第61話 均衡の代償
フェルトハイムの町に、静けさが戻っていた。
北方街道での騒ぎは終わり、武装集団は森の奥へ撤退した。
町の人々は胸をなで下ろし、広場では再び市場の声が戻っている。
パン屋の煙。
荷車の音。
子どもたちの笑い声。
何事もなかったような日常。
だが——。
議事館の中では、まだ緊張が解けていなかった。
◇ ◇ ◇
三国代表は再び円卓に座っていた。
レオ。
セルゲイ。
アシュレイ。
そしてエドワード。
◇ ◇ ◇
セルゲイが静かに言った。
「今日の出来事は興味深い」
指を組む。
「武装集団は、会談を狙っていた」
「つまり」
「誰かが、この会談を壊したがっている」
◇ ◇ ◇
アシュレイが肩をすくめる。
「候補は三つ」
「連邦」
「公国」
「あるいは王国の内部」
◇ ◇ ◇
エドワードが言う。
「王国内部の可能性は否定できません」
「改革に反対する貴族は多い」
◇ ◇ ◇
セルゲイが目を細める。
「だが四十人の武装兵」
「資金が必要だ」
◇ ◇ ◇
アシュレイが続ける。
「つまり——」
「単なる貴族の反乱ではない」
◇ ◇ ◇
沈黙。
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「狙いは単純です」
二人の視線が集まる。
「三国を疑わせること」
◇ ◇ ◇
セルゲイが頷く。
「成功しかけた」
◇ ◇ ◇
アシュレイが笑う。
「だが失敗した」
◇ ◇ ◇
レオは言う。
「今日、三国は協力しました」
「それを壊したい勢力がいる」
◇ ◇ ◇
セルゲイが低く言う。
「つまり」
「第四の勢力」
◇ ◇ ◇
その言葉が部屋に落ちる。
◇ ◇ ◇
エドワードが書類を広げた。
「最近、北方街道の交易に異常があります」
「正体不明の商会」
「資金の流れが不透明」
◇ ◇ ◇
アシュレイが興味深そうに言う。
「影の商人か」
◇ ◇ ◇
セルゲイが頷く。
「戦争で儲ける者たち」
◇ ◇ ◇
レオは小さく息を吐いた。
戦争は国が起こすとは限らない。
むしろ——。
戦争を望む者が、国を動かすこともある。
◇ ◇ ◇
そのとき、扉が開いた。
侍従が言う。
「報告です」
「武装集団の遺留品を確認しました」
◇ ◇ ◇
机に置かれたのは、小さな金属片。
◇ ◇ ◇
セルゲイが目を細める。
「……これは」
◇ ◇ ◇
アシュレイが低く言った。
「海商ギルドの印」
◇ ◇ ◇
エドワードが顔を上げる。
「海商ギルド?」
◇ ◇ ◇
セルゲイが言う。
「巨大な交易組織だ」
「国より古い」
◇ ◇ ◇
アシュレイが続ける。
「そして」
「戦争で最も儲かる者たち」
◇ ◇ ◇
沈黙。
◇ ◇ ◇
レオは窓の外を見る。
フェルトハイムの町。
平和な市場。
子どもたち。
◇ ◇ ◇
この町を壊したがる理由。
それは単純だった。
平和は、金にならない。
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「どうやら」
「本当の相手が見えてきましたね」
◇ ◇ ◇
セルゲイが笑う。
「外交は楽しくなってきた」
◇ ◇ ◇
アシュレイも笑う。
「均衡は、守る価値がある」
◇ ◇ ◇
エドワードが頷く。
「王国も同じです」
◇ ◇ ◇
三国の視線が交わる。
◇ ◇ ◇
この瞬間。
フェルトハイムの会談は——
三国の争いではなく、
共通の敵への戦いへと変わり始めていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
レオは金獅子亭の外に立っていた。
空には星。
町は静かだ。
◇ ◇ ◇
ミレイが隣に立つ。
「会談は、どうでしたか」
◇ ◇ ◇
レオは少し笑った。
「思ったより大変だ」
◇ ◇ ◇
ミレイも笑う。
「でも」
「レオさんなら、大丈夫です」
◇ ◇ ◇
レオはミレイの手を握った。
温かい。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの灯りが揺れる。
この町を守るための外交。
だがその先には——
まだ見えない敵がいる。
◇ ◇ ◇
三国の均衡は、始まったばかり。
そして。
影の商人たちとの戦いもまた、静かに始まろうとしていた。




