第50話 逆流する疑念
正式抗議から三日後。
公国使節団は予想外の動きを見せた。
王宮大広間。
再び円卓が囲まれる。
アシュレイは静かに書簡を置いた。
「我が公国は内政干渉を否定する」
「そして――これを提示する」
差し出されたのは。
告発文。
王国内のある工房が、
公国様式の羊皮紙と顔料を模倣していたという証拠。
監査報告付き。
王国内の紋章鍛冶師の署名まである。
ざわめきが広がる。
◇ ◇ ◇
「つまり」
アシュレイは穏やかに続ける。
「王国側での自作自演の可能性もあるということです」
空気が一変する。
疑念が、逆流する。
◇ ◇ ◇
エドワードの表情が固い。
レオは動じない。
ただ、静かに文書を読み込む。
確かに物証は揃っている。
南方に罪をなすりつける形も、理屈上は可能。
「巧妙ですね」
レオは淡々と言う。
アシュレイが微笑む。
「外交は、慎重であるべきです」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
王は密かにレオを呼ぶ。
私的謁見室。
炎だけが揺れる。
「疑念は拡大した」
王の声は重い。
「国内でも“王位の安定性”が話題になっている」
レオは黙る。
やはり来た。
◇ ◇ ◇
「そなたは影武者だった」
王は真っ直ぐ告げる。
「それを利用する者がいる」
沈黙。
◇ ◇ ◇
王は続ける。
「そこで問う」
「そなたは、正式に王族としての地位を受ける覚悟はあるか」
空気が止まる。
それは単なる顧問ではない。
後継に連なる位置。
歴史に刻まれる立場。
◇ ◇ ◇
レオはゆっくり息を吸う。
家族の顔が浮かぶ。
ルナ。
ソラ。
ミレイ。
平穏な日常。
そして――国。
「……考える時間をいただけますか」
王は頷いた。
「三日だ」
火が揺れる。
物語は、別の段階へ入った。
◇ ◇ ◇
王との私的謁見から一夜。
王都は、静かにざわめいていた。
「正式王族として迎えるべきだ」
「影武者出身を王族に? 前例がない」
「だが実績は十分だ」
貴族社会は二分され始めていた。
◇ ◇ ◇
評議会内でも動きがある。
若手貴族は賛成派が多い。
改革派としてレオを支持。
一方、旧来派は慎重。
「血統の純粋性」
「王家の格式」
それを理由に揺さぶる。
疑念は、公国の種火と結びつく。
「本当に正統か?」
噂は形を持ち始める。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷。
ミレイはレオの様子で何かを察していた。
子どもたちを寝かしつけた後、静かに尋ねる。
「王様から、何を言われたのですか」
レオは少し黙り、それから話す。
「正式に王族としての地位を受ける覚悟があるか、と」
ミレイの手が止まる。
「……後継ですか?」
「そこまでは明言していない」
「でも、近い」
沈黙。
◇ ◇ ◇
「怖いですか?」
ミレイが聞く。
レオは正直に答える。
「うん」
「僕は、本物の王子じゃない」
その言葉は静かで、重い。
◇ ◇ ◇
ミレイはレオの前に座り、まっすぐ見る。
「あなたは影ではありません」
「今は、この国が選んだ人です」
「それが血よりも重い」
レオはわずかに笑う。
「理想論だ」
「違います」
ミレイは首を振る。
「ルナとソラは、あなたを誇りに思っています」
「私も」
「それで十分ではないですか」
◇ ◇ ◇
レオは考える。
王族になれば。
家族はさらに注目を浴びる。
危険も増す。
だが。
拒めば。
疑念は残る。
王国は揺れ続ける。
◇ ◇ ◇
翌日。
王宮。
王の前に立つレオ。
「答えを」
王が促す。
レオはまっすぐ立つ。
「お受けします」
空気が張る。
「ただし条件があります」
王の眉が動く。
「顧問職は続けたい」
「血統ではなく、仕事で立つ立場でありたい」
沈黙。
やがて王がゆっくり頷く。
「良い」
「では正式叙任の準備を進める」
◇ ◇ ◇
大広間。
正式発表。
「レオ・アシュトンを、王族補佐位として叙任する」
貴族たちの反応は様々。
だが否定は大きくない。
実績が覆う。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷。
ルナは無邪気に言う。
「ぱぱ、えらくなったの?」
レオは笑う。
「ちょっとだけね」
「でも、お父さんは変わらないよ」
ソラは眠りながら小さく手を握る。
ミレイが隣に立つ。
「おめでとうございます」
レオは彼女を抱き寄せる。
「ここからが、本当の試練だ」
「ええ」
「でも、家族でなら」
二人は額を寄せ合う。
王位の正統性問題は、形を持った。
公国の種火に対し、王国は“答え”を出した。
だが外交戦はまだ続く。
そして今度は――
レオは名実ともに、王国の中心へと立つ。
物語は、新たな段階へ。




