第43話 小さな勇気
王宮敷地内・顧問官邸。
高い城壁に囲まれ、警備は三重。
外から直接覗くことはできない。
普通なら。
◇ ◇ ◇
その日、王宮では外壁修繕が行われていた。
南側の塔に足場。
職人が出入りしている。
警備は強化中――だが。
強化は、必ず“慣れ”を生む。
◇ ◇ ◇
庭。
ルナは花壇で小さな花を摘んでいた。
「これ、ソラにもあげるの」
乳母が少し離れた位置で見守る。
その時。
かすかな、擦れる音。
石と金属。
ルナは顔を上げた。
修繕足場の上。
三階相当の高さ。
作業員の一人。
——いや、違う。
動きが違う。
視線が、違う。
その男はゆっくりとフードを外した。
右頬の古傷。
アルヴェルト・リドウ。
◇ ◇ ◇
高さがある。
直接の危害はない。
だが距離は近い。
ここまで入り込まれている。
完全な“侵入”。
男は手を挙げ、軽く振った。
挨拶のように。
そして口だけが動く。
「覚えているか」
声は届かない。
だが意図は届く。
ルナの呼吸が速くなる。
怖い。
でも。
前回、パパが言った。
“呼ぶのが正解”。
◇ ◇ ◇
ルナは足を一歩引く。
視線は逸らさない。
そして。
「ぱぱーーーーー!!!」
王宮敷地内に響き渡る声。
瞬間。
塔の見張りが反応。
「不審者確認!」
足場の上の男が舌打ちする。
想定より早い。
庭門が開く。
レオが駆け出す。
目線を一瞬で上に。
古傷の男。
完全に視認。
◇ ◇ ◇
「弓兵!足場封鎖!」
レオの声は冷たい。
職人に扮していた偽装の男は、足場の支柱を蹴り、外壁側へ走る。
だが。
城壁の外は――騎士隊の増援。
修繕区域はすでにマークされていた。
逃走経路、半封鎖。
「ちっ……」
アルヴェルトは足場から城壁上へ跳ぶ。
だが。
その瞬間。
上から剣が突きつけられる。
「そこまでだ」
近衛騎士長。
屋根上待機部隊。
罠だった。
修繕区域への接触は既に疑われていた。
◇ ◇ ◇
庭。
レオはルナを抱き上げた。
腕が少し震える。
だが声は穏やか。
「見えたね?」
ルナは小さく頷く。
「こわかった」
「でも呼んだ」
レオは強く抱きしめる。
「完璧だ」
◇ ◇ ◇
屋根上。
アルヴェルトは囲まれている。
だが――
彼は笑った。
「甘いな」
袖から小さな煙球を投げる。
白煙。
一瞬の視界不良。
煙が晴れた時、そこには誰もいない。
ただ。
足場の柱に刻まれていた。
刃で削った印。
L
深く刻まれている。
レオがそれを見上げる。
挑発。
◇ ◇ ◇
夜。
取り調べで分かったこと。
足場管理の交代表が偽造されていた。
門番一名が失踪。
内部協力者。
城内に、まだ穴がある。
◇ ◇ ◇
ルナは布団の中で言った。
「ぱぱ」
「うん」
「ルナ、まもれた?」
レオは言葉を選ぶ。
「うん」
「自分を守れた」
「それが一番強い」
ルナは少し考え、安心して眠った。
◇ ◇ ◇
レオは窓際に立つ。
怒りは、ある。
だが今日は違う。
恐怖に支配されない。
娘が“正しく動ける”と証明された。
守るだけじゃない。
育っている。
強く。
◇ ◇ ◇
アルヴェルトは城外の森に立っていた。
息は乱れていない。
「いい目だ、あの子は」
焦りではない。
興味。
「ならば、もっと追い詰めてみるか」
遠く王宮を見上げる。
次の一手は、より大きい。
直接ではなく。
“構造”を壊す。
◇ ◇ ◇
王宮。
薬剤監査は明日開始。
城内協力者捜索も同時並行。
戦いは個人の恐怖から、
国家の腐敗へと拡大しつつあった。
そして。
ルナはもう、ただの弱点ではない。
“目撃者”であり、
“始まりの証人”になった。
物語は次段階へ。




