第41話 王子毒殺事件の核心
王宮地下――記録保管庫。
重い扉の前で、レオは立ち止まった。
「五年前の王室医療記録を」
衛兵が鍵を開ける。
鉄の軋む音。
埃の匂い。
過去の記憶も、一緒に開くようだった。
◇ ◇ ◇
「レオ殿、本当に調べるのですか」
エドワードが低く言う。
「王子の死は“急性の感染症”で公式処理されています」
「ええ」
レオは書棚をなぞる。
「あの日、王子は突然倒れた」
「医療報告は完璧に整っていた」
「……整いすぎていた」
エドワードは黙る。
◇ ◇ ◇
レオは一冊の記録に目を止めた。
《最終投薬記録》
時間、深夜三時。
投与薬剤名。
量。
署名。
「……この署名」
レオの目が細くなる。
「あの日、当直だった医官は別人です」
「だが署名は――」
「副宰相補佐官の筆跡」
エドワードの顔色が変わる。
「それは……」
「医療関係者ではない」
つまり。
投薬直前に、第三者が接触している。
◇ ◇ ◇
レオの記憶が蘇る。
あの夜。
扉の外で、複数の足音。
小声のやり取り。
「予定通りだ」
誰かが、そう言った。
(予定通り……)
感染症ではない。
計画。
意図。
毒。
◇ ◇ ◇
さらに奥。
封印された木箱。
「これは?」
「王子の私物箱です。未整理のまま保管されていました」
レオは息を止める。
静かに、蓋を開ける。
中にあったのは――
日記帳。
数枚の手紙。
そして、小瓶の空容器。
ラベルは剥がされている。
しかし――底に、薄く刻印。
《R-17》
エドワードが眉を寄せる。
「その記号は……薬品管理番号」
レオの背中に冷たい汗が流れる。
R-17。
慢性毒性を持つ、遅効性の薬剤。
微量を継続投与すれば――症状は感染症に酷似する。
◇ ◇ ◇
レオは日記をめくった。
《最近、喉が焼けるように熱い》
《妙な苦味が残る》
《補佐官が薬を変更した》
ページが震える。
(僕は知っていた……)
いや。
気づいていた。
だが、何もできなかった。
◇ ◇ ◇
その時。
地下通路の奥から、物音。
カツ……。
足音。
エドワードが緊張する。
「誰だ」
沈黙。
レオはゆっくり振り返る。
暗闇の奥。
人影。
一瞬。
右頬に走る――古傷。
男は、こちらを見ていた。
そして、低く言う。
「そこまで掘り起こすか、影武者」
血が凍る。
アルヴェルト・リドウ。
生きていた。
「……やはり、お前か」
男はゆっくり笑う。
「王子は死ぬ運命だった」
「強すぎる光は、邪魔だ」
「そしてお前は、代替品」
レオの瞳が凍る。
「誰の命令だ」
男の口元が歪む。
「知りたいか?」
「なら――家族を守れる範囲で調べろ」
空気が切り裂かれる。
黒衣は煙のように消えた。
遅れて騎士が駆け込む。
だが、もういない。
◇ ◇ ◇
重い沈黙。
エドワードが言う。
「本当に……毒殺だったと?」
レオは日記を握りしめる。
「間違いない」
そして、ゆっくりと呟く。
「これは……王子個人を消した事件じゃない」
「体制を作り替えるための暗殺だ」
王子は改革派だった。
彼が即位すれば――
腐敗は断ち切られた。
だから、消された。
◇ ◇ ◇
レオは目を閉じる。
五年前。
守れなかった。
守れなかった命。
だが今。
守るべき家族がいる。
同じ過ちは繰り返さない。
◇ ◇ ◇
そして。
男の最後の言葉が、頭に残る。
『家族を守れる範囲で調べろ』
脅し。
つまり――。
家族は、完全に標的だ。
◇ ◇ ◇
地下記録庫から地上に戻るまで、
二人はほとんど言葉を交わさなかった。
重い沈黙。
持ち帰ったのは――
王子の日記。
R-17の空容器。
そして、生きていた黒幕の影。
◇ ◇ ◇
宰相執務室。
エドワードが扉を閉めると同時に言った。
「…間違いありません。R-17は軍事管理指定薬物です」
「通常、王宮に持ち込める者は限られる」
「補佐官クラス以上か、軍部上層」
レオは静かに問う。
「アルヴェルトの後ろにいるのは?」
エドワードは一枚の名簿を広げた。
赤で印がついた名前。
「五年前、王子即位直前に異動した人物たちです」
レオの視線が止まる。
一人の名。
――侯爵グランディル。
当時、財政監査責任者。
現在は――
王室評議会の長。
◇ ◇ ◇
「王子殿下は、財政改革を進めようとしていました」
エドワードが低く語る。
「特権税制の見直し」
「軍事予算の透明化」
「密輸の徹底摘発」
レオの背筋が冷える。
「つまり……既得権益を壊す存在」
「ええ」
「王子が即位すれば、多くの者が地位を失った」
だから、消された。
静かに。
感染症という“もっともらしい”理由で。
◇ ◇ ◇
レオの手が震える。
(守れなかった)
あの時、自分は影だった。
存在しながら、何も守れなかった。
でも今は違う。
◇ ◇ ◇
「証拠は足りますか」
レオが問う。
エドワードは首を振る。
「今の段階では、推測止まり」
「グランディル侯は力が強い」
「正面から糾弾すれば、王国内は二分します」
内戦の火種。
民衆はようやく安定してきた。
ここで揺らすわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
レオは、王子の日記を見つめる。
最後のページ。
《僕は、変えたい》
《この国を、もっと優しく》
胸が焼ける。
涙が落ちる。
「……僕は」
声が震える。
「復讐がしたいわけじゃない」
「でも、真実を埋もれさせたくない」
エドワードが静かに言う。
「ならば、戦い方を選ぶべきです」
「どう戦うか」
「いつ戦うか」
◇ ◇ ◇
その時、レオは気づく。
今日の地下での言葉。
『家族を守れる範囲で調べろ』
脅し。
つまり――監視されている。
ミレイも。
ルナも。
ソラも。
◇ ◇ ◇
夜。
レオは帰宅する。
扉を開けると――
「ぱぱ!」
ルナが駆け寄ってくる。
ミレイはソラを抱いて微笑んでいる。
温かな灯り。
小さな笑い声。
この世界。
この日常。
守ると誓ったもの。
◇ ◇ ◇
食後。
子どもたちが眠った後。
レオは静かに言った。
「ミレイ」
「はい?」
「今日、王子の件で進展があった」
ミレイの顔が引き締まる。
「危険、ですか?」
「……少し」
正直に言う。
隠せない。
ミレイは黙って聞く。
そして、レオの手を握った。
「レオさん」
「戦うなら、ちゃんと選んでください」
「感情じゃなくて」
「守るために」
レオは息を呑む。
自分と同じ。
いや、自分より冷静だ。
強い。
「怖くないの?」
思わず聞く。
ミレイは微笑む。
「怖いです」
「でも、あなたが一人で抱えるほうが怖い」
涙が落ちる。
◇ ◇ ◇
レオは、ようやく理解する。
自分はもう影じゃない。
代用品でもない。
父であり、夫であり――
“選ぶ者”だ。
◇ ◇ ◇
翌日。
レオはエドワードに告げた。
「正面対決はしません」
「まずは、王子がやろうとしていた改革を一つずつ進める」
「既得権を削る」
「腐敗を断つ」
「証拠を固める」
エドワードが頷く。
「時間をかけるのですね」
「はい」
レオの瞳が強くなる。
「僕は急がない」
「急げば、また誰かが傷つく」
「必ず、暴きます。でも――」
はっきり言う。
「家族を守りながら」
◇ ◇ ◇
窓の外。
夜明け。
王都はまだ静かだ。
だが水面下では、確実に波が立ち始めている。
王子毒殺。
腐敗の中心。
黒幕。
そして――
家族を守る戦い。
物語は、静かに次の段階へ進む。




