第45話 罷免の影
王宮大広間。
定例評議会。
いつもと変わらぬ空気――のはずだった。
だが今日は違う。
ざわめきが微妙に強い。
視線が、レオに向いている。
◇ ◇ ◇
グランディル侯爵が静かに立ち上がった。
「陛下。進言がございます」
王が頷く。
「申せ」
侯爵はゆっくりと言葉を選ぶ。
「王宮内部の混乱は深刻であります」
「軍事薬品管理監査、家族保護制度、急激な制度改変」
「これらは、国家安定に対する重大な負担」
空気が変わる。
矛先は明確。
◇ ◇ ◇
「特に」
侯爵は続ける。
「顧問レオ・アシュトン殿の急進的な動きは、
王宮内の秩序を損なっております」
ざわめき。
レオは無言。
エドワードが横目で様子を見る。
侯爵の声は冷静だ。
「影武者の過去を持つ人物が、国家の核心に触れすぎている」
「心理的にも、王宮関係者の動揺は否めない」
巧妙だ。
人格攻撃ではない。
“安定”の名を借りた政治攻撃。
◇ ◇ ◇
王が問う。
「代案はあるのか」
侯爵は一礼する。
「一時的な職務停止」
静寂。
「監査権限の凍結」
「評議会による再検証」
実質。
罷免。
◇ ◇ ◇
視線が一斉にレオへ向く。
王も、沈黙している。
レオはゆっくりと立った。
声は穏やかだった。
「陛下」
「私が秩序を乱していると?」
侯爵が即答する。
「事実です」
「家族保護制度は不要な不安を煽りました」
「内部調査は、不信感を生みました」
レオは静かに問う。
「不信は、罪ですか」
侯爵の目が細くなる。
「必要以上であれば」
◇ ◇ ◇
レオはまっすぐ言う。
「王子殿下の死に、疑問が出ている」
「疑問を封じることこそ、混乱の種です」
評議会がざわめく。
侯爵が強く言う。
「その件は“過去”です」
レオは静かに返す。
「未来に繋がる過去です」
空気が緊張する。
◇ ◇ ◇
王がゆっくり立ち上がる。
「足る」
沈黙。
「この場では結論を出さぬ」
侯爵の眉がわずかに動く。
王は続ける。
「三日後、再評議」
「その間、顧問は調査活動を停止せよ」
レオは頭を下げる。
「承知いたしました」
表面上は冷静。
だがこれは事実上の“足止め”。
◇ ◇ ◇
評議会散会。
廊下。
エドワードが低く言う。
「予想より早かった」
レオは小さく息を吐く。
「侯爵は焦っている」
「だから切り札を切った」
職務停止。
三日。
その間に何かを仕込む気だ。
◇ ◇ ◇
屋敷。
ミレイは一目で察した。
「……何かありましたね」
レオは苦笑する。
「三日間、仕事休みだ」
「それって」
ミレイは理解する。
「罷免の準備」
レオは頷く。
◇ ◇ ◇
その夜。
アルヴェルトが侯爵邸で言った。
「揺れています」
侯爵は微笑む。
「三日あれば十分だ」
「世論と評議会票は固めた」
「王も孤立させる」
冷たい目。
「次の評議で、終わりだ」
影が王宮を覆う。
三日。
それが分岐点。
◇ ◇ ◇
職務停止一日目。
王宮は静かだった。
だが静けさは、嵐の前触れ。
◇ ◇ ◇
侯爵の動きは早かった。
評議会の有力貴族へ書状。
「国家安定のための判断を」
軍部上層へ接触。
「急進改革は軍の権限を損なう」
経済界へ。
「監査は財市場の不安材料」
一つ一つ、票を固める。
罷免は政治だ。
情ではなく数。
◇ ◇ ◇
一方。
レオは屋敷で書類を閉じた。
表向きは何もできない。
だが彼は焦っていなかった。
「エドワード」
「はい」
「評議会議員の家族保護対象リストを確認」
「……はい?」
エドワードの目が開く。
レオは淡々と言う。
「侯爵派も含め、全員守れ」
「例外なく」
エドワードは理解するまでに数秒かかった。
そして息を呑む。
「敵の家族まで?」
「そう」
レオは静かだ。
「恐怖で縛られている者もいる」
「弱点を消せば、立場が変わる」
侯爵の支配構造は“脅迫”。
それを無効化する。
力ではなく、安全で。
◇ ◇ ◇
二日目。
ロベルトの証言記録が王に直接提出される。
機密扱い。
公には出ない。
だが王の机には届く。
◇ ◇ ◇
夜。
王が一人で書類を読む。
王子の日記。
R-17の管理記録。
ロベルトの供述。
ゆっくり目を閉じる。
「……わしは」
呟く。
「何も見ておらなんだ」
◇ ◇ ◇
三日目朝。
評議会前。
侯爵はほぼ勝利を確信していた。
だが様子が違う。
何人かの評議員が目を逸らす。
昨日と空気が違う。
◇ ◇ ◇
評議開始。
侯爵が改めて提案を上げる。
「顧問レオ・アシュトンの職務停止を正式決議に」
「賛同者は?」
手が上がる。
だが数が足りない。
侯爵の眉が動く。
「……?」
◇ ◇ ◇
一人の伯爵が立ち上がる。
「我が家族に対し、近衛保護が入りました」
静かな声。
「侯爵派にも同様の処置」
「何を恐れていたのか、我々は理解しました」
空気が変わる。
別の議員。
「脅迫があった」
「匿名文書が届いた」
「顧問の改革に反対しなければ、家族に危害を加えると」
ざわめき。
侯爵の瞳が細くなる。
◇ ◇ ◇
レオは立ち上がる。
「私がしたのは、守ることだけです」
「敵も、味方も関係なく」
「恐怖を消すことが、最優先」
王がゆっくり立つ。
「わしは考えた」
重い声。
「安定とは何か」
「恐怖で静まった状態は、安定ではない」
大広間が静まり返る。
「顧問の職務停止は却下する」
侯爵の顔が、はっきりと歪む。
王は続ける。
「さらに」
「毒殺疑惑の特別審査を設ける」
決定打。
◇ ◇ ◇
評議解散。
侯爵はレオの前を通り過ぎる。
「……甘いな」
低い声。
「慈悲は武器にならぬ」
レオは視線を合わせる。
「違う」
「慈悲は構造を壊す」
二人の間に火花。
戦いは終わっていない。
だが流れは変わった。
◇ ◇ ◇
屋敷。
ミレイが小さく聞く。
「どうでした?」
レオは柔らかく笑う。
「解任はなかった」
ミレイの肩から力が抜ける。
ルナが駆け寄る。
「ぱぱ、かった?」
レオは抱き上げる。
「ちょっとだけね」
本当は分かっている。
これは前哨戦。
核心は、これから。
◇ ◇ ◇
グランディル侯爵邸。
アルヴェルトが低く言う。
「王は揺れました」
侯爵は静かに椅子にもたれる。
「……ならば、最後は王を動かす」
目が冷たい。
「毒は、まだ残っている」
水面下の戦いは、次の段階へ。




