けばいい。最低でも前衛1の後衛1かね?クランで暇そうなやつ募集してみるか」
「それなら私も行きたいです!」
おやっさんと徹が話しているとそこにリンが割って入ってきた。
リンはなぜかとてもやる気を出している。
「リンは午後に用があるんじゃないの?」
「そんなの、午前中だけで帰ってくればいいじゃない!」
「ワシの体力的にもそれが一番助かるかな。リンが来るなら3人でもそれなりにパーティプレイはできるだろう。3人で行くか」
発案者であるおやっさんがそう決めれば、徹には拒否権はない。
なし崩し的に、本日の迷宮探索は午前中で終わりと決まった。
「それじゃあ、私は準備してくる」
リンはとてててと宿の部屋に戻って行った。
「おい、アネット!午前中は出てくるから、本拠地のこと頼むぞ!」
おやっさんは、カウンターの奥で仕事をしているアネット君にそう声をかけるとカウンターから出てきて倉庫の方に向う。
「はい!わかりました。いってらっしゃい、マルコさん!」
(あ、アネット君はホモだ)
やっと…やっと次から本格的に迷宮に入れる…