第7話 監視の目と、止められない想い。
レオの秘密を知ってから、一週間が経った。
ミレイは、以前よりもレオのことが——愛おしくてたまらなくなっていた。
影武者として生きる苦しみ。
誰にも本当の自分を見せられない孤独。
それを抱えながら、毎日を生きているレオ。
守りたい。
支えたい。
その想いが、日に日に強くなっていた。
今日も、ミレイは森へ向かった。
レオからの手紙には、「今日、必ず会いに行く」と書いてあった。
泉のほとりで待っていると——。
「ミレイ!」
レオが、いつものように駆け寄ってきた。
「レオさん!」
二人は抱き合った。
でも——。
何かが、違う。
ミレイは、すぐに気づいた。
レオの表情が、どこか強張っている。
「レオさん……どうかしましたか?」
「え? ううん、何でもないよ」
レオは、笑顔を作った。
でも、その笑顔は——どこか、無理をしている。
「本当ですか……?」
「本当。大丈夫」
レオは、ミレイの頭を撫でた。
「それより、君に会えて嬉しい。ずっと会いたかった」
「私も……です」
二人は座った。
でも、ミレイの心には——違和感が残っていた。
何か、隠してる。
◇ ◇ ◇
しばらく、他愛のない話をした。
でも、レオは時々——森の入り口の方を、チラチラと見ている。
「レオさん」
「うん?」
「本当に、何もないんですか?」
ミレイは、真剣な顔で聞いた。
レオは、少し迷った。
それから——。
「……実は」
小さく呟いた。
「最近、監視されてるんだ」
「監視……?」
「うん。王宮の側近に」
レオは、苦笑した。
「僕が頻繁に外出するから、怪しまれてる」
ミレイの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「それって……」
「大丈夫。今日は、まいたから」
レオは、明るく言った。
でも、その目は——笑っていなかった。
「でも、そんな……危ないんじゃ……」
「危なくない。僕、結構逃げるの得意だから」
「レオさん……」
ミレイは、不安になった。
監視されている。
それは——レオの秘密が、バレかけているということ?
「ねえ、ミレイ」
レオが、ミレイの手を握った。
「心配しないで。大丈夫だから」
「でも……」
「僕は、君に会いたい。それだけなんだ」
レオは、ミレイを見つめた。
「監視されようと、何されようと——君に会うことは、やめられない」
その言葉に、ミレイは複雑な気持ちになった。
嬉しい。
でも——怖い。
「レオさん、無理しないでください……」
「無理なんかしてないよ」
レオは、微笑んだ。
「君に会えるなら、何だってする」
「レオさん……」
「君は、僕の——」
そこまで言いかけて、レオは言葉を切った。
それから——いきなり、ミレイを抱きしめた。
「んっ……!?」
「ごめん。急に不安になって」
レオの声が、震えていた。
「君を、失いたくないって」
「レオさん……」
「もし、僕の秘密がバレたら——」
レオは、ミレイをさらに強く抱きしめた。
「僕、どうなるか分からない。王宮から追放されるかもしれない。もっと酷い目に遭うかもしれない」
「そんな……」
「でも、それより怖いのは——」
レオは、ミレイの顔を見た。
その目は、恐怖で揺れていた。
「君と、会えなくなること」
ミレイは、胸が苦しくなった。
「大丈夫ですよ……私、どこにも行きません……」
「本当に?」
「本当です」
「約束?」
「約束です」
レオは、ミレイの唇にキスをした。
深く。
切なく。
まるで、確かめるように。
「ん……レオ……さん……」
レオは、なかなか離れなかった。
息が苦しくなるほど、長いキス。
ようやく離れたとき、二人とも息が荒かった。
「ごめん……また、我慢できなかった……」
レオの顔が、真っ赤だった。
「い、いえ……」
ミレイも、顔が熱い。
「君が、愛おしくて……」
レオは、ミレイの頬に手を添えた。
「君に触れてないと、不安で……」
「レオさん……」
ミレイは、レオの手を握った。
この人は——本当に、不安なんだ。
いつ全てを失うか分からない恐怖の中で、生きている。
だから——。
私が、支えなきゃ。
「レオさん、大丈夫ですよ」
ミレイは、優しく微笑んだ。
「私、ずっとレオさんの味方ですから」
「ミレイ……」
「何があっても、私——レオさんを見捨てません」
その言葉に、レオの目から涙が溢れた。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
レオは、またミレイを抱きしめた。
「君がいてくれるから——僕は、まだ頑張れる」
「はい……」
「君だけが、僕の希望なんだ」
ミレイは、レオの背中を撫でた。
温かい。
でも、同時に——。
重い。
この想い。
この依存。
本当に、これでいいんだろうか。
心の奥で、小さな声がした。
でも——。
今は、考えたくない。
ただ、レオを抱きしめていたい。
ミレイは、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
その時。
ガサッ。
茂みが揺れた。
「!」
レオとミレイは、同時に顔を上げた。
「誰!?」
レオが、警戒した声を出す。
すると——。
一人の青年が、姿を現した。
金髪。整った顔立ち。
王宮の制服を着ている。
「ユリウス……!」
レオの顔が、青ざめた。
「申し訳ございません、殿下」
ユリウスと呼ばれた青年は、深々と頭を下げた。
「お探ししておりました」
「どうして……ここが分かった……」
「後をつけさせていただきました」
ユリウスは、申し訳なさそうに言った。
「グレゴリー様の命令で」
レオは、唇を噛んだ。
ミレイは、ユリウスとレオを交互に見た。
「レオさん……この方は……?」
「僕の側近。ユリウス・フォン・アルトハイム」
レオは、苦々しく紹介した。
ユリウスは、ミレイを見た。
その目は——驚きと、困惑に満ちていた。
「殿下……この方は?」
「……僕の、大切な人だ」
レオは、ミレイの手を握った。
「ミレイ。この村の、村娘だ」
ユリウスの目が、さらに大きく見開かれた。
「村娘……ですか……」
「そうだ。何か問題でも?」
レオの声が、トゲのあるものになった。
「いえ……ただ……」
ユリウスは、言葉を選んだ。
「殿下が、このような方と——」
「『このような』とは、何だ」
レオの目が、鋭くなった。
「いえ……失礼しました……」
ユリウスは、再び頭を下げた。
でも——その表情には、明らかに困惑があった。
ミレイは、胸が痛んだ。
『このような』。
そう——自分は、ただの村娘。
落ちこぼれの。
何の取り柄もない。
王子の隣に立つような人間じゃない——。
「ミレイ」
レオが、ミレイの手を強く握った。
「気にしないで。君は、何も悪くない」
「でも……」
「悪いのは、こいつだ」
レオは、ユリウスを睨んだ。
「ユリウス、お前——」
「殿下、お戻りください」
ユリウスは、真剣な顔で言った。
「グレゴリー様が、お怒りです。殿下が無断で外出されることを」
「……断る」
「殿下!」
「僕は、まだミレイと話がある」
レオは、頑なに首を横に振った。
「君は帰れ」
「殿下、お願いします」
ユリウスの声が、懇願するようなものになった。
「これ以上、殿下の立場を危うくしないでください」
「立場なんて、どうでもいい」
レオは、吐き捨てた。
「僕が大切なのは、ミレイだけだ」
その言葉に、ユリウスは絶句した。
「殿下……あなたは、何を……」
「分からないか?」
レオは、ミレイを抱き寄せた。
「僕は、この人がいないと——生きていけないんだ」
「殿下……」
「だから、邪魔するな」
レオの声が、冷たかった。
ユリウスは——深く息をついた。
「……分かりました」
「本当か?」
「はい。今日のところは、見逃します」
ユリウスは、頭を下げた。
「ですが、殿下——」
「何だ」
「いつまでも、このような関係を続けられるとは——思わないでください」
その言葉が、ミレイの胸に刺さった。
「いつか、必ず——決断の時が来ます」
ユリウスは、そう言い残して——森を去って行った。
◇ ◇ ◇
沈黙。
重い沈黙が、二人を包んだ。
「ミレイ……」
レオが、申し訳なさそうに言った。
「ごめん……嫌な思いさせて……」
「いえ……」
ミレイは、首を横に振った。
でも、心は——ざわついていた。
『このような関係を続けられるとは思わないでください』
ユリウスの言葉が、頭から離れない。
そう——これは、いつか終わる。
王子と村娘の恋なんて——。
「ミレイ」
レオが、ミレイの顔を両手で包んだ。
「何考えてるの?」
「え……」
「不安な顔してる」
レオは、心配そうに見つめる。
「ユリウスの言葉、気にしてる?」
「……はい」
ミレイは、正直に答えた。
「私たち——いつまで、こうしていられるんでしょうか」
「ずっとだよ」
レオは、即答した。
「僕は、君と——ずっと一緒にいたい」
「でも……」
「でも、じゃない」
レオは、ミレイの唇にキスをした。
短く。
でも、強く。
「僕は、君を離さない。絶対に」
「レオさん……」
「君がいないと、僕は——何もできないんだ」
レオの目が、必死だった。
「だから、お願い。僕を——見捨てないで」
ミレイは、胸がいっぱいになった。
この人は——本当に、自分を必要としている。
こんなにも。
だったら——。
「見捨てませんよ」
ミレイは、レオを抱きしめた。
「私、レオさんの味方ですから」
「ミレイ……!」
「ずっと、一緒にいます」
「本当に?」
「本当です」
レオは、安堵したように息をついた。
「よかった……君がそう言ってくれて……」
それから、二人はしばらく——抱き合っていた。
でも、ミレイの心には——。
不安が、残っていた。
この先、どうなるんだろう。
レオと、ずっと一緒にいられるんだろうか。
それとも——。
答えは、出ない。
ただ——。
今は、この温もりを——感じていたい。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
王宮。
ユリウスは、グレゴリーに報告していた。
「殿下は、村娘と——密会しておられました」
「村娘、だと?」
グレゴリーは、眉をひそめた。
「ミレイ。ノルン村の、平民です」
「……殿下ともあろうお方が、平民と」
グレゴリーの声が、冷たくなった。
「しかも、殿下は——その娘に、かなり執着しておられるようです」
「執着?」
「はい。『彼女がいないと生きていけない』と——そうおっしゃっていました」
グレゴリーの顔が、険しくなった。
「……厄介だな」
「はい……」
「殿下は、『完璧な王子』でいなければならない。個人的な感情など——許されない」
グレゴリーは、立ち上がった。
「その娘を、調べろ」
「調べる……ですか?」
「ああ。どんな人間なのか。殿下に近づいた目的は何なのか」
「し、しかし……彼女はただの村娘で……」
「だからこそだ」
グレゴリーの目が、鋭く光った。
「殿下がそこまで執着する理由が、分からない。何か——裏があるはずだ」
「……はい」
ユリウスは、頭を下げた。
でも、心の中では——複雑な想いがあった。
あの娘は——悪い人間には見えなかった。
むしろ、殿下を心から心配しているように見えた。
でも……。
それが、本当に殿下のためになるのか——。
ユリウスは、唇を噛んだ。
◇ ◇ ◇
翌日。
ミレイのもとに、またレオからの手紙が届いた。
でも——今回は、いつもと違った。
『ミレイへ
昨日は、ごめん。
ユリウスに見つかって、嫌な思いさせて。
でも、君に会えて——本当によかった。
君がいてくれるから、僕はまだ頑張れる。
ただ——。
これから、少し会えなくなるかもしれない。
王宮の監視が、厳しくなりそうなんだ。
でも、絶対に諦めない。
絶対に、また君に会いに行く。
だから、待っていてほしい。
どんなに時間がかかっても——。
僕は、必ず君のもとへ。
愛してる、ミレイ。
君だけを、愛してる。
レオより』
◇ ◇ ◇
ミレイは、手紙を読んで——涙が溢れた。
「レオさん……」
会えなくなる。
それが、どれほど辛いか。
でも——。
待つ。
何日でも、何ヶ月でも。
レオが来てくれるまで——。
ミレイは、手紙を胸に抱きしめた。
「待ってます……必ず……」
小さく呟いた。
その言葉は、誰にも届かない。
でも——。
きっと、レオには届く。
心は、繋がっているから。
ミレイは、そう信じていた。
◇ ◇ ◇
こうして、二人の関係は——試練の時を迎えた。
王宮からの監視。
会えない日々。
それでも、二人は——互いを想い続ける。
手紙で繋がりながら。
次に会える日を、待ち焦がれながら——。
でも、王宮では——。
ミレイを排除しようとする動きが、始まっていた。
果たして、二人の恋の行方は——。




