好きなら。
恋愛にはおよそ興味を持っていない。
そう思っていた。
だから、同じ年ごろの女の子達が恋バナをしているのにもついていけなかった。
私は多分この先恋なんてしないのだろうなと感じていた。
「好きです」
今日人生で初めて告白された。
しかも年齢は6つも下。現在私は16だから、相手は10歳、つまり小学4年生ということだ。
その子とは朝のバスで一緒で、ついこの間まで顔見知り程度だった。ついこの間までとは、私がバスに荷物を置き忘れて降車しようとしていた時に、その子が後からバスから降りてきて、わざわざ私の荷物を届けてくれたからだ。
「お姉さん、忘れてるよ」
その時の笑顔はとても年下とは思えなかった。私よりしっかりしている彼に、私は何度もありがとうを言った。乗っていたバスは非情なことに行ってしまったので、次のバスが来るまで、私はその子と停留所でおしゃべりをして待っていた。
そのことがあってから、私とその子は仲良くなった。朝は必ずおはようを言って、次に何か話題を持ち出す。昨日見たテレビとか、学校のこととか。驚くくらいに話が合った。それはただ私が精神的に子どもだからなのかもしれないが、その子が年齢に似合わないくらいに大人びていたせいでもあった。
そうして毎日を過ごしているうちに、朝のバスに彼がいないと、寂しく思うようになった。同い年の女の子とは話が合わなくて、できなかった会話ができる。友達相手じゃ打ち明けられなかった悩み事も、彼は静かに聞いてくれた。彼と少ない時間でも話ができるのは、私の楽しみでもあった。
しばらく彼がいない日が続き、やっと姿を現したあの朝は、私は嬉しくて涙が出そうになった。
「お姉さん、明日の夕方、時間空いてますか」
その日彼は、いつにも増して真剣な眼差しで私に問うてきた。
「え、うん…」
「僕、明日はいつもよりちょっと帰りが遅くなるんです。そしたら、多分綾香さんと一緒に帰れますよね」
「う、うん…」
「バスから家まで一緒に帰りましょう。暗い道を綾香さん1人で帰らせたくないので」
それはそっちもだよ、とツッコミたくなった。年下から気を使われるのは何だか複雑な気持ちだったが、私は素直に従うことにした。
そして、今にいたる。
夕日を背景にして、私と向き合う彼は、もう年齢など関係なくなっていた。言い表わすならば、もう一人前の男、もしかしたら同じ学校に通う男子高校生よりもずっと大人かもしれない。
「……僕、ずっと綾香さんのことが気になっていました。いつも思い詰めた顔をして……心配でした。僕、綾香さんが好きです」
熱烈な告白に、私は言葉を失った。
初めは冗談だと思っていた。しかし彼の本気の目は、決して冗談ではないと物語っていた。
私はどう返事したらよいのか分からなくて、目を泳がせたりそわそわしたりしていた。
正直びっくりしたけれど、嬉しかった。
「あ、ありがとう……」
取り敢えず今の状況に最適な言葉が見つかり、私はしどろもどろになりながら言った。告白は、される方も緊張するものらしい。
「でも、私、今の気持ちを何て言ったらいいか……」
「綾香さん、無理に返事はしなくてもいいです。僕が、綾香さんのことを好きだって伝えたかっただけですから」
「ううん…違うの。返事は決まってるの……」
ただ、言葉がうまく見つからないだけ。
本当のことを言うと、6歳という年の差は気にならないわけがない。小学生と高校生では、いろいろな意味で違いすぎる。
でも私は、彼の人間性に惹かれた。
「実は私も……好きなの」
知らず知らずのうちに、彼のことが好きになっていた。年の差を越えて、彼を好きになっていた。
そう、好き。
今の今まで干物女だった私が、初めて恋をした。
今まで恋愛にはおよそ興味を持っていないと思っていた。
だから、同じ年ごろの女の子達が恋バナをしているのにもついていけなかった。
私は多分、この先恋なんてしないのだろうなと感じていた。
でもそれは違った。ただ、運命の相手に出会わなかっただけ。
「じゃあ、今日からなるべく一緒に帰りましょうっ。綾香さんっ」
彼は嬉しそうに笑って、私の右手を握った。
そのはしゃいだ横顔を見て、やはり小学生だな、と思った。
でも、私はこの子に恋をしてしまった。
後にも先にも変えられない。
「……うん」
好きなら、年齢なんて関係ないでしょう?
夕暮れの時間が止まればいいと思った。