第63話 町に潜む影
フェルトハイムの昼下がり。
広場の市場は、いつも以上に賑わっていた。
王国の商人。
連邦の交易人。
公国の使節。
三国会談の影響で、人の流れは増えている。
町の人々は忙しそうだが、どこか誇らしげだった。
自分たちの町が、世界の中心になっている。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の前。
ルナはソラを乗せた小さな乳母車を押していた。
「ソラ、みて!」
通りの大道芸人が火を吹く。
ソラはまだよく分かっていないが、小さく声を出した。
「うー」
◇ ◇ ◇
ミレイはその様子を見て微笑む。
こんな平和な時間があるからこそ、レオは頑張れるのだろう。
◇ ◇ ◇
そのとき。
ミレイは、ふと違和感を覚えた。
◇ ◇ ◇
市場の端。
黒い外套の男。
◇ ◇ ◇
観光客のように見える。
だが。
目が動かない。
◇ ◇ ◇
ずっと。
ルナとソラを見ている。
◇ ◇ ◇
ミレイの背筋が冷えた。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
男は視線に気づいたように、ゆっくり背を向けた。
そして人混みに消える。
◇ ◇ ◇
ミレイはすぐルナの肩に手を置いた。
「ルナ」
「うん?」
「今日は、もう帰りましょう」
◇ ◇ ◇
ルナは不思議そうにする。
「えー?まだあそびたい」
ミレイは優しく言う。
「ソラも疲れちゃうから」
「……わかった」
◇ ◇ ◇
ミレイは歩きながら、何度も後ろを確認した。
もう男の姿はない。
◇ ◇ ◇
だが。
胸のざわめきは消えなかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
レオが金獅子亭に戻る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
ミレイはすぐレオの手を掴んだ。
「レオさん」
◇ ◇ ◇
レオはすぐ気づく。
ただ事ではない。
◇ ◇ ◇
部屋に入るとミレイが言った。
「今日、市場で……」
黒い外套の男。
子どもたちを見ていたこと。
消えたこと。
◇ ◇ ◇
レオの目が変わる。
◇ ◇ ◇
「……間違いない」
◇ ◇ ◇
海商ギルドの影。
◇ ◇ ◇
レオは窓の外を見る。
フェルトハイムの町。
平和な灯り。
◇ ◇ ◇
だが。
敵はもう、町の中にいる。
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「護衛を増やす」
「それと」
ミレイを見る。
「しばらく、子どもたちは外出を控えよう」
◇ ◇ ◇
ミレイは頷いた。
「分かりました」
◇ ◇ ◇
そのとき。
ルナが部屋に入ってくる。
「ぱぱー!」
◇ ◇ ◇
レオはすぐ笑顔を作った。
「どうした?」
「ソラ、ねた!」
◇ ◇ ◇
ルナはレオに抱きつく。
「ぱぱ、だいすき!」
◇ ◇ ◇
レオはルナを抱き上げる。
小さな体。
温かい。
◇ ◇ ◇
守る。
◇ ◇ ◇
この家族を。
この町を。
◇ ◇ ◇
一方。
フェルトハイムの外れの宿。
◇ ◇ ◇
黒い外套の男が戻っていた。
「確認しました」
◇ ◇ ◇
机の向こうの男が聞く。
「子どもは?」
◇ ◇ ◇
「二人」
「娘と息子」
◇ ◇ ◇
男は静かに笑った。
「なるほど」
◇ ◇ ◇
そして言う。
「影の王子の弱点か」
◇ ◇ ◇
窓の外。
フェルトハイムの灯り。
◇ ◇ ◇
男は静かに言った。
「均衡を壊すのは簡単だ」
◇ ◇ ◇
「守るものを奪えばいい」
◇ ◇ ◇
その言葉は、静かに夜に溶けた。
均衡の町フェルトハイム。
だがその内側で——
危機は、確実に近づいていた。




