第48話 揺れる国境線
春。
王都は穏やかな空気に包まれていた。
侯爵アルヴェルトの失脚から一ヶ月。
政治は表面上、安定を取り戻している。
だが――。
「南方から、使節団が来ます」
エドワードの言葉に、評議会が静まり返った。
「南方って……」
「マルセリア公国か?」
緊張が走る。
◇ ◇ ◇
マルセリア公国。
豊かな海運と軍事力を誇る国。
そして。
かつてこの王国と、三度の戦を交えた国。
表向きは交易パートナー。
だが、水面下では常に牽制し合う関係。
◇ ◇ ◇
エドワードは書簡を差し出す。
「交易拡大の提案」
だがレオは眉を寄せた。
「条件は?」
「港湾利用権の共同管理」
空気が凍る。
それは事実上の“内政干渉”。
◇ ◇ ◇
「弱みを嗅ぎつけたな」
年配の侯爵が低く呟く。
「内部混乱の後だ。舐められている」
エドワードはレオを見る。
「どう思いますか」
レオは少し考える。
侯爵失脚。
国内再編中。
そして外圧。
タイミングが出来すぎている。
◇ ◇ ◇
「恐らく」
レオの声は静かだった。
「情報が漏れています」
「侯爵派が国外と繋がっていた可能性もある」
ざわめき。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
屋敷。
ミレイは静かなレオを見ていた。
「何かあったのですね」
「……南方が動き出した」
レオはソラを抱きながら言う。
「交易の名目で、国境に圧をかけてくる」
ミレイは少し考えた。
「戦……ですか?」
「そこまではいかない」
レオは首を振る。
「でも、外交戦になる」
そして静かに続ける。
「僕は、矢面に立つことになる」
◇ ◇ ◇
数日後。
王都の大広間。
マルセリア公国の使節団が到着した。
華やかな服。
自信に満ちた笑み。
その中央に立つ男。
長身、銀髪。
「ご機嫌麗しゅう、王国の皆様」
名乗る。
「公国外交総監、アシュレイ・マルセリア」
その目は、冷たく澄んでいた。
◇ ◇ ◇
彼の視線が、レオに止まる。
わずかな笑み。
「噂の顧問殿ですか」
レオも視線を返す。
「歓迎します」
だが空気は。
完全に戦場だった。
◇ ◇ ◇
大広間。
重厚な円卓を囲み、王国側と公国側が向き合う。
アシュレイ・マルセリアはゆったりと椅子に腰掛け、口元に薄い笑みを浮かべていた。
「本題に入りましょう」
彼の声は柔らかいが、芯がある。
「我が公国は、両国の安定のため――南方港の“共同管理”を提案します」
“共同管理”。
それはつまり、軍事的発言権の共有。
実質的な干渉。
◇ ◇ ◇
王国側にざわめきが起こる。
辺境伯の一人が声を荒げる。
「それは主権への侵害だ!」
アシュレイは微笑む。
「侵害? いいえ、協力です」
「貴国は内部改革の最中。外敵に付け入る隙を与えてはいけない」
暗に言う。
“貴国は不安定だ”と。
◇ ◇ ◇
エドワードが慎重に言葉を選ぶ。
「我が国には、自立した港湾管理体制があります」
アシュレイは視線をレオへ向ける。
「そうでしょうか?」
「最近まで、王宮内部で大きな不祥事があったと聞きますが」
空気が凍る。
侯爵の件を、わざと持ち出した。
“弱み”として。
◇ ◇ ◇
レオは静かに立ち上がる。
怒りはない。
声も揺れない。
「改革が進んでいる証拠です」
アシュレイの眉が、わずかに上がる。
「腐敗を放置しない国は、強い」
「我々は内側から膿を出した」
「だからこそ、外部に頼る必要はありません」
部屋が静まり返る。
◇ ◇ ◇
アシュレイは指先で机を軽く叩く。
「大胆な自信だ」
「では聞きます」
「貴国が独自に港を守り切れると、どう証明しますか?」
挑発。
証明責任を押しつけてきた。
◇ ◇ ◇
レオは少し間を置いてから答える。
「共同軍事演習を提案します」
ざわめき。
「管理権は譲らない」
「だが、相互演習で抑止を示す」
「透明な防衛連携は可能です」
侵食を許さず、関係は悪化させない。
絶妙な線。
◇ ◇ ◇
アシュレイは笑った。
今度は本物の笑み。
「面白い」
「貴殿、ただの理想家ではないな」
レオは視線を外さない。
「国を守るのは、理想ではなく判断です」
沈黙。
数秒。
やがてアシュレイは頷いた。
「良いでしょう。演習で様子を見ましょう」
表向きは合意。
だが戦いは終わっていない。
◇ ◇ ◇
会議後。
廊下。
アシュレイがレオに並ぶ。
「一つ忠告を」
低い声。
「我が公国は港だけが目的ではない」
レオが視線を向ける。
「……どういう意味です」
「貴国の“王位”に関心を持つ者もいる」
言葉を残し、去っていく。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷。
レオは窓辺で沈思していた。
ミレイがそっと隣に立つ。
「うまくいきましたか」
「形の上では」
レオは小さく息を吐く。
「でも港は前座かもしれない」
「王位に関心を持つ者がいると言われた」
ミレイの表情が曇る。
ルナとソラの寝顔が浮かぶ。
「継承……ですか」
「可能性はある」
レオの声は低い。
王位の正統性。
影武者という過去。
他国が突けば、揺さぶれる。
◇ ◇ ◇
ミレイはレオの手を握る。
「でも」
「あなたは、この国に選ばれました」
「影ではなく、今は本物の“レオ”です」
レオは彼女を見る。
胸の奥の不安が、少し和らぐ。
◇ ◇ ◇
南方との外交は一時均衡。
だが新たな火種が灯った。
外からの干渉。
王位問題。
そして――国際舞台。
物語は、国内政治から外交戦へ。
次の一手が問われる。




