第56話 三国の席
フェルトハイムの朝は、いつもより早く目覚めた。
町の広場には、三つの旗が掲げられている。
王国。
南方公国。
北方連邦。
小さな町が、今や世界の中心だった。
◇ ◇ ◇
金獅子亭の窓から、ルナが外を見ていた。
「すごい……ひと、いっぱい」
広場には兵士と外交官が行き交っている。
「お城みたい」
ミレイが苦笑した。
「今日は、少し特別な日なの」
ルナは振り向く。
「ぱぱ、きょう、おはなしするの?」
「そうだよ」
レオは優しく頷いた。
「けんかしないように、話す日だ」
ルナは考えて言った。
「じゃあ、ぱぱ、えらい」
レオは思わず笑った。
「そうかな」
◇ ◇ ◇
広場。
会談の席は、町の議事館に設けられていた。
普段は町議会が使う小さな建物だ。
だが今日は違う。
王国騎士団。
公国重騎士。
連邦衛兵。
それぞれが距離を保ち、睨み合う。
◇ ◇ ◇
最初に入ったのは北方連邦。
整然とした足並み。
冷たい灰色の制服。
その中央に立つ男。
連邦代表、セルゲイ・ヴァルコフ。
鋭い目の軍人外交官だ。
◇ ◇ ◇
続いて南方公国。
豪華な衣装の外交団。
重騎士が鎧を鳴らす。
そして先頭。
アシュレイ・マルセリア。
いつもの静かな笑み。
◇ ◇ ◇
最後に入るのは王国。
先頭に立つのは、レオ。
大きな王冠も、豪華な衣装もない。
だが。
その歩みは迷いがなかった。
◇ ◇ ◇
会議室。
円卓が置かれている。
三つの席。
レオ。
アシュレイ。
セルゲイ。
三国の均衡。
◇ ◇ ◇
最初に口を開いたのは北方連邦だった。
「王国の提案により、三国会談が開かれた」
セルゲイの声は低い。
「議題は、地域安定と通商均衡」
アシュレイが微笑む。
「美しい言葉だ」
「だが実際には——」
「勢力争いでしょう」
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「そうかもしれない」
「だからこそ」
「ここで話す」
◇ ◇ ◇
セルゲイは腕を組む。
「王国はどちらにも属していない」
「それが問題だ」
「均衡は、弱い国が作る幻想だ」
◇ ◇ ◇
アシュレイが笑う。
「連邦はいつもそうだ」
「力で秩序を作る」
「だが海は違う」
「港は均衡で成り立つ」
◇ ◇ ◇
二人の視線が交差する。
空気が重くなる。
レオはそれを見ていた。
そして言った。
「だから、ここに来てもらった」
二人の視線がレオへ向く。
◇ ◇ ◇
レオは続けた。
「王国はどちらにも属さない」
「だが」
「どちらとも敵にならない」
◇ ◇ ◇
沈黙。
◇ ◇ ◇
セルゲイが低く笑った。
「理想だ」
「だが理想は国を守らない」
◇ ◇ ◇
レオは首を振った。
「違う」
「守る」
そして言った。
「均衡は、弱さじゃない」
「選択だ」
◇ ◇ ◇
窓の外。
フェルトハイムの町が見える。
市場。
子ども。
パン屋。
普通の生活。
レオは静かに言った。
「この町が、守りたいものだ」
◇ ◇ ◇
アシュレイは窓の外を見た。
セルゲイも。
小さな町。
軍隊も城もない。
◇ ◇ ◇
セルゲイが言った。
「この町を、外交の舞台にした理由か」
レオは頷いた。
「そう」
◇ ◇ ◇
「戦争は、ここでは似合わない」
◇ ◇ ◇
沈黙。
長い沈黙。
◇ ◇ ◇
やがて。
アシュレイが笑った。
「……面白い」
セルゲイも小さく笑う。
「確かに」
◇ ◇ ◇
三国の席。
まだ結論は出ない。
だが。
戦争でもない。
従属でもない。
◇ ◇ ◇
均衡の外交が、始まった。
小さな町フェルトハイムで。
世界を揺らす会談が、動き始める。
◇ ◇ ◇
三国の思惑は、まだ隠されたまま。
だがこの会談は——
確実に歴史の一歩になる。




