第46話 狙われた灯り
昼下がりの王宮庭園。
ミレイはソラを抱き、ルナの手を引いて歩いていた。
柔らかな日差し。
穏やかな時間。
だが最近、平穏はどこか張り詰めている。
◇ ◇ ◇
「少し休みましょうか」
ベンチに座る。
ルナは噴水の近くで花を数えている。
衛兵は一定距離を保っている。
警備は厳重。
――のはずだった。
◇ ◇ ◇
ふと。
聞き慣れた声。
「奥様」
振り向く。
ロベルトだった。
王宮書記長。
保護下にあるはずの人物。
「少しだけ、お話を」
ミレイは微笑みかける。
「どうされたのですか」
だが一瞬、違和感が走る。
距離が近い。
そして。
目が、冷たい。
◇ ◇ ◇
ロベルトは静かに差し出した。
「王からの書簡です」
封蝋は本物。
だが。
ミレイは封を切る前に気づく。
封蝋の王印が、ほんの僅かにズレている。
(再圧着……)
あの時と同じ。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
「ルナ、こっちへ」
ミレイは静かに言う。
声色は変えない。
ルナはすぐ反応する。
ロベルト――いや。
“ロベルトの顔をした誰か”は一歩近づく。
「大丈夫です」
その声。
わずかに低い。
一瞬、顔が歪む。
皮膚の端が浮く。
仮面。
◇ ◇ ◇
ミレイの鼓動が激しくなる。
これは――偽装。
変装。
アルヴェルトの部下。
「失礼ですが」
ミレイは立ち上がる。
「その印章は、誰に渡されました?」
男は一瞬、沈黙。
そして口元が歪む。
「聡い」
その瞬間、袖から短刀。
◇ ◇ ◇
だが。
ミレイはすでに動いていた。
ソラを胸に抱き込み、身体を反転。
距離を作る。
「衛兵!!」
声が庭に響く。
男は短刀を構える。
だが迷いがある。
命令は「脅し」。
殺害ではない。
一瞬のためらい。
◇ ◇ ◇
そのわずかな間。
ルナが噴水横の警鐘紐を引く。
高い鐘の音が鳴り響く。
警備網が即時反応。
剣が抜かれる。
男は舌打ちし、煙玉を落とす。
白煙。
姿が消える。
◇ ◇ ◇
煙が晴れた時。
男はいない。
地面に落ちたのは、仮面。
精巧に作られた“ロベルトの顔”。
ミレイは膝が震える。
だが倒れない。
ルナが駆け寄る。
「まま!」
ミレイは二人を強く抱きしめる。
間一髪。
完全に、標的は自分。
◇ ◇ ◇
庭に残ったのは、焦げた煙の匂いと、落ちた仮面。
レオが駆けつけた時、ミレイはまだ子どもたちを抱いていた。
「無事か!」
普段の穏やかな声はない。
低く、鋭い。
ミレイはゆっくり頷く。
「大丈夫です」
だが指先が震えている。
レオは仮面を拾い上げた。
ロベルトそのものの顔。
精巧すぎる。
「王印の再圧着と同じ手口です」
ミレイは落ち着いた声で言った。
「封蝋で気づきました」
レオの瞳が細くなる。
「危なかった」
「いいえ」
ミレイはレオを見た。
まっすぐに。
「危なかったのは、向こうです」
一瞬、レオは言葉を失う。
◇ ◇ ◇
その夜。
アルヴェルトは報告を受けていた。
「未遂です」
「奥方に見破られました」
沈黙。
そして、低い笑い。
「やはり賢い」
だが苛立ちは隠せない。
「なぜ殺さなかった」
部下が答える。
「命令は“威嚇”と」
侯爵の言葉を思い出す。
“殺せば殉教者が生まれる”
侯爵は理解している。
レオは今、王宮内で支持を伸ばしている。
妻や子が死ねば、
それは“正義の象徴”になる。
だからこそ。
痛めつける。
揺さぶる。
直接は殺さない。
精神を削る。
それが彼らの戦い方。
◇ ◇ ◇
屋敷。
子どもが眠った後。
レオは窓辺に立っている。
怒りはある。
だが表に出さない。
ミレイが後ろから声をかける。
「怒っていますね」
「当然だ」
短く答える。
「今回は君が標的だった」
沈黙。
ミレイは近づき、隣に立つ。
「レオさん」
「私は、守られるだけではありません」
レオが振り向く。
「分かってる」
「いいえ」
ミレイは首を振る。
「ちゃんと、戦わせてください」
言葉が静かに落ちる。
◇ ◇ ◇
「あなたが政治で戦うなら」
「私は、内部で目になります」
「後宮、使用人、噂話――」
「情報は、女の間から流れる」
レオは息を呑む。
確かにそれは事実。
侯爵派は男社会で動く。
女性の情報網は、軽視されがち。
「危険だ」
「承知しています」
即答。
目は揺れない。
「でも、今回狙われたのは私です」
「なら、無関係ではいられません」
◇ ◇ ◇
レオはしばらく黙っていた。
そして小さく笑う。
「ずるいな」
「何がです?」
「一人で守らせてくれない」
ミレイは微笑む。
「夫婦ですから」
レオはゆっくりと彼女を抱きしめる。
「……ありがとう」
怒りは消えていない。
だが形が変わった。
孤独ではなくなった。
◇ ◇ ◇
翌日。
王宮内で静かに噂が広がる。
「偽の書簡が奥方に」
「城内に変装者」
使用人たちの間で、警戒が強まる。
知らぬ間に、侯爵の作戦は逆流する。
恐怖が広まるはずが――
疑念が向く。
城内協力者へ。
◇ ◇ ◇
夜。
侯爵邸。
「奥方が動くようです」
アルヴェルトの報告。
侯爵はゆっくり言う。
「女は侮れぬ」
「だが、焦るほど隙も出る」
目が冷たい。
「次は王だ」
戦場は、さらに上へ。
◇ ◇ ◇
屋敷。
ルナが眠りながらつぶやく。
「まま、つよい」
ミレイはそっと頬を撫でる。
「あなたも、強いのよ」
レオはそれを見て静かに誓う。
守る。
共に壊す。
そして――終わらせる。




