第52話 海を越える誓約
公国訪問が正式に決まった。
「王族補佐位として、レオ殿に同行していただく」
エドワードが言う。
「条約再確認は対等であるべきだ」
つまり。
公国側の“確認要求”を逆手に取り、
こちらも精査に赴く。
◇ ◇ ◇
屋敷。
ミレイは静かに話を聞いていた。
「公国へ……ですか?」
「うん」
レオは頷く。
「僕が行く」
短い沈黙。
「危険は?」
「公的訪問だ。露骨なことはできない」
だが。
油断はできない。
◇ ◇ ◇
ルナが首を傾げる。
「ぱぱ、どこいくの?」
「遠い国だよ」
「おみやげある?」
レオは笑う。
「ある」
その笑顔の裏で、緊張が走る。
◇ ◇ ◇
数日後。
王国の船団は南方へ向かった。
蒼い海。
強い風。
公国の港は、王国よりも巨大だった。
要塞のような波止場。
軍艦の多さ。
明確な軍事国家。
◇ ◇ ◇
出迎えたのはアシュレイ。
完璧な礼。
「ようこそ、補佐位殿」
言葉は丁寧。
だが目は測っている。
◇ ◇ ◇
公国王都は、華やかで冷たい。
規律が強い。
笑顔は少ない。
「歓迎晩餐を用意しました」
条約再確認の前に、心理戦。
◇ ◇ ◇
晩餐の席。
公国王が座す。
壮年の男。
強い視線。
「王族補佐位か」
一言。
値踏み。
レオは一歩も引かない。
「条約は両国の未来を守るもの」
「その再確認に来ました」
空気が凍る。
公国王は静かに笑う。
「若いな」
◇ ◇ ◇
翌日。
公国王城、条約精査会議。
重厚な石造りの円卓。
両国の法務官、軍務官、書記官が並ぶ。
空気は冷たい。
◇ ◇ ◇
アシュレイが条約原本を開く。
「第七条、統治正統性に基づく同盟継続」
「貴国は“法的承認”を正統性と解釈する」
レオが頷く。
「公国は血統を重視する、と主張された」
公国側法務官が答える。
「血統は安定の基盤だ」
◇ ◇ ◇
レオは静かに紙を差し出す。
「では問います」
「公国の第四王子の王位放棄宣言は、法的整合性が保たれていますか?」
一瞬。
会議室が止まる。
アシュレイの視線が鋭くなる。
◇ ◇ ◇
公国では最近――
第四王子が突如、宗教修道院へ入った。
王位継承順位三位。
“自主的退位”とされている。
だが。
文書は曖昧だった。
◇ ◇ ◇
「それは内政です」
公国法務官が言う。
レオは静かに返す。
「我が国の王族承認も内政です」
沈黙。
対等の刃。
◇ ◇ ◇
さらに。
レオは続ける。
「また、公国港湾の関税変更は、条約第五条の“自由通商維持”に抵触する可能性がある」
公国側書記官の顔色が変わる。
王国は事前調査を済ませていた。
公国も内部で揺れている。
◇ ◇ ◇
その夜。
晩餐後。
アシュレイが低く言う。
「よく調べたな」
「お互い様です」
レオは微笑む。
「疑念は双方にある」
アシュレイは一瞬だけ本音を見せる。
「我が国も安定しているわけではない」
それは事実。
公国内では王位継承問題が燻っている。
◇ ◇ ◇
その時。
第三国の小国使節が姿を見せる。
北方連邦の紋章。
静かな観察者。
レオは理解する。
これは二国問題ではない。
三国構図。
公国を牽制するために、
北方連邦が動き始めている。
◇ ◇ ◇
翌日。
最終協議。
両国は合意に至る。
・条約第七条は“法的継承”と明文化
・港管理は現行維持
・関税は三ヶ月以内に再検討
表面上は平和。
しかし。
互いに弱点を掴み合った。
◇ ◇ ◇
港に戻る帰路。
アシュレイが最後に言う。
「今日のところは引き分けだ」
「だが覚えておけ」
「血統問題は、貴国の永遠の火種だ」
レオは答える。
「公国の継承も同じです」
視線が交わる。
敵意ではない。
理解。
◇ ◇ ◇
船が出航する。
海風の中。
レオは思う。
外交とは勝敗ではない。
均衡だ。
そして。
この均衡は、いつでも崩れる。
物語は、国際舞台へ本格拡張された。
次の一手は――どこから来る?




