第62話 見えない敵
フェルトハイムの朝は、昨日と同じように始まった。
市場の鐘。
パンの匂い。
広場に集まる人々。
だが、この町の空気はどこか違っていた。
三国の兵士。
外交官。
護衛。
普段は見ない顔が、町に増えている。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の朝食の席。
ルナが窓を見て言った。
「へんなおじさん、いっぱい」
ミレイが苦笑する。
「今日はお客さんが多いのよ」
レオはパンをちぎりながら言った。
「この町は今、世界で一番忙しい町だからね」
◇ ◇ ◇
ルナは考えて言う。
「ぱぱのせい?」
レオは少し考えてから答えた。
「……半分くらい」
ミレイが笑った。
◇ ◇ ◇
そのとき扉が開く。
「レオ」
入ってきたのはエドワードだった。
表情は穏やかだが、目は仕事の顔。
「少し時間をもらえますか」
レオは頷いた。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の裏の部屋。
エドワードが地図を広げる。
「海商ギルドの動きが分かりました」
◇ ◇ ◇
レオの目が鋭くなる。
◇ ◇ ◇
「北方街道だけではありません」
エドワードは指を動かす。
港。
山道。
交易路。
「王国の主要交易路の多くに、彼らの商隊がいます」
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「つまり」
◇ ◇ ◇
「王国の経済は、かなり握られている」
◇ ◇ ◇
エドワードは頷いた。
「戦争が起きれば」
「輸送」
「武器」
「食料」
「すべて彼らが儲かる」
◇ ◇ ◇
レオは息を吐いた。
だから均衡を壊したい。
だから武装集団を送り込んだ。
◇ ◇ ◇
エドワードは言う。
「問題はもう一つ」
レオが顔を上げる。
「海商ギルドは」
「国ではありません」
◇ ◇ ◇
レオは苦笑する。
「つまり外交が通じない」
◇ ◇ ◇
「その通りです」
◇ ◇ ◇
しばらく沈黙。
◇ ◇ ◇
レオは窓の外を見る。
フェルトハイムの通り。
市場。
人々。
◇ ◇ ◇
「……だったら」
レオは言った。
「外交ではなく」
「商売で勝つ」
◇ ◇ ◇
エドワードが眉を上げる。
「商売?」
◇ ◇ ◇
レオは頷く。
「彼らの武器は金です」
「なら」
「こちらも金で戦う」
◇ ◇ ◇
エドワードはゆっくり笑った。
「なるほど」
「王国商会ですね」
◇ ◇ ◇
レオは言う。
「交易を国が守る」
「そうすれば」
「戦争で儲ける者たちの力は弱くなる」
◇ ◇ ◇
エドワードは頷いた。
「三国会談に、新しい議題ができました」
◇ ◇ ◇
一方その頃。
フェルトハイムの外れ。
小さな宿屋。
◇ ◇ ◇
黒いマントの男が、机に座っていた。
その前に報告する部下。
「武装集団は撤退しました」
◇ ◇ ◇
男は静かに笑う。
「構わん」
◇ ◇ ◇
「本命ではない」
◇ ◇ ◇
男は窓の外を見る。
フェルトハイム。
小さな町。
◇ ◇ ◇
「均衡外交」
男は呟く。
「影の王子」
◇ ◇ ◇
そして静かに言った。
「面白い」
◇ ◇ ◇
「だが」
「均衡は壊れる」
◇ ◇ ◇
男の机の上には、一枚の地図。
王国の交易路。
◇ ◇ ◇
その中央。
赤い印。
◇ ◇ ◇
フェルトハイム。
◇ ◇ ◇
男は小さく笑った。
「次は」
◇ ◇ ◇
「町の中だ」
◇ ◇ ◇
均衡はまだ保たれている。
だが敵は、すでに町の中へ入っていた。
物語は、静かに次の局面へ進んでいく。




