第七話 思わぬ収入
「あー、気分が悪いわ! 誰が弱者ですって! あいつ、今度会ったらただじゃおかないんだからッ!」
日が沈み、月が昇り始めた宵のうち。閑散としたギルドの応接スペースに、セナの悪態が響いた。あれからセナとタクトは「用事がある」と言ったエリシアと別れてギルドに来ていた。今回の出来事をギルドに報告するためである。一階層にミノタウロスと同等、もしくはそれ以上の化け物が出たことはギルドとしても一大事なのだ。
「弱者は見捨てるもの……か」
先ほどの少女に対してセナが悪態をついている一方、タクトは彼女の言葉を何度も反芻していた。彼はやわらかいソファーにしっかりと身体を沈めて、物憂げに頭に手を当てている。そのどこか暗い様子を、レイは心配そうに見つめていた。
三人がそうしている時間を潰していると、応接スペースのドアが開いた。その向こうから何やら疲れたような顔をしたミリアが現れる。ヨタヨタと重い足取りで彼女は歩いてくると、手に持った袋から紫の魔結晶を取り出した。二人がエリシアから預かり、さらにミリアへと渡したミノタウロスゾンビの魔結晶である。彼女はそれを彼らの前のテーブルに置くと、ハアと大きなため息をついた。
「駄目でした、調べてみましたけど未知のデータばっかりです。たぶん新種の魔物でしょうね……」
「し、新種ですってェ! 最深部ならともかく、一階層で新種なんて聞いたことがないわよ!」
「聞いたことがないと言われても、現れたものは現れたので……。とりあえずギルドの方では探索者のみなさんに注意を促すことと、一階層西側地区の立ち入りを当面の間は禁止することにしました。また、一階層を定期的に高レベル探索者の方に見回ってもらう予定です」
「当然よ! それぐらいしてもらわなきゃ新人探索者は全滅しちゃうわ!」
「はっきりいってお二人が生き残ったのもほとんど奇跡でしたからね。とくにタクト君は……」
ミリアはタクトの方をみると、たしなめるような顔をした。彼女がタクトに無茶をするなと説教をしたのはつい昨日のことである。もしこの場にセナがいなかったら、また小一時間説教をしているところだ。もっとも、セナを助けるためにはタクトが無茶をする必要があったということは彼女も理解している。だが……彼女は何故か無性に腹が立ってならなかった。
(女の子のために命を賭けるタクト君……なんか嫌なのですよ。どうせ賭けるならいっそ私のために……って何を考えているのですか!?)
ミリアの頬が桜色に染まった。彼女は両手で頬を抑えると、あたふたと挙動不審な動作を始める。そのしぐさを見ていた三人は、互いに顔を見合わせた。
「あの人……熱でもあるの?」
「さあ、たぶん……ミリアさんは健康だと思うよ」
「仕方ない、私がちょっと落ち着かせてみようか」
レイが未だにウネウネ、と不審な動きをしているミリアの肩をトントンと叩いた。直後、ミリアの身体がカチンと石のように硬直する。彼女は慌てた様子で大きな咳払いをすると、何事もなかったかのように話を再開した。
「ええっとですね、今回の件についてはあと一つ重要な話がお二人にあります」
「重要な話?」
「はい。実はギルドではより深い階層での探索を奨励するために、新種モンスターを発見した探索者の方には報奨金をお出ししているのです。今回の場合、報奨金はお二人の折半ということになりますがいいですか?」
「私はもちろんそれでいいわ。タクトもそれでいいわよね?」
「うーん……。エリシアさんには分けられないのかな?」
タクトは首をひねると、少し不満そうな顔をした。最初に発見したのこそセナとタクトだが、あのモンスターを倒したのはエリシアである。彼女に何の報奨もないというのはいかがなものだろうか。タクトはそれ思うと唸らずには居られなかった。だが、そんなタクトの顔を見たミリアはにっこりとほほ笑む。
「それについては大丈夫です。エリシアさんにはギルドから別途、危険モンスター駆除の報奨金としてお金が支払われる予定ですので。お二人は遠慮せずに報奨金を受け取ってください」
「じゃあお言葉に甘えてもらうことにしようかな」
「わかりました、ではさっそく用意してきます。結構な額なので準備に多少時間がかかりますが、ここでお待ちくださいね」
ミリアはそういうと、そそくさと部屋から出て行った。するとセナがタクトの方へと近づいてきて、そっと耳打ちをする。
「結構な額っていくらぐらいなのかな? 百万シルバぐらい貰えたりして」
「まさか! そんなに貰えないと思うよ」
「そうかなぁ? 準備に時間がかかるぐらいなんだから、それぐらいは期待してもいいと思うけど」
「確かにそう言われると……」
タクトはちょっと、百万シルバの使い道を想像してみた。百万シルバ、それは今のタクトの月収約三カ月分。結構な大金である。それだけもらえれば今回壊れた武器と同じものを買うどころか、ずっとランクの高い武器が買えるだろう。それどころか魔法の込められた武器などでない限り、だいたいの武器は買える。タクトは新しく買ったピカピカの剣を振るう自分の姿を想像して、かなりわくわくしてきた。それはセナも同じようで、彼女もまた何に使う気なのかは分からないが眼をキラキラとさせている。すると、ドアがきしむ音がしてミリアが部屋の中に入ってきた。
「お待たせしました」
ミリアは両手に大きなアタッシュケースを抱えていた。銀色のそれはかなり重いようで、彼女は少々前かがみになりながらもなんとかテーブルまで運んでくる。それを見た三人は少々困惑したような顔をして、まさかとばかりに目を見開いた。そんな三人の視線を知ってか知らずか、ミリアはアタッシュケースをドンとテーブルに置く。そして――。
「ふうッ! お二人への報奨金、一億シルバになります!」
カシャッという音とともに開かれたアタッシュケース。その中には、札束が唸るほど詰め込まれていたのだった――。