小説家になりたいのか、小説を書きたいのか
困った、というか、しまった。
前回、移動のお知らせを投稿しておいたのですが、その時に最終話設定をぽちっ♪ としなかったせいで、不良債権みたいな扱いされてるではないか。
ええ、もう次話投稿するつもりはございませんでしたわよ?
仕方がないのでお手紙書いた。いや、エッセイ書いた。
小説家になりたい人はいらない。小説を書きたい人だけが欲しい。
どこかの新人賞(ごめん、忘れた)の審査委員さんの発言の大意です。
これ、別に小説に限らずあらゆる芸術系職業に関して言えることだと思います。
もちろん職業として成り立たなければ食べていけない。だからある程度の譲歩を必要とする。
しかし源泉がどこにあるのかで、そのクリエイターの将来性が透けて見えてくる。
新人賞ならではの審査員発言だと思います。
職業人として活動を始めると、たとえそれまで高尚な志を抱いていたとしても、我慢や苦労の連続でへこたれそうになる、のだそうです。もちろん私はまだ知りまへん。
でも、市場の求めるものと自分の主張したい、進みたい道、それがぴったり合致するということは恐らく我が作品にはありえないと、現時点でさえ解っています。
正統派の史実をもとにした歴史もの+男性同性愛、それの需要が「存在するか」さえ、はきとせぬ。
有難いことに、このところ己を縛っていた枠が壊れつつあります。
純愛、衆道、歴史、ハッピーエンドでなくても書ける様になってきたのです。
これを進歩と呼ぶか迎合と見るか、しかし私は束縛からの解放であるのだと信じています。
真剣に書き始めて2年、新たな一歩を踏み出した年であったと、後年振り返って堂々と言えるよう、精進を重ねていく所存にございます。
(完)
完っ!! 今度こそ。




