第38話 王子の遺品と、母の直感
王子毒殺説が浮上してから、数日。
屋敷は表向き、穏やかだった。
ルナは庭で花を摘み、
ソラは揺り籠の中で眠っている。
けれど。
レオの背中は、少しだけ遠くなった。
考え事をしている時間が増えた。
夜、ふと目を覚ますこともある。
ミレイは、気づいていた。
(あの人は、抱え込む人だもの)
◇ ◇ ◇
その日、王宮から使いが来た。
「こちらを、お届けに参りました」
丁寧に差し出された箱。
深い紺色の布で包まれている。
「これは……?」
「五年前の整理品の一部です。
保管庫再整理の過程で発見されました」
レオが箱を見つめた。
「……王子の遺品です」
空気が止まる。
◇ ◇ ◇
夜。
子どもたちを寝かせたあと。
レオとミレイは、静かに箱を開けた。
中には——
・銀の懐中時計
・封の開かれていない手紙
・古い革手帳
・小さな木彫りの駒
レオの手が、止まる。
「これ……」
懐中時計だ。
王子が、いつも持っていた。
レオは、慎重に開く。
カチ、と音が鳴る。
時計は止まっていた。
亡くなった日で。
ミレイは、そっと手帳を手に取った。
革は使い込まれている。
ページをめくると——
日々の記録が、几帳面な字で綴られていた。
王子は真面目な人だった。
民の視察記録。
読書メモ。
宮廷内の気づき。
そして——
最後のページ。
そこだけ、筆圧が強い。
『誰かが動いている。』
ミレイの心臓が跳ねる。
さらに読む。
『信じてはいけない。内側にいる。』
息が止まりそうになる。
「レオさん……」
レオが、振り向く。
ミレイは、震える手でページを示した。
レオの瞳が固まる。
沈黙。
「内側……」
その意味は明白だった。
王宮内部。
◇ ◇ ◇
ミレイは、さらにページをめくった。
何か、違和感。
手帳の背表紙。
厚みが、微妙に違う。
指で押す。
カチ。
小さな音。
「……?」
背の革の内側から、薄い紙が滑り落ちた。
折りたたまれた、極小の紙片。
レオも息を呑む。
ミレイが、慎重に開く。
そこに書かれていたのは——
「Gに気をつけろ。薬は偽物だ。」
血の気が引く。
G。
レオの声が掠れる。
「……グレゴリー」
◇ ◇ ◇
レオは、椅子に崩れ落ちた。
「王子は……気づいていた」
毒。
薬の偽物。
誰かがすり替えた。
「グレゴリーが検査を省略した理由……」
ピースが繋がる。
ミレイの胸が締め付けられる。
「でも、なぜ……?」
王子を殺す理由。
そして——
影武者を立てる理由。
レオが、静かに言った。
「王子は、改革を考えていた」
ミレイは頷く。
確かに、手帳には何度も書かれていた。
『透明性を持つ政治を』
グレゴリーは強権派。
秘密主義。
改革は、都合が悪い。
「だから……」
レオは、目を閉じる。
「消された」
◇ ◇ ◇
沈黙。
時計の音だけが響く。
カチ、カチ。
止まったはずの懐中時計が——
微かに動き始めていた。
ミレイが、はっとする。
「これ……」
レオが持ち上げる。
時計の蓋の内側。
肉眼では見えないほど小さな刻印。
Lの文字。
そして、その下に。
“Lは嘘をつかない”
レオは、固まる。
それは。
王子が、冗談半分で言っていた言葉。
『LはLieをしない』
自分のイニシャルを使った言葉遊び。
——嘘をつかない王子。
ミレイの喉が震える。
「王子様……あなたに、託したんですね」
レオの目から、静かに涙が落ちた。
「僕は……」
声が詰まる。
「彼の代わりだった。でも——」
拳を握る。
「無駄にしない」
◇ ◇ ◇
その時。
廊下で小さな音がする。
「まま?」
ルナだった。
眠そうな目で立っている。
「どうしたの?」
「こわい、ゆめみた」
ミレイはすぐに抱きしめた。
温かい体温。
現実。
レオがそっと言う。
「この子たちには、同じことを繰り返させない」
ミレイは、強く頷いた。
「はい」
◇ ◇ ◇
翌日。
エドワードの執務室。
紙片を見せる。
エドワードの顔から血の気が引いた。
「……決定的だ」
だが同時に、彼は低く言う。
「これは命に関わる証拠です」
レオは、迷わなかった。
「だからこそ、隠しません」
エドワードが深く見つめる。
「覚悟はありますか?」
レオは、微笑む。
以前の仮面ではない。
家族を持つ男の目。
「あります」
◇ ◇ ◇
その夜。
王宮塔の影。
黒衣の男が報告を受ける。
「手帳が見つかりました」
沈黙。
そして、低い笑い。
「……ついに辿ったか」
ゆっくりと立ち上がる影。
「ならば、次は——こちらの番だ」
灯りが消える。
◇ ◇ ◇
王子の死は、偶然ではなかった。
五年前の闇が、口を開く。
そして。
レオはもう、影ではない。
“選ばれた後釜”ではなく、
“意思を継ぐ者”。
物語は、完全に核心へ向かう。




