第92話 見えない規則
騒ぎは、あっけなく収まった。
取り押さえられた男は抵抗もできず連れていかれ、商人と運搬人もそれぞれの立場を取り戻す。周囲にいた人々も、何事もなかったかのように散っていった。
だが、違和感は消えない。
むしろ、はっきりと残った。
◇ ◇ ◇
「……早すぎますね」
エドワードが小さく言う。
「普通なら、もう少し尾を引くはずです」
レオは頷いた。
争いは終わった。だが、解決したわけではない。
◇ ◇ ◇
「終わらされたんだ」
レオの言葉に、エドワードが視線を向ける。
◇ ◇ ◇
「この街では、“揉め事は長引かない”」
「誰かが必ず、終わらせる」
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それが自然に見えるように処理されている。
だから表面は常に流れている。
「……管理されている」
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エドワードが呟く。
◇ ◇ ◇
レオは小さく息を吐いた。
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「秩序じゃない」
「制御だ」
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言葉の意味は似ている。
だが本質は違う。
◇ ◇ ◇
通りを歩きながら、レオは周囲を見渡す。人は動き続けている。声も戻り、取引も止まらない。混乱は存在しない。
それが、この街の“正しさ”だ。
◇ ◇ ◇
「さっきの件も」
エドワードが続ける。
「最初から仕組まれていた可能性があります」
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レオは否定しない。
「その可能性は高い」
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「俺たちに見せるための問題」
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壊さずに動かす。
その実例。
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「つまり」
エドワードが言う。
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「試験、ということですか」
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レオはわずかに笑った。
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「採点付きのな」
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そのとき、背後から声がした。
「及第点だ」
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二人が振り向く。
あの案内役の男だった。
「思ったより早かった」
軽い調子。
だが、その目は観察者のそれだった。
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「最初から仕組んでいたのか」
レオが問う。
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男はあっさり頷く。
「もちろん」
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「この街では、すべてが教材になる」
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その言葉に、エドワードの表情がわずかに険しくなる。
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「人も、ですか」
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男は笑う。
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「特に、だ」
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迷いがない。
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レオは静かに男を見た。
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「……効率的だな」
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否定ではない。
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男は満足そうに頷く。
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「だろう?」
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「だから、この街は回り続ける」
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止まらない。
崩れない。
すべてが調整されている。
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レオは少しだけ考えた。
そして言う。
◇ ◇ ◇
「だが、それは——」
◇ ◇ ◇
「歪む」
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男の目が、わずかに細くなる。
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「いずれな」
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否定はしない。
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「だからこそ、動かし続ける」
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同じ理屈。
同じ思想。
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だが、その先が違う。
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レオは視線を外し、通りを見た。
流れ続ける人々。
止まらない街。
◇ ◇ ◇
「……壊さずに変える」
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小さく呟く。
◇ ◇ ◇
男が笑う。
◇ ◇ ◇
「まだ言うか」
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レオは振り返る。
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「やるって言っただろ」
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短い言葉。
だが、揺るがない。
◇ ◇ ◇
男は少しだけ考えた。
そして頷く。
◇ ◇ ◇
「いい」
◇ ◇ ◇
「では、次だ」
◇ ◇ ◇
試練は終わらない。
むしろ、ここからが本番だった。
◇ ◇ ◇
この街の均衡は、簡単には崩れない。
そして——。
その均衡をどう動かすかが、レオに課された課題だった。
物語は、さらに深く“流れ”の中へと進んでいく。




