魔王と妖精が建てた勇者たちの墓
1.
ある春の夕方だった。
彼女が羽をパタパタさせて、魔王城の窓から入って来たのは。
俺とその妖精は目が合った。
「人間に追われてるの……少しの間だけ、居させてくれない」
俺は彼女に見とれた。
背丈は、俺の肘から指先くらいある。
着古した若緑色のワンピースを着て、擦り切れた革のサンダルを履いている。
肩まである亜麻色の髪は後ろに流れ、広い額が覗いている。
薄桃色の柔らかそうな頬に、水色の大きな瞳。
少女のように見える。
こんな愛らしい生き物は、初めて見た……。
「そいつらは何人だ?」と俺は訊いた。
「四人……剣を持った男が二人と、女が二人。岩の間に隠れてたんだけど、女の一人に見つかっちゃって」
そいつらは間違いなく、勇者パーティだ。
俺が演じる魔王を討伐しに来たのだ。
しかし魔王城の近くまで来ているのに、妖精を追いかけているとは……。
もうしばらくもすれば、俺に殺されるというのに。
人類というのは、のどかなものである。
「少しの間だけ……でなくても良いが」
俺は神々に命じられ、魔王を演じ、勇者パーティの殺戮を続けていた。
もう百年近くになる。
魔王城で一人、勇者パーティが来るのを待つ。
そいつらが来たら殺す。
そんな孤独で、途方もなく虚しい日々を延々と続けていた。
光のない牢獄の中で沈み込んで行くような日々。
もし、こんな妖精が城にいてくれたら……。
そんなことが起きるはずもないのだが。
「どこでも好きな所に居たら良い。この城の中には人類も魔物も、絶対に入ってこない」
2.
さて、何か自己紹介をしないといけない。
彼女は、俺が人類でないことは分かっているようだ。
だが、俺が魔人であると伝えて良いものだろうか?
1万年近くも生き、強靭な肉体を持ち、強力な魔法を使う魔人。
もし彼女が魔人を知っていたら、怖がられないだろうか?
そんなことを考えていると、城の外から怒鳴り声がした。
「出て来い魔王!貴様を討伐しに来たぞ!」
窓から庭を見ると、四人の人類がいた。
剣を持っている男が二人、こいつらは勇者と戦士だ。
修道服とか言う変わった服を着ている女、こいつは魔法使いだ。
そしてひょろっとした女、こいつは治癒師だろう。
毎度の四人組である。
「君を追いかけてたのは、アイツら?」
「うん」
「やっぱり勇者パーティか。じゃ、仕事しないとな」
「仕事?」
俺は外の連中に向かって怒鳴った。
「少し待ってろ。準備をする。勝手に城の内に入ってきたら殺す」
俺は鏡に向かい、魔王の化粧を始めた。
神々から、魔王を演じる時は化粧をしろと命じられているのだ。
顔を紫に塗りたくる。
目の下から頬にかけて、メデューサの蛇のような幾何学模様を描く。
その俺を見て、妖精の彼女が怪訝な顔をしている。
「これも仕事だ。好きでやってるんじゃない」
俺は化粧を終えると、黒のローブに着替え、庭に向かった。
魔王城の広い庭。
そこには、これまで俺が殺めて来た勇者たちの骨や遺品が一面に散らばっている。
魔人と違い、人類は死んでも身体が消滅しない。
死んだ人類の肉は大抵、ケルベロスなどの魔獣が食らっていく。
だが、骨や遺品は庭に残る。
俺はそれを踏みつけながら進む。
「貴様が魔王か?」と勇者らしき男が言った。
「他の何に見える?俺の問いに答えろ」
「ちっ、ふざけやがって」
訊かれたから答えたのであって、俺はふざけていない。
勇者が「行くぞ!」と雄叫びを上げ、パーティの面々がそれに応じる。
俺は氷の魔法で氷柱を作り、四人に向けて放った。
速度を落としたつもりだったが、氷柱は容易く四人の胸を貫いた。
3.
まったく、これから晩飯って時間に来るんじゃねえよ。
こんな鈍い魔法もかわせねえなら来るなよ。
そう思っていると、妖精の彼女が窓から飛んできた。
俺の殺戮を見ても、意外と落ち着いている。
「何も……殺さなくても……」
「いや、これが俺の仕事だから。あいつらを殺さないと、俺が神々から殺されちまう」
「あなた魔人でしょ?」
「……魔人を……知ってるのか?」
「……少しは。でも魔人って、南の方の森にしかいないんじゃなかった?他の種族にちょっかい出したりした?」
俺は彼女に、俺の仕事を説明した。
春の夜の匂いのする穏やかな風の中で、四つの新しい死体を眺めながら。
圧倒的な魔力により魔人を支配する神々。
俺がその神々に命じられたのは、魔王として人類と戦い、人類の戦闘能力を進化させるという仕事だ。
殺せば殺すほど人類は怒り、反動で進化する。
それが神々の考えだった。
「つまり俺の仕事は、コイツらの殺戮」
「まあ世の中には、いろんな仕事があるからねぇ。だけど、どうしてあなたが魔王に選ばれたの?」
「顔が怖い、背が高い、筋骨隆々。それが人類の想像する魔王に近いらしい」
「やっぱり」
「ああ、やっぱり」と俺は笑って答えた。
「性格は……きっと、違うかな」と彼女も笑ってくれた。
「……あ、名前、言ってなかったな。ジェイドと言う」
「私はティムリエル。長いからティムでいい」
「ティムリエルさんは、これからどうする?」
「しばらく独りきりでボーっとしたくて、この山岳地帯に来たんで……もう少し良い場所を探す」
「この辺りは魔獣も多いぞ。人類のパーティもこの城に向かって来る。一人で行動するのは止めた方が良い」
「……」
「この城は広いが俺しかいない。部屋もたくさんある。もし良かったら……」
彼女は俺の目を覗き込む。
「その化粧で言われると、身体を切断されて食べられちゃうとか、監禁されちゃうとか、そんなことしか思い浮かばないんだけど」
それはそうだ。
「じゃあ、化粧落としてくるから……ここで待っててくれ」
俺は大急ぎで城に戻って化粧を落とし、庭に向かった。
彼女がどこかに行ってしまわないか、とても不安だった。
だが、彼女は同じ場所にいた。
俺は彼女を見つめ、さっきと同じことを言ってみる。
「この城は広いが俺しかいない。部屋もたくさんあるし、良かったら」
「じゃあ、少しだけ、お邪魔しようかな」
優しい春の青い夜が近づく中、俺は喜びに震えた。
4.
俺は彼女をもてなそうと、腕を振るって夕食を作った。
メインはワイバーンの切り身をローストし、市販のゴブリンの生き血ソースをかけたものだ。
妖精に合うサイズのナイフやフォークは、もちろんない。
俺はワイバーンの肉を、彼女が一口で食べられるように切り分けた。
フォークの代わりに、裁縫用の針を渡す。
だが彼女はその肉を口に入れた瞬間、気絶した。
俺はその小さな身体を抱え、慌てて治癒魔法をかける。
しばらくして、彼女はようやく目を開いた。
「結局……私を毒で殺すつもり……だった?」
魔人が好む魔獣の肉や血のソース。
これらは妖精には、劇物のように感じられるようだ。
俺は何の悪意もないことを説明し、丁寧に何度も詫びた。
そしてワイバーンの肉をドカ食いしてみせた。
「これは毒でも呪いでもない。めちゃくちゃに美味い」
彼女はあきれた顔で俺を眺めている。
俺は彼女に食べられる物を訊いた。
野菜、果物、パン、普通の動物の肉や卵だった。
俺はそれらを、魔人の住処である漆黒の森の市場に買いに行くことにした。
5.
彼女はしばらく独りになるために、わざわざ山岳地帯に来た。
そんな経緯もあり、俺は彼女に干渉しないようにした。
さらに俺と彼女は異種族である。
習慣や価値観に大きな違いがあるだろう。
少なくとも味覚はそうだった。
あれこれと押し付けたり、一緒にいることを強要して、出て行かれては困る。
だから彼女と会うのは、一日三回の食事の時。
他には、たまたま彼女の気が向いて、俺の近くに来た時だけだ。
だが、一人きりで殺戮を繰り返していた俺にとっては、それで十分だった。
暗闇に差し込んだ陽の光。
陳腐な言い回しだが、その通りなのだ。
久しく味わっていなかった暖かさ。
春を春だと感じられる心。
俺は、彼女のために色々なものを用意した。
彼女に煙たがられないように気を付けながら。
椅子や机、ベッド。
食器。
服、櫛、髪飾り。
漆黒の森の職人にサイズを伝えて特注したのだ。
「けっ、お前、いい歳してお人形遊びか?」
ナイフやフォークを作らせた鍛冶屋の魔人が、俺を馬鹿にしてそう言った。
「ああ、楽しくてたまらん。お前もやった方が良い」
彼女は俺に何もねだらなかった。
ただ、一つだけ、彼女が欲しがったものがある。
それは何冊もの小さなノートとインクだ。
何かを書いているのだろうか?
6.
彼女と暮らし始めて、しばらく経った。
だが、特に大きく変わったことはない。
俺は三度の食事を作り、少しだけ話しながら、彼女と一緒に食べる。
俺と彼女は、一緒に「いただきます」「ごちそうさま」と言う。
彼女が魔獣の肉に気絶したこともあり、俺と彼女は別メニューである。
だが、同じメニューを二人が美味いと感じ、喜びを共有できればと思う。
だから、たまには魔人の好みと妖精の好みの中間を狙った料理を用意してみる。
大抵は彼女の怒りを買うだけなのだが……。
食事以外の時間は、彼女は自室にいるようだ。
そして気が向けば、俺の部屋に来る。
その回数は少しずつ増えて行った。
「何をやってるの?」
「なんにも……ティムリエルさんは?」
「特になにも」
そんなやりとりをして、しばらくしてから彼女は自室に戻って行く。
勇者パーティは、相変わらず週に一、二組は来ていた。
例によって庭から「魔王、貴様を討伐しに来たぞ!」という声がする。
俺は庭に向かい、連中の力を確かめてから殺した。
人類が来た時、彼女は城の中から出ようとしない。
そうやって彼女が来てから、夏が過ぎ、秋が来て、冬が近づいた。
俺たちは互いをティム、ジェイドと呼ぶようになった。
俺は漆黒の森の職人に、ティム用の厚手の紺色のコートを作らせた。
背中から羽が出せるようになっている。
「けっ、お前、いい歳して妖精のお人形遊びか?」と仕立て屋の魔人が言う。
「ああ、お前もやった方が良い。お前の淀んだ人生も変わる」と俺は答えた。
7.
その年の冬は、この土地に珍しく雪が何日も続いた。
そんな中でも、勇者パーティは次々と魔王城に現れた。
神々に命じられ、俺が王都近くの村をいくつか焼き払ったからだ。
降り積もる雪のせいだろうか。
俺に殺された勇者パーティの死体は、魔獣に食われることもなく、庭に何日も取り残されていた。
窓から庭を眺めていたティムが言った。
「ジェイド……あの人たち……お墓に埋めてあげよう」
「……墓?」
「そう。魔人も死ねばお墓を建てるでしょ。人間は身体が残るから、それをお墓の下に埋める」
よくわからない話だった。
「ジェイドには人間を殺す理由がある。でも、人間にもここに来る理由がある。それに、あの人たちにも家族がいたり、恋人や友達や……色々あったんだよ。埋めるぐらいはしてあげようよ」
ティムがこういう面倒なことを言うのは初めてだった。
「魔王城の近くに墓を造るのはまずい、庭は論外だ。もし神々に見つかったら、人類に情が移ったと思われかねん。人類の墓を造ってやる魔王がいるかって話だ」
「じゃあ、どこか遠くに造ろう」
俺はそんな面倒なことはしたくなかった。
だが、ティムは一歩も譲らなかった。
大きな水色の瞳で俺をじっと見つめてくる。
仕方なく俺はティムを胸に抱え、雪が吹き荒れる中、空をゆっくりと飛んだ。
人類は東の王都から魔王城に向かってくる。
墓を造るなら、魔王城の西が良いだろう。
長い間飛び、俺とティムは人気のない険しい山の中に降りた。
俺は雪の下の土の質を確かめた。
次いで上空に浮き上がり、氷の魔法でブーメランを作り、地上のまばらな樹々を伐採した。
伐採した樹々は一箇所に運んでまとめた。
まずまずの広さの平地が出来上がった。
それから俺は魔王城に戻り、何体もの人類の死体をひもで縛り、俺の両肩に吊るした。
ティムには背後から俺の首に掴まってもらい、その上にマントを羽織った。
そして俺たちは飛び、その山奥の平地に戻った。
氷魔法で作ったショベルでその地面を深く掘り、死体を埋める。
「雪が溶けたら城の庭にある骨や遺品も、ここに運んで埋めよう。それから墓石にできそうな大きな岩を探そう」
「めんどくせえなぁ」
「うん……だから意味がある」
8.
ティムが城に来て一年が過ぎた。
春だ。
相変わらず勇者パーティは城に来る。
俺は仕事として、彼らを殺す。
そして死体を遠くの墓に運ぶ。
「殺さない訳には、いかないのかなぁ」
ある時ティムが言ったその言葉が、俺の心を揺さぶった。
「そういうことは、考えないようにしてるんだ」
ティムは俺を責めているのだろうか?
決して向き合わないようにしていた気持ち。
殺戮の罪悪感。
それがふと胸に浮かんだ。
それと向き合えば、途方もなく苦しくなるだけだ。
だからいつからか俺は、必死に何も感じないようにしてきた。
むしろ人類を憎もうとしてきた。
下等な弱者だと。
だがそれは、いつも俺の胸の中のどこかにいた。
神々を恐れ、怯え、命じられた殺戮を拒否できない、憐れで惨めな俺。
どこにも逃げられない俺。
苦しくて、今にも泣き出しそうな俺。
それが見えそうになった時は、倒れるまで酒を飲んだ。
魔法で自分の感情を操れるなら、そうしただろう。
墓。
ティムが俺に墓を造ろうと言った理由が、分かった気がする。
それは俺のためでもあるのだ。
俺の胸の苦しみをわずかでも和らげるための墓。
それから俺は、勇者パーティを殺めるたびに、その死体をその墓に丁寧に埋め、彼らにすまないと何度も詫びるようになった。
墓には、漆黒の森で買ってきた花の種を蒔いた。
痩せた土地でも育つ、小さく地味な青い花だ。
それから四百年、その山奥の墓は広がり続け、おびただしい数の人類が埋められることになる。
青く小さな花は、埋められた勇者たちの上で、際限もなく咲き乱れていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
長編化した本編【魔王の贖罪】は以下で連載中です。
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また、外伝【竜の通り道】は以下で完結しております。
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