第67話 揺れる信頼
翌朝。
フェルトハイムの空は、どこまでも青かった。
だが町の空気は、昨日までとは少し違っていた。
市場はいつも通り開いている。
人々も笑っている。
それでも——。
どこか視線が増えている。
レオが通りを歩くと、ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
すぐに元に戻る。
だがその一瞬が、確かに存在していた。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の朝。
ルナはパンを頬張りながら言った。
「ぱぱ、きょうもおはなし?」
レオは微笑む。
「うん。大事なお話だよ」
ルナは元気よく頷いた。
「ぱぱ、がんばって!」
ミレイはその様子を見ながら、静かにレオを見た。
何も言わない。
だが、その目はすべて分かっている。
レオは頷いた。
大丈夫だ、と。
◇ ◇ ◇
議事館。
三国会談の席。
セルゲイとアシュレイは、すでに座っていた。
レオが席に着くと、セルゲイが言った。
「噂が出ているな」
直球だった。
レオは頷く。
「聞いています」
アシュレイが笑う。
「王国の顧問が三国を操る、か」
「なかなか面白い」
だがその目は、笑っていない。
◇ ◇ ◇
セルゲイが続ける。
「兵の間でも広がっている」
「規律に影響は出ていないが——時間の問題だ」
レオは静かに言った。
「信じますか?」
セルゲイは即答した。
「信じない」
そして続ける。
「だが、放置はしない」
◇ ◇ ◇
アシュレイも言う。
「同じだ」
「噂は毒だ」
「ゆっくり効いてくる」
レオは少し考えた。
対処は必要だ。
だが——。
◇ ◇ ◇
「否定はしません」
レオは言った。
◇ ◇ ◇
二人の目がわずかに動く。
◇ ◇ ◇
レオは続ける。
「否定すればするほど、噂は広がる」
「だから」
「結果で示します」
◇ ◇ ◇
セルゲイが小さく笑った。
「強気だ」
◇ ◇ ◇
アシュレイも頷く。
「嫌いではない」
◇ ◇ ◇
エドワードが言う。
「では、会談を進めましょう」
「交易均衡構想について」
◇ ◇ ◇
議論は再開される。
だがその裏で——。
見えない緊張が走っていた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
フェルトハイムの路地裏。
黒い外套の男が、壁にもたれていた。
通りを歩く人々の声が聞こえる。
「影の王子ってさ」
「本当に操ってるのかもな」
男は静かに笑った。
「いい」
低く呟く。
「育っている」
部下が聞く。
「次は?」
男は答える。
「信頼は」
一拍置く。
「一度揺れれば、元には戻らない」
◇ ◇ ◇
その夕方。
金獅子亭。
レオが戻ると、店内は少し静かだった。
いつもより、客の視線が多い。
話し声が少し小さい。
ガレスがカウンターから言う。
「気にすんな」
だがその声も、少し低い。
◇ ◇ ◇
ミレイが近づいてきた。
「……やっぱり、少し広がっています」
レオは頷いた。
「分かってる」
◇ ◇ ◇
そのとき。
ひとりの客が立ち上がった。
中年の男。
少し酔っている。
「なあ」
店内の空気が止まる。
「本当なのか?」
レオを見る。
「お前が、全部仕組んでるって話」
◇ ◇ ◇
静寂。
◇ ◇ ◇
ガレスが一歩出る。
「おい」
だがレオは手で制した。
◇ ◇ ◇
レオはゆっくり言った。
「違います」
短く。
それだけ。
◇ ◇ ◇
男はしばらくレオを見ていた。
そして。
「……そうか」
座り直した。
◇ ◇ ◇
ざわめきが戻る。
だが。
完全には戻らない。
◇ ◇ ◇
ミレイがそっとレオの手を握った。
温かい。
◇ ◇ ◇
信頼はまだある。
だが——揺れている。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの夜は、静かだった。
だがその静けさの中で。
均衡は、少しずつ崩れ始めていた。




