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第3話 真実は、突然に。

「ミレイ、最近なんだか様子がおかしいわね」


マリアおばあさんが、じっと見つめてくる。


「え? そ、そんなことないですよ?」


「嘘おっしゃい。さっきから薬草の選別、全然進んでないじゃない。ぼーっとして」


「あ……すみません」


ミレイは、慌てて手元に集中した。


でも、やっぱり——頭の中は、レオのことでいっぱいだった。


昨日の、あの抱擁。


温かかった。


心臓の音が、今でも耳に残っている。


「……もしかして、恋でもしてるんじゃないの?」


「ぶっ!?」


ミレイは、思わず噴き出した。


「お、おばあさん! 何言ってるんですか!」


「だって、そんな顔してるもの。乙女の顔よ、それ」


くすくすと笑うおばあさん。


ミレイの頬が、真っ赤になった。


「そ、そんな……私が恋なんて……」


「いいじゃない。恋は素晴らしいものよ。あんた、もっと自分に自信持ちなさい」


「でも……」


「落ちこぼれだなんて、思わなくていいの。あんたには、あんたの良さがある」


マリアおばあさんは、優しく微笑んだ。


「さ、今日はもう終わりにしましょう。あんた、どうせ森に行くんでしょう?」


「え……ばれてました?」


「当たり前よ。毎日こっそり抜け出してるじゃない」


ミレイは、バツが悪そうに頭を下げた。


「ごめんなさい……」


「いいのよ。ただし、危ないことだけはしないでね」


「はい……」


ミレイは、工房を出た。


胸が、高鳴る。


また、会える。


レオに、会える。


足が、自然と早くなっていた。


   ◇ ◇ ◇


森の泉。


レオは、もうそこにいた。


今日は白いシャツに、茶色のベスト。いつもより少しだけ、きちんとした格好。


「ミレイ!」


レオの顔が、ぱあっと輝いた。


「レオさん!」


ミレイは駆け寄る。


レオは、迷わずミレイの手を取った。


「会いたかった」


「私も……です」


二人は、自然と笑顔になった。


「ねえ、今日はね——」


レオは、嬉しそうに話し始めた。


「僕、ミレイに見せたいものがあるんだ」


「見せたいもの?」


「うん。ちょっと奥まで来て」


レオに手を引かれて、ミレイは森の奥へと進んだ。


木々の間を抜けると——。


「わあ……!」


そこには、一面の花畑が広がっていた。


小さな白い花。風に揺れて、まるで雪のよう。


「綺麗……」


「でしょ? 昨日、散策してたら見つけたんだ」


レオは、誇らしげに笑った。


「ミレイに、絶対見せたいって思って」


「ありがとうございます……」


ミレイは、感激していた。


こんな場所が、この森にあったなんて。


「ほら、座ろう」


レオが、花畑の中に座る。


ミレイも、その隣に腰を下ろした。


白い花びらが、風に舞っている。


「ねえ、ミレイ」


「はい」


「僕ね、昨日からずっと考えてたんだ」


レオは、花を一輪摘んだ。


「君に、伝えたいことがあるって」


「伝えたいこと……?」


ミレイの心臓が、早鐘を打った。


レオは、少し躊躇うような表情を見せた。


それから——。


「僕ね、ミレイのことが——」


そのとき。


「レオン様ああああ!!」


遠くから、叫び声が聞こえた。


女性の声。


複数。


「え……?」


ミレイは、顔を上げた。


レオの表情が、さっと青ざめた。


「まずい……」


「レオさん?」


「ミレイ、ごめん! ちょっと隠れて!」


「え!?」


レオは、慌ててミレイを木の陰に押し込んだ。


「動かないで。絶対、見つからないように」


「ど、どうしたんですか!?」


「後で説明する! とにかく、今は——」


「レオン様! こちらですか!?」


声が、近づいてくる。


レオは、ミレイに「頼む」と言わんばかりの目を向けて——それから、花畑の方へ歩いて行った。


ミレイは、木の陰から様子を伺った。


すると——。


村の女性たちが、わらわらと現れた。


セリーヌを筆頭に、若い娘たちが十人ほど。


「レオン様! やっぱりここに!」


「お散歩ですか?」


「まあ、お一人で……危のうございます!」


女性たちが、レオを囲む。


レオは——。


笑っていた。


でも、その笑顔は——。


ミレイが知っている、レオの笑顔じゃなかった。


「ええ。少し、自然を楽しんでおりました」


優雅な口調。


完璧な笑顔。


計算された仕草。


「こんな美しい場所があるとは。この村は、本当に素晴らしいですね」


「まあ! レオン様ったら!」


女性たちが、きゃあきゃあと騒ぐ。


ミレイは、息を呑んだ。


誰、あれ。


あれが——レオさん?


違う。


全然違う。


あの人は——ミレイが知っている、レオじゃない。


「レオン様、村の方へお戻りになりませんか? 皆様が、お待ちかねですの」


セリーヌが、レオの腕に手を置いた。


レオは——完璧な笑顔を崩さず、頷いた。


「そうですね。お邪魔をしてしまいました」


「とんでもございません! レオン様がいらしてくださるだけで、私たち——」


セリーヌの声が、甘ったるい。


ミレイは、胸が痛んだ。


何、これ。


何が起きてるの。


レオンって——誰?


女性たちに囲まれて、レオは花畑を後にした。


その背中を、ミレイはただ——見送ることしかできなかった。


   ◇ ◇ ◇


しばらくして。


ミレイは、ふらふらと森の小道を歩いていた。


頭が、混乱している。


レオン様。


女性たちは、彼をそう呼んでいた。


そして、あの完璧な笑顔。


あの優雅な口調。


あれが——レオさんの、本当の姿?


いや、違う。


レオは言っていた。


「完璧でいるのは、演技だ」って。


じゃあ、あれが——演技?


ガサッ。


茂みが揺れた。


「!」


ミレイは、びくっとした。


すると——。


レオが、飛び出してきた。


「ミレイ!」


息を切らしている。


髪は乱れ、シャツもしわになっている。


「レオ……さん?」


「ごめん! 本当にごめん!」


レオは、ミレイの前で膝をついた。


「説明するから! ちゃんと説明するから! だから——」


「……レオさん」


ミレイは、静かに言った。


「あなた、誰ですか?」


その言葉に、レオの顔が歪んだ。


「ミレイ……」


「さっき、女性たちが『レオン様』って呼んでました。レオン様って——」


ミレイは、息を呑んだ。


「まさか……レオン王子、ですか……?」


レオは——。


ゆっくりと、頷いた。


「……うん」


ガーン。


ミレイの頭が、真っ白になった。


「嘘……」


「ごめん。黙ってて、ごめん」


レオは、苦しそうに顔を歪めた。


「でも、言えなかったんだ。言ったら——きっと、君は僕を遠ざける」


「それは……」


「みんな、そうだから」


レオの声が、震えた。


「『王子様』って知った途端、みんな——距離を置く。完璧を求める。本当の僕を、見てくれなくなる」


「レオさん……」


「でも、君だけは違った。君だけは、僕をただの『レオ』として見てくれた」


レオは、ミレイの手を掴んだ。


「だから、嬉しくて。ずるいって分かってたけど、黙ってた。このまま、ずっと——君と一緒にいたかったから」


涙が、レオの頬を伝った。


「ごめん。騙すつもりじゃなかった。でも、結果的に——騙してた」


ミレイは、何も言えなかった。


頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。


レオが、王子様。


あの、噂の完璧王子が——目の前にいる。


「ミレイ……」


レオが、すがるような目で見つめてくる。


「怒ってる? 嫌いになった?」


「……分かりません」


ミレイは、正直に答えた。


「今、頭が混乱してて……何も考えられなくて……」


「そっか……」


レオは、俯いた。


「当然だよね。僕、最低だもん」


そのとき。


ミレイの脳裏に、レオの言葉が蘇った。


『完璧でいるのは、演技だ』


『君といると、本当の自分でいられる』


『君だけは、僕を見てくれる』


ああ——。


そうか。


レオは、ずっと——。


一人だったんだ。


「……レオさん」


「うん……」


「さっきの、あの笑顔——」


ミレイは、レオの顔を覗き込んだ。


「あれが、いつものレオさんなんですか?」


「うん……」


レオは、辛そうに頷いた。


「あれが、『完璧王子レオン』。みんなが知ってる、僕」


「じゃあ——」


ミレイは、レオの頬に手を添えた。


「今の、この顔は?」


レオは、目を見開いた。


「これは……本当の、僕……」


「どっちが、本当のレオさんですか?」


「……こっち。今の僕が、本当の僕」


レオは、ミレイの手に自分の手を重ねた。


「君といるときの僕が——本当の僕なんだ」


ああ、そうか。


ミレイは、胸の奥が温かくなった。


この人は、嘘をついてたんじゃない。


本当の自分を、隠してただけ。


隠さなきゃいけなかった。


「ミレイ……?」


「私、怒ってません」


ミレイは、優しく微笑んだ。


「だって、レオさんは——私に、本当の自分を見せてくれたから」


「ミレイ……!」


「王子様だろうと、そうじゃなかろうと——私が知ってるレオさんは、レオさんです」


その言葉に、レオの目から涙が溢れた。


「ミレイ……ミレイ……!」


レオは、ミレイを抱きしめた。


強く、強く。


まるで、離したくないと言わんばかりに。


「ありがとう……ありがとう……」


何度も、何度も繰り返す。


ミレイは、そっとレオの背中に手を回した。


「大丈夫ですよ」


「ミレイ……」


「私、レオさんの味方です」


その言葉に、レオはさらに強く抱きしめた。


「……君が、いてくれてよかった」


掠れた声。


「君がいなかったら、僕——きっと、壊れてた」


「壊れませんよ。レオさんは、強いから」


「強くなんかない……」


レオは、首を横に振った。


「僕、すごく弱い。臆病で、情けなくて——」


「そんなことないです」


ミレイは、レオの顔を両手で包んだ。


「毎日、あんなに辛い演技をして。それでも、笑顔を絶やさないで。誰よりも、強いじゃないですか」


「ミレイ……」


「だから——」


ミレイは、にっこりと笑った。


「もっと、自分を褒めてあげてください」


レオは、また泣いた。


子どものように、声を上げて。


ミレイは、その頭を優しく撫でた。


まるで、母親が子どもをあやすように。


「いいんですよ。ここでは、泣いても」


「……うん」


「我慢しなくても、いいんですよ」


「……うん」


レオは、ミレイの胸に顔を埋めた。


そして——しばらく、そのまま泣いていた。


ミレイは、ただ黙って——レオの頭を撫で続けた。


ああ、この人——。


本当は、こんなに傷ついてたんだ。


こんなに、苦しんでたんだ。


胸が、締め付けられた。


でも、同時に——。


この人を、守りたい。


支えたい。


そう、強く思った。


   ◇ ◇ ◇


それから、二人は泉のほとりに座った。


レオは、もう泣き止んでいた。


目が少し赤いけれど、表情は穏やかだった。


「ごめんね。醜態、晒しちゃって」


「そんなことないです」


ミレイは、首を横に振った。


「むしろ、信頼してくれて——嬉しかったです」


「ミレイ……」


レオは、ミレイの手を握った。


「ねえ、聞いてもいい?」


「はい」


「君は——僕が王子だって知っても、変わらない?」


「変わりませんよ」


ミレイは、即答した。


「だって、レオさんはレオさんです。肩書きなんて、関係ないです」


「……本当に?」


「本当です」


ミレイは、レオの目を真っ直ぐ見た。


「私、レオさんの——本当のレオさんの、味方です」


その言葉に、レオの顔がぱあっと輝いた。


「ありがとう……!」


嬉しそうに、満面の笑み。


ああ、この笑顔だ。


さっきの、作られた笑顔じゃない。


本当の、レオの笑顔。


「ねえ、ミレイ」


「はい」


「僕ね——」


レオは、少し頬を染めた。


「君のこと、好きだ」


ドクン。


心臓が、跳ねた。


「え……」


「さっき、言いかけたこと。それ」


レオは、恥ずかしそうに笑った。


「君のことが、好き。ずっと一緒にいたい。君といると、僕——生きてるって実感できるから」


「レオ……さん……」


「重い? 困る?」


「そんな……ことない、です……」


ミレイの頬も、真っ赤になった。


「私も……その……」


「うん」


「レオさんのこと……好き、です」


その瞬間、レオの目が大きく見開かれた。


「本当に!?」


「は、はい……」


「嬉しい……! 嬉しい……!」


レオは、ミレイの手を両手で包んだ。


「僕、今すっごく幸せ! 生きてて、よかった!」


「お、大げさですよ……」


「大げさじゃない! 本当だよ!」


レオは、子どものようにはしゃいでいる。


その姿が——とても愛おしかった。


「ねえ、ミレイ」


「はい」


「これから——僕と、付き合ってくれる?」


紫紺の瞳が、真っ直ぐにミレイを見つめる。


ミレイは、頷いた。


「はい」


その返事に、レオはまたミレイを抱きしめた。


「ありがとう……ありがとう……」


何度も、何度も。


ミレイも、そっとレオに抱きついた。


温かい。


安心する。


ああ、これが——恋、なんだ。


ミレイは、そう思った。


   ◇ ◇ ◇


しばらくして。


レオは、名残惜しそうに立ち上がった。


「そろそろ、戻らなきゃ」


「はい……」


「ごめんね。もっと一緒にいたいんだけど」


「大丈夫です。お仕事、ですよね」


「うん……」


レオは、少し暗い顔をした。


「また、あの仮面をつけなきゃいけない」


「レオさん……」


「でもね」


レオは、ミレイの頭を撫でた。


「君がいるから、頑張れる。君がいるから——まだ、やっていける」


「私……」


「君は、僕の希望なんだ」


その言葉に、ミレイの胸が熱くなった。


「レオさん……」


「だから——」


レオは、ミレイの額に、そっと唇を寄せた。


ちゅっ。


軽いキス。


「えっ……!?」


ミレイの顔が、真っ赤になった。


レオは、いたずらっぽく笑った。


「ごめん。我慢できなかった」


「も、もう……!」


「可愛い」


レオは、満足そうに笑って——それから、森の奥へと消えて行った。


ミレイは、額に手を当てた。


まだ、温かい。


ああ、レオさん……。


胸の中が、幸せでいっぱいだった。


でも、同時に——。


不安も、あった。


レオは、王子様。


自分は、ただの村娘。


この関係——続けられるのだろうか。


でも、今は。


今だけは——幸せを感じていたい。


ミレイは、そっと目を閉じた。


レオの温もりを、胸に刻みながら。


   ◇ ◇ ◇


こうして、二人は恋人になった。


でも——これは、始まりに過ぎない。


王子と村娘の、秘密の恋。


そこには、数多くの試練が待っている。


それでも、二人は——。


互いを、求め合っていく。

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