第53話 見えない手
王国へ帰還したレオ。
外交は成功。
条約は保たれた。
だが――
王都の空気が、どこか違う。
◇ ◇ ◇
屋敷。
ミレイは静かに報告を受ける。
「最近、見慣れない女が市場にいます」
侍女の声は低い。
「子どもをじっと見ていたと」
ミレイの背筋に冷たいものが走る。
◇ ◇ ◇
数日後。
ルナとソラを連れて庭へ出たとき。
遠くの石柱陰に、一瞬だけ人影。
見たことのない紋様のブローチ。
王国でも公国でもない。
◇ ◇ ◇
その夜。
レオに報告する。
「第三国の可能性がある」
北方連邦。
公国を牽制していた国。
彼らは外交均衡を歓迎しない。
均衡は“安定”を生む。
不安定な国の方が扱いやすい。
◇ ◇ ◇
エドワードが低く言う。
「王位を揺さぶるには、家族が最短だ」
殺さない。
奪わない。
ただ不安を植え付ける。
レオの理性を鈍らせる。
政治判断を狂わせる。
◇ ◇ ◇
翌日。
ルナが言う。
「ねえまま」
「こないだ、おねえさんが“おうじさまのおひめさま?”ってきいた」
ミレイの手が止まる。
甘い声。
優しい笑顔。
毒は、いつも柔らかい。
◇ ◇ ◇
王宮警備を強化。
移動経路を変更。
だが。
“姿が掴めない”。
これは挑発ではない。
観察。
◇ ◇ ◇
その夜。
ソラの寝室の窓に。
小さな石。
封蝋付きの紙片。
レオが開く。
短い一文。
「王位は血でなく揺らぎで倒れる」
署名なし。
だが封蝋は北方連邦商館の蝋質。
薄く混ぜられた特殊樹脂。
決定打にならない灰色。
それが一番厄介。
◇ ◇ ◇
石に巻かれていた紙片は、ただの脅しではない。
「王位は血でなく揺らぎで倒れる」
血統問題を再燃させ、
内部に不信を生む。
だがそれだけではない。
北方連邦は理解している。
王国の政治を動かすのは――今、レオだ。
その判断力を狂わせる最短距離は、
家族を揺らすこと。
◇ ◇ ◇
エドワードが報告する。
「北方連邦は、近年“保護外交”を多用している」
「不安定国の王族に“安全保障提案”を持ちかける」
つまり。
不安を煽り、
その解決策として“連邦依存”を差し出す。
◇ ◇ ◇
レオは静かに言う。
「こちらから揺らがない」
「恐怖を表に出さない」
北方の狙いは不安拡散。
ならば。
不安を見せない。
◇ ◇ ◇
ミレイはレオを見つめる。
「私も、動きます」
レオが眉を上げる。
「何を?」
「北方商館へ行きます」
「公式ではなく、社交の形で」
レオは一瞬、止めかける。
だが。
彼女の目は揺れていない。
◇ ◇ ◇
翌日。
ミレイはあえて表へ出る。
ルナの手を引き、
ソラを抱き、
市場を歩く。
護衛は見える範囲に。
堂々と。
噂を消す最短手は、
“怯えていない姿”を見せること。
◇ ◇ ◇
北方商館。
応接室。
ミレイは柔らかく微笑む。
「最近、我が家の庭に石が飛んできまして」
商館長の顔が固まる。
「子どもが驚きました」
静かだが重い一言。
「偶然でしょうか?」
◇ ◇ ◇
それは脅しではない。
宣言。
こちらも見ている。
北方は理解する。
この家族は、揺れない。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷。
レオが静かに言う。
「君は、本当に強い」
ミレイは微笑む。
「家族ですから」
ルナが眠りながら呟く。
「まま、かっこいい」
ソラが小さく笑う。
◇ ◇ ◇
北方連邦商館。
商館長が報告書を書く。
「対象は心理的動揺を見せず」
「揺さぶり戦術、効果薄」
それでも。
完全に手を引くわけではない。
国際均衡は続く。
◇ ◇ ◇
レオは窓の外を見る。
外交戦とは、見えない力比べ。
だが。
家族が揺らがなければ、国も揺らがない。
政治は拡張した。
国内 → 公国 → 第三国。
王国は、今や三方向から試されている。




