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第四話 ミノタウロスゾンビ

「ここが大迷宮か……。初心者迷宮とそんなに変わらないような気がするなぁ」


「ふん、油断するなよ。大迷宮の魔物は同じ魔物でも初心者迷宮より強いそうだ」


「そっか、なら気をつけなくちゃね」


「そういうことだな」


 タクトはそういうと湿り気のある石の床の上を、地図を片手に用心深い様子で歩いて行った。すると、通路の角を曲がった向こう側からかすかな物音が聞こえる。彼の足がふっと止まり、顔を緊張が走った。


「レイさん……!」


「ああ、初陣だな!」


 レイの身体が不意に歪んだ。彼女の体は濃い靄のようになり、タクトの体へとまとわりつく。靄は一瞬、衣服のようにタクトの身体を覆ったがすぐさまその中へと吸い込まれていった。レイがタクトに憑依したのだ。


 守護霊を憑依させることによって探索者は常人の限界をおよそ超えた強い霊気を帯びる。この霊気がなければ迷宮の魔物へと攻撃することはかなわない。この大迷宮に巣食う魔物はすべてこの世の理から外れた存在である。そのため、魔物にたいして攻撃するには探索者自身もまたこの世ならざる力である霊力を帯びる必要があった。


 実は、このことが探索者たちが現在でも銃火器を用いず古式ゆかしい剣などの武器を用いる理由でもある。剣には霊力を通すことができるが、弾丸には霊力を通せないのだ。ちなみに魔法については魔力自体が霊力に似た性質をもつため魔物にも有効である。


 レイを憑依させたタクトは地図をしまうと、慎重に通路を進んだ。ゆっくりと一歩一歩確実に、彼の身体が進んでいく。すると通路を曲がったところで彼の視界に、子供ほどの大きさの人影が飛び込んだ。緑色のそれは二人いて、それぞれ手に棍棒を握りしめている。間違いなくゴブリンだ。


 タクトは剣の鞘へと手を走らせた。それと同時に響く奇声。ゴブリンは棍棒を振り上げ、本能の赴くまま敵意をむき出しにした。戦いの火蓋が切って落とされ、ゴブリンとタクトが走る。彼らの距離はたちまちのうちに縮まっていき、棍棒と剣が交錯。瞬間、激しく両者の姿が入り混じる。


 咲き乱れた血の華、その色は濁った緑。タクトの剣がゴブリンたちの首もとで一閃し、その醜悪で腐臭でもしそうな血が流れた。血にまみれた彼らはユラユラと床へ倒れ伏し、二度とは起き上らない。戦いはあっけなくタクトの勝利に決したのだ。


『あっさり倒せたな』


「まあ、ゴブリンだったからね。大迷宮といえどもゴブリンはゴブリンだったんだよ」


『それもそうだな。ゴブリンがドラゴンのように強かったら困る』


 タクトは脳内で響く声にたまらずあはは、と豪快に笑った。それにつられたのか、彼の頭の中にレイの笑い声が響き渡る。こうして二人はしばらくの間笑っていた。朗らかな雰囲気があたりに漂う。そうして少し休んだ二人は、またゆっくりと歩き始めた。迷宮の深淵へと向かって薄暗闇の中を確実に――。







 二人はそのあとも一階を順調に探索していった。大迷宮の一階に出現するモンスターはゴブリンにジャイアントバット、さらにキラーキャノピーの三種類。いずれも最弱に分類される魔物で、キッズドランといえどドラゴンを倒してきたタクトの敵ではなかった。そのため彼は出てくる魔物をすべてものの数十秒で倒してきたのだ。


 そうしてタクトはいよいよ第二階層へと続く階段の近くまでやってきた。今日はまだ様子見といった段階なので、階段へ着けば探索は終了する予定だ。彼の足取りが自然と速まり、硬質な音が連続して通路に響く。その時だった――。


「い、いやあ! 誰かー!!」


「なんだなんだ!」


 よく通る、少女のものと思しき悲鳴が迷宮の静寂を裂いた。その悲痛な叫びは、一度だけではなく何度も通路を響いてくる。タクトはあわててその場に立ち止まると、耳をそばだてた。するとその脳内で、レイの声が激しく響き渡った。


『待てタクト! 助けに行くつもりか!』


「そうだよ! 誰かが困ってるんだ、助けなきゃ!」


『何が起きているのかわからんのだぞ! 初心者の私たちには手に負えないかもしれん! ここはひとまずギルドへ連絡するべきだ!』


「やだよ、困ってる人を放置するなんて僕にはできない! それに人一人助けられないんじゃ、天下一の探索者になんてなれないよ!」


『た、タクト!』


 タクトはレイの忠告を無視すると、声の聞こえた方へと一気に走りだした。すぐさま脳内でレイの怒号が荒れ狂い始めたものの、彼はそれをすべて聞き流してしまう。すでに、彼の意識はほかのことでいっぱいだったのだ。


 そうしてタクトが迷宮内の細い通路を全力疾走していくと、いきなり彼の視界に少女の姿が飛び込んできた。彼女は少々きつめの大きな紅い瞳を完全に見開いて、額から汗を流しながらタクトの方へと走ってくる。長いポニーテールを振り乱して走るその様子は鬼気迫っていて、先ほどの声の主が彼女であることは明白だった。


「大丈夫!?」


「大丈夫なわけないでしょ! 後ろみて!」


「後ろ?」


「馬鹿! そっちじゃなくてこっちよ!」


 自分から見て後ろを見ていたタクトは、急いで少女から見て後ろ、つまり前方を見た。すると彼の眼に、何やら得体のしれない怪物の姿が飛び込んでくる。鍛え上げられた二本足の牛のような体と、額から長く伸びる角。その紅い瞳は殺意を凝縮した光線でも放っているかのようで、とても見れたものではない。しかもその身体はあちこちが腐り始めていて、醜悪な骨や肉が晒されていた。腐っている部分には蛆までたかっていて、漂ってくる生臭い匂いは死体にも勝ろうか。総括すると、この怪物はかの有名な牛鬼、ミノタウロスのゾンビとでもいうべき存在のようだった。


「な、なんだよこいつ!」


「私にもわかんないわよ。気が付いたら壁の穴から這い出してきてたんだから!」


「クソっ、とにかく君は逃げて! こいつは僕が何とかする!」


「無理よ、こいつめちゃくちゃ強いんだから! 私の魔法とかまったく効かなかった!」


 タクトは唇をきつく噛み締めた。彼の口からわずかに血が滴る。その顔には一瞬、大きな不安の色がにじんだ。されど、すぐに彼は少女の方へと振り返ると強い意志を持って告げた。


「いいから! 先に逃げてくれ!」


「あんた、死ぬかもしれないのよ!」


「ここまできたら、一緒に逃げるにしたって危険はそんなに変わらないよ! だから君だけでも!」


 タクトの顔は必死そのものであった。少女はその顔に何か逆らえないものを感じる。彼女は押し黙ったあと、ためらうようにゆっくりと口を開いた。


「……わかったわ! ギルドへ出来るだけ早く連絡して戻ってくるから、それまでなんとか生きてなさいよ!」


「もちろん!」


 少女はタクトの方を何度も振り返りながらも、大慌てで通路を走っていった。やがてその姿が見えなくなると、タクトは腐った身体を引きずり迫ってくるミノタウロスゾンビを見据える。その目が細められ、剣が鞘から引き抜かれた。剣がキラリと輝いたその瞬間、タクトの頭にささやくような声が響く。


『……これでよかったのか、タクト? 本当に死ぬかもしれんぞ』


「そうだね。……だけど、人を見捨てることなんて弱くて情けないやつのすることだよ。そんなふうになるくらいなら、僕は敵わない相手と戦って死んだ方がましだ。それに……」


『それに?』


「僕はきっと死なない」


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