第64話 守るということ
その夜。
フェルトハイムの町は静かだった。
三国の使節団が滞在しているとは思えないほど、穏やかな夜。
酒場からは笑い声が聞こえ、通りには温かな灯りが揺れている。
だが——金獅子亭の二階の部屋では、どこか緊張した空気が残っていた。
ルナとソラは、すでに眠っている。
小さな寝息。
静かな呼吸。
レオはベッドのそばに座り、二人の寝顔を見つめていた。
ルナの髪をそっと撫でる。
ソラの小さな手を指で包む。
守りたい。
その想いが胸の奥で、重く確かな形を持っていた。
ミレイが静かに言う。
「……怖いですか」
レオは少し考えてから答えた。
「うん」
正直だった。
「敵がいること自体は怖くない。でも——」
子どもたちを見る。
「この子たちに近づくのが怖い」
ミレイはレオの手を握った。
温かい手だった。
「大丈夫です」
ミレイは言う。
「レオさんは、一人じゃありません」
レオは少し笑った。
「そうだね」
この町には仲間がいる。
そして、家族がいる。
それだけで、立ち向かう理由は十分だった。
◇ ◇ ◇
部屋の外へ出ると、廊下にガレスが立っていた。
「見回りしてきた」
腕を組んだまま言う。
「怪しい奴は?」
レオが聞く。
「今んとこはな」
ガレスは肩をすくめた。
「でもよ」
少し声を落とす。
「ミラから聞いた」
市場での黒外套の男の話。
レオは頷く。
「敵は町に入ってる可能性が高い」
ガレスは少し黙ってから言った。
「でもな」
拳を軽く叩く。
「この町は俺たちの町だ」
「変な奴は、そのうち必ず見つかる」
レオは少し肩の力が抜けた。
「ありがとう」
ガレスは笑う。
「礼はいらねぇよ」
「お前らは仲間だ」
その言葉は、何より心強かった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
フェルトハイムの外れにある小さな宿。
黒い外套の男が窓の前に立っていた。
町の灯りが遠くに見える。
「警戒が強い」
部下が言う。
「どうします」
男は静かに答えた。
「急ぐ必要はない」
机の上には地図が広げられている。
王国の交易路。
そして中央には——フェルトハイム。
男は小さく笑った。
「均衡は」
低く呟く。
「ゆっくり壊すものだ」
そして言う。
「次は」
「町の中から崩す」
◇ ◇ ◇
金獅子亭の窓から、レオは町を見ていた。
フェルトハイムの灯り。
静かな通り。
温かな夜。
だが、その灯りのどこかに——敵がいる。
レオは静かに拳を握った。
守るということ。
それは、戦うことだけではない。
警戒し、疑い、耐えること。
そして——
家族を守る覚悟を持ち続けること。
フェルトハイムの夜は静かだ。
だが、その静けさの奥で。
次の嵐が、ゆっくりと近づいていた。




