第47話 崩れゆく玉座
王都に、静かに流れ始めた噂。
「城内に偽の書簡」
「変装者侵入」
「内部協力者がいるのではないか」
火種は小さい。
だが、広がり方が違う。
今回は――庶民ではなく、貴族側がざわめいていた。
◇ ◇ ◇
評議会室。
重い空気。
レオは冷静に資料を並べていた。
王印の封蝋比較。
紙質の差異。
偽造筆跡の揺らぎ。
そして。
五年前の“足場設営許可証”。
ロベルトの証言書。
「偶然が多すぎます」
レオの声は、低く澄んでいる。
「内部に手引きがいなければ、説明がつかない」
何人かの貴族が視線を逸らす。
そして。
レオは最後の一枚を出す。
財政記録。
軍事予算の流用。
侯爵配下企業への不自然な支払い。
◇ ◇ ◇
「これは……」
ざわめき。
「国家防衛予算の一部が、南方倉庫へ?」
「その倉庫は……」
「アルヴェルト家の管轄だ」
空気が変わる。
◇ ◇ ◇
エドワードが静かに言う。
「侯爵。説明を」
アルヴェルト侯爵は動じない。
口元に薄い笑み。
「誤解ですな」
「軍需物資の保管を委託されただけ」
「全て合法」
声は滑らか。
だが。
レオは次の書類を出す。
「ではこの出荷記録は?」
沈黙。
「倉庫から夜間搬出された物資」
「行き先不明」
そして。
「襲撃未遂の日と、出庫時刻が一致しています」
静まり返る。
◇ ◇ ◇
侯爵の側近が発言しようとする。
だが。
「待て」
若い辺境伯が立ち上がった。
「我々は侯爵を長年信頼してきた」
「だが最近の動きは、国家ではなく……個人の保身に見える」
一人、また一人と立ち上がる。
潮目が変わる音。
◇ ◇ ◇
侯爵の目が細くなる。
(誰が裏切った)
彼は計算していた。
貴族は保身で動く。
勝ち馬に乗る。
そして今――
レオが“勝ち馬”になり始めている。
◇ ◇ ◇
レオは静かに言う。
「私は復讐を望んでいません」
「ただ、透明性を求める」
「調査を」
言葉は攻撃ではない。
だが逃げ道を塞ぐ。
◇ ◇ ◇
エドワードが宣言する。
「王命により、特別監査を実施する」
その瞬間。
侯爵派の貴族数名が、距離を取る。
孤立。
徐々に。
確実に。
◇ ◇ ◇
会議後。
廊下。
アルヴェルトがレオに並ぶ。
「見事ですな」
低い声。
「ですが忘れぬことです」
「私はまだ、倒れていない」
レオは振り向く。
「ええ」
「だから終わらせます」
視線が交差する。
冷たい火花。
◇ ◇ ◇
特別監査が発表されたその夜。
アルヴェルト侯爵邸は、異様な静けさに包まれていた。
書斎。
灯りは一つ。
侯爵は机の引き出しから、分厚い革装丁の帳簿を取り出す。
裏帳簿。
公式記録とは別にまとめられた、真の資金移動。
軍需横流し、港湾利権、貴族への裏献金。
全てが、ここにある。
「……まだだ」
侯爵の声は低い。
「この国は理想では動かぬ」
彼は紙をめくる。
数人の評議会議員の名。
侯爵派。
だが、そこへノック。
「失礼します」
執事が入室する。
顔色が悪い。
「何事だ」
「南方倉庫が、封鎖されました」
一瞬。
空気が凍る。
「監査官が王命書を持ち込み、物資記録を押収しています」
侯爵の手が止まる。
「内部情報が漏れたか」
答えは明白。
裏切り。
◇ ◇ ◇
翌日。
評議会臨時会議。
大広間は緊迫していた。
証拠は揃った。
・倉庫搬出記録
・横流し資金の痕跡
・偽造印章の作成依頼記録
・そして――裏帳簿の一部写し
それを提出したのは、意外な人物。
アルヴェルト家の遠縁。
若い騎士。
「私は、この国に仕えると誓った」
彼の声は震えていた。
「家ではなく」
重い沈黙。
潮が完全に引いた。
◇ ◇ ◇
侯爵は立ち上がる。
まだ背筋は伸びている。
「策略だ」
「若輩の扇動に、貴殿らは揺れるのか」
だが。
賛同の声は、もう上がらない。
エドワードが静かに告げる。
「侯爵アルヴェルト」
「監査結果に基づき、全権停止を命じる」
空気が割れる。
衛兵が前へ。
侯爵は動かない。
ただ、レオを見る。
◇ ◇ ◇
その視線には憎悪があった。
だが同時に、敗北の理解もある。
「王子よ」
かつての呼び方。
挑発。
「理想が国を救うと思うな」
レオは静かに答える。
「理想ではなく」
「選択です」
「この国が、誰のものかという」
沈黙。
◇ ◇ ◇
侯爵は連行される。
完全失脚。
長年この国を牛耳った影が崩れる瞬間。
だが、歓声はない。
ただ、重い安堵。
歴史が一頁めくられた音。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷。
レオは窓辺に立つ。
ミレイが後ろから抱き寄せる。
「終わりましたか」
「一区切りは」
レオは振り返る。
「でも油断はしない」
ミレイは微笑む。
「あなたらしい」
ルナが眠りながら寝返りを打つ。
ソラも穏やかだ。
レオは家族を見る。
「守れた」
その言葉は静かだった。
ミレイは頷く。
「いいえ」
「一緒に、です」
レオは彼女を抱きしめる。
政治は勝った。
だが何より。
家族は、守られた。
◇ ◇ ◇
ただし。
侯爵は完全には折れていない。
幽閉。
裁判はこれから。
そして彼には、まだ一人――
アルヴェルト家の嫡子がいる。
戦いは、完全には終わっていない。
だが確実に。
光は差していた。




