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第九話 武器屋「ドワーフ工房」

 熱い陽光の降り注ぐ昼下がり。タクトとセナは商店の建ち並ぶ大通りを二人で歩いていた。その後ろを、似合わないサングラスをかけたレイが探偵よろしく物陰に隠れながら尾行していく。しかし、所詮は素人のまねごとか。目立つまいと変装したその姿は逆に悪目立ちしていた。鎧を着た騎士風の女にサングラスなど、まったく似合わないのだ。されど、二人はレイの存在について全く気が付いていない。なぜなら――。


「どうして女のあたしがこんなに荷物を持たなくちゃいけないのよ! 男のタクトが全部持つべきでしょ!」


「そんなこと言われたって、これ以上は持てないよ……」


 タクトはあごで、両手に抱えた箱の山を示した。うずたかく積まれた箱の山は、人の背丈ほどの高さがある。その頂上はフラフラと揺れていて、今にも崩れ落ちそうだ。それを見たセナは思わず沈黙する。箱の中身はほとんどセナの服やらカバンで、タクトのものなど先ほど防具屋で買った竜鱗の防具一式ぐらいしかない。このやたらと巨大な荷物の山は、ほとんどすべて彼女のせいなのだ。


「……しょ、しょうがないわね! 次の武器屋で最後だから、もうちょっと我慢しなさい!」


「仕方ないなあ……。レイさんを連れてくれば少しは荷物を持ってもらえたのに連れてこないから……」


「レイさんがどうしたですってェ!?」


「な、なんでもないよ!」


 突如として眼が吊りあがったセナ。彼女の声の剣幕に驚いたタクトは、すぐに頭を横に振った。するとセナは、よろしいとばかりにウンウンとうなずく。タクトにはどうしてセナがレイを避けるのかはわからなかったが、とりあえずこの場は何も言わないことにした。彼はそのまま黙って荷物を手に歩く。


 二人は荷物の多さに閉口しながらも、そのまましばらく進み続けた。彼らは大通りを抜けて細い路地に入り、さらにその路地を何回もグネグネと曲がっていく。だんだんと人影はまばらになっていき、やがてほとんど人気がなくなった。セナの後について来ていたタクトはいい加減不安になってきて、セナの方を向いた。


「こんなところに武器屋なんてあるの?」


「それがあるのよ。隠れた名店ってやつね」


「ほんとかなあ?」


 タクトは疑わしげに眼を細めた。ちょっとばかり苛立ったような視線が、セナに突き刺さる。だが、その視線に対してセナは余裕たっぷりに微笑んだ。


「間違いないわ。あんたも知ってるでしょ、路地裏のドワーフの工房」


「路地裏のドワーフ工房って、あの話題の!?」


「ええ。昨日のうちに酒場のマスターから場所を聞いといたのよ。感謝しなさい、情報料は私が払っといてあげたわ」


「すごい、あのドワーフ工房で買い物ができるなんて!」


 タクトは興奮して身体が震え、思わず荷物を落としそうになった。路地裏のドワーフ工房。迷宮都市のどこかの路地裏に存在する、探索者たちの間で話題の超高級武器屋だ。その店先に並べられている武器はすべて国宝クラスといっていいほどの名品ばかりで、ここで買い物をするのは探索者たちの憧れである。もちろん、タクトもドワーフ工房で買い物をすることに憧れている一人だ。


 タクトの足取りが一気に軽くなった。重い荷物もなんのその、スキップでもしているかのように軽やかに彼は歩いて行く。セナもまたそんな彼の様子に嬉しそうに笑うと、同じく軽い足取りで路地を歩いて行った。


 するとしばらくして、二人の前に小さな店が現れた。古ぼけたアンティーク調の店構えをしたその店は、看板も掲げておらず人影もない。飴色の重厚なドアはしっかりと締め切られていて、およそ営業していないように見える。だがセナは荷物をその場に置くと、扉を何のためらいもなく開いた。


「こんにちは! 誰かいますか?」


「ほう……。こりゃまたずいぶんと変わったお客様だ」


 風格のある武器がずらりと壁一面に並べられた、まるで宝物庫のようなある種の圧迫感さえある店内。その奥から背の低い、店主と思しき老人がセナたちの方へと歩いてきた。ヨタヨタと杖をついているが、彼の眼光は鋭く隙がない。タクトたちは思わず背筋を伸ばした。


「見たところルーキーのようじゃが、冷やかしか?」


「違うわ、ちゃんと買い物に来たのよ」


「お客か。じゃが、うちの商品はべらぼうに高いぞ。ナイフ一本でも百万シルバはする。お前さんたち、財布の方は大丈夫なんじゃろうな?」


 老人は小さなナイフを手に取ると、それをプラプラと揺らしながらタクトたちを見た。その目は胡散臭い道化師でも見ているような目だ。すると、セナが余裕たっぷりに笑う。


「大丈夫、お金ならあるわ。ここ、カード使えるわよね?」


「もちろん使えるぞい。ほほう、シルバーカードか。あながち金があるというのも嘘ではないようじゃの」


 店主はセナの取り出した金色のカードをみると、顔を緩ませた。ゴールドカード。それはギルドバンクに三千万シルバ以上の預金がある証拠である。セナは少々自慢げにそれを見せながら、続けて彼に言ってみる。


「……適当な武器を一つずつ、見繕ってくれない?」


「よかろう、わし直々にお前さんたちの武器を見繕うとしようではないか。ふむ、まずはおぬしの方からじゃな。おぬし、名は何という?」


「セナよ」


「セナか。どうやら見たところおぬしは魔法を多用しておるようじゃの。どれ、合いそうな杖を捜してくるとしようか……」


 そういうと老人は店の奥へと消えていった。セナはそわそわと、彼の帰りを待つ。せわしなく、彼女の履いているブーツが地面を鳴らす。するとしばらくして、さきほど老人が戻ってきた。その枯れた手には、闇を凝縮したような黒く禍々しい杖が握られている。他の武器と比較しても圧倒的な、飲み込まれてしまいそうなほどの存在感を放つ杖だ。


「この杖など、どうじゃろう? これは大魔法使いガールブの杖といわれておる物でな、攻撃魔法を使う上においては最高峰の杖じゃぞ。どれ、ちょっと持ってみい」


「え、ええ……」


 セナは恐々と杖を持ってみた。すると不思議なことに、手に吸いつくような感触がありぴったりと馴染む。まるで長年の間愛用してきたかのような感触だ。さきほどまで感じていた禍々しさもすっかりと収まり、むしろ心地よい気配を感じる。そのあまりの変化にセナは思わず目を丸くすると、老人の方を見た。


「すごい、ピッタリじゃない! どうしてわかったのよ!」


「カッカッカ! わしもこの商売を始めて長いからのう。人を見て名前を聞けば、だいたいどの武器が合うのかわかるのじゃ。それでその杖、買うのか? 買わないのか?」


「もちろん買うわ、いくらするの?」


「二千八百万シルバじゃ」


「うっ、さすがに高いわね……。でも……買った!」


 セナはカードを勢いよく差しだした。老人はそれを受け取ると、奥にある四角い機械へと通す。ピッと機械音がなって、薄い領収書が吐き出された。老人はそれを手に取ると、カードとともに丁寧なしぐさでセナへと返す。


「ほれ、毎度あり。次はそこの少年の番じゃの。名前を言ってくれ」


「タクトだよ」


「タクトか……。……うぬぬぬ」


 老人はタクトの瞳をじっと見詰めた。さらに彼の体を確かめるかのように上から下まで何度も何度も見る。その顔はこわばっており、口からは唸り声が漏れていた。その先ほどとはあまりにも違う様子に、タクトは思わず声をかける。


「あの、大丈夫?」


「ううむ……わからんのじゃ。剣なのは間違いないのじゃが、それ以上おぬしに見合う武器のイメージが思い浮かばんのじゃよ。こんなこと初めてじゃわい……」


 老人はそれからずっと唸り続けた。彼はタクトのまわりをグルグルと回りながら、「わからん……わからん」とつぶやき続ける。そのあまりに必死すぎる様子に心配になってきたタクトは、サッと店内を見回した。もはや老人に見繕ってもらうのをあきらめ、自分の目で適当な武器を見つけようというのだ。すると彼の目に、変わった雰囲気を持つ剣が飛び込んできた。周りにある立派な装飾を持った武器とは異なり何の変哲もないただの古そうな剣だが、やたらと何か訴えてくるようなものを感じるのだ。


「おじいさん、あの剣じゃ駄目なのかな?」


「あの剣……? どれのことじゃな?」


「ほら、あそこにある古い剣だよ!」


 タクトはまっすぐ手を伸ばし、壁にかかっている剣を示した。だが、老人は眉をひそめるばかり。まるで「なにも見えていない」かのようだ。その様子にいよいよ業を煮やしたタクトは足もとの荷物をセナの方に寄せると、剣の方に駆け寄った。


「これだよこれ! 見えないの!?」


「ちょっとタクト、なにとぼけてるの? 何もないじゃない」


 セナが呆れたように頭に手を当てながら言った。その言葉に思わずタクトは自分の目を疑い、何度もこすってみる。だが、その剣が視界から消えることはなかった。彼はセナがからかっているのかと、頬を少し膨らませる。しかしその時――。


「おぬし、愚者の剣が見えるのか?」


 老人が、これまでとは比べ物にならないほど真剣さにあふれた目をして、タクトに言ったのであった――。


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