第71話 守りきれないもの
襲撃から一夜が明けた。
フェルトハイムの朝は、いつもと同じように始まった。市場は開き、人々は行き交う。だが、その空気は確かに変わっていた。
視線が多い。
囁きが増えている。
そして何より——静かすぎる。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の中。
ルナは、いつもより静かだった。
パンを手に持ったまま、ぼんやりしている。
「ルナ?」
ミレイが優しく声をかける。
ルナは少し遅れて顔を上げた。
「……ぱぱ」
「うん?」
「きのうのひと、またくる?」
ミレイの胸が、強く締め付けられる。
◇ ◇ ◇
レオは少しだけ言葉に詰まった。
そして、ゆっくり答える。
「来ないようにする」
嘘ではない。
だが、約束でもない。
ルナは小さく頷いた。
それ以上は何も聞かなかった。
◇ ◇ ◇
ソラはいつも通り、無邪気に手を動かしている。
何も知らない。
それが、救いでもあり——怖さでもあった。
◇ ◇ ◇
そのとき、扉が開く。
ガレスだった。
「レオ、ちょっといいか」
声は低い。
ただ事ではない。
◇ ◇ ◇
店の裏手。
ガレスが腕を組む。
「昨日の件でな」
「町の連中、かなり動揺してる」
レオは頷く。
「分かってる」
「それだけじゃねぇ」
ガレスは続ける。
「“やっぱり危ない町になった”って話が出てる」
◇ ◇ ◇
レオの視線がわずかに揺れる。
◇ ◇ ◇
「……そうか」
◇ ◇ ◇
「お前のせいじゃねぇ」
ガレスが言う。
「でもよ」
一拍置く。
「結果はそう見える」
◇ ◇ ◇
レオは何も言わなかった。
否定できない。
自分が来てから、すべてが動き始めた。
◇ ◇ ◇
「どうする?」
ガレスが聞く。
◇ ◇ ◇
レオは静かに答えた。
「守る」
◇ ◇ ◇
「やり方は?」
◇ ◇ ◇
一瞬の沈黙。
◇ ◇ ◇
「……まだ考えてる」
◇ ◇ ◇
その言葉に、ガレスは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めた。
◇ ◇ ◇
一方、議事館。
三国代表の間にも、影が落ちていた。
「襲撃があった」
セルゲイが言う。
「中立都市で」
その声は低い。
◇ ◇ ◇
アシュレイが続ける。
「つまり、均衡は破られた」
◇ ◇ ◇
レオは首を振る。
「違う」
◇ ◇ ◇
「まだ破られていない」
◇ ◇ ◇
セルゲイが目を細める。
「根拠は?」
◇ ◇ ◇
レオは答えた。
「三国は戦っていない」
◇ ◇ ◇
沈黙。
◇ ◇ ◇
アシュレイが小さく笑う。
「だが町は揺れている」
◇ ◇ ◇
それが、問題だった。
◇ ◇ ◇
その頃。
フェルトハイムの外れ。
黒い外套の男が報告を受けていた。
「襲撃は失敗」
「だが」
部下が続ける。
「町の空気は変わりました」
◇ ◇ ◇
男は満足そうに頷く。
「十分だ」
◇ ◇ ◇
「恐怖は、残った」
◇ ◇ ◇
そして言う。
「次は」
◇ ◇ ◇
「日常を壊す」
◇ ◇ ◇
その目は、冷たかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
金獅子亭。
ルナはミレイのそばから離れなかった。
以前なら外で遊びたがる時間なのに。
◇ ◇ ◇
「……まま」
「どうしたの?」
「いっしょにいて」
◇ ◇ ◇
ミレイは優しく抱きしめた。
「大丈夫よ」
そう言いながら。
自分の心も、同じように揺れていることに気づく。
◇ ◇ ◇
レオはその光景を見ていた。
胸の奥が、重くなる。
◇ ◇ ◇
守ったはずだった。
だが——。
◇ ◇ ◇
恐怖は、残った。
◇ ◇ ◇
それが現実だった。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの夜は静かだ。
だがその静けさの中で。
少しずつ、確実に——
何かが壊れ始めていた。




