第37話 王子の死に触れる影
影武者暴露から、五日。
王都の空気は、まだ落ち着かない。
街では——
「影武者は仕方なかったのかもしれない」
という声が増え始めていた。
だが。
代わりに、囁きが生まれた。
「……じゃあ、本物の王子はどうして死んだ?」
その疑問。
それが、静かに燃え始める。
◇ ◇ ◇
王宮、エドワード執務室。
「妙です」
エドワードは、報告書を机に置いた。
「最近、王子の死を調べ直そうという動きがある」
「……誰が?」
レオの声は低い。
「不明。だが——」
エドワードの表情が硬くなる。
「当時の侍医、護衛、記録官。それぞれに匿名の接触があった」
空気が重くなる。
レオは黙っている。
五年前。
王子は“急病”で亡くなったと発表された。
公式記録もそうなっている。
だが。
「あなたは、当時の様子を覚えていますね?」
レオは、ゆっくり頷く。
「あの日……様子は、普通じゃなかった」
胸の奥に、冷たい記憶が広がる。
王子は体調を崩していた。
だが——
死の直前、宮廷は異様に慌ただしかった。
医師の数が不自然に増えた。
護衛が突然配置換えされた。
そして翌朝——
“崩御”発表。
「不自然……だった」
レオは、初めて口にする。
エドワードは、深く息を吐いた。
「もしも」
その声が、低くなる。
「王子の死が——自然な病ではなかったとしたら?」
空気が、凍る。
◇ ◇ ◇
夜。
レオは眠れなかった。
ミレイが、隣で目を覚ます。
「眠れませんか?」
レオは、天井を見たまま言う。
「王子の死が、もしも——」
言葉が、止まる。
「自然じゃなかったとしたら?」
ミレイの指が、レオの手を握る。
「あなたのせいじゃありません」
「でも」
レオは、苦く笑う。
「僕は——その死を利用された存在だ」
沈黙。
外で風が鳴る。
「もし、誰かが王子を殺したとしたら」
レオの声がかすれる。
「僕は、その“後釜”だ」
ミレイは、レオを引き寄せる。
「あなたは犠牲者です」
「違う」
レオは、目を閉じる。
「王宮の闇の“結果”だ」
◇ ◇ ◇
翌日。
王宮地下保管庫。
エドワードとレオは、過去の資料を調べていた。
死因報告書。
医師の診断書。
薬の記録。
「発熱、衰弱、呼吸困難」
エドワードが読み上げる。
「だが、奇妙だ」
「?」
「中毒検査が、行われていない」
レオの瞳が鋭くなる。
「普通、王族の急死なら——」
「全検査をするはずだ」
二人は目を合わせる。
そして、もう一つの記録。
“当時の宰相命令による検査省略”
署名。
——グレゴリー。
空気が止まる。
「……やはり」
エドワードの声は冷たい。
レオの拳が、静かに震える。
◇ ◇ ◇
その夜。
屋敷近くで、怪しい男が捕まった。
「記録保管室の出入りを探っていました」
兵士が報告する。
男の懐から出た紙。
そこには走り書き。
『王子毒殺説』
家族の居間。
その報告を聞いた瞬間——
ミレイの血の気が引いた。
「毒殺……?」
レオは、静かだった。
だが、その目に光が宿る。
怒りではない。
決意。
「これは、偶然じゃない」
「レオさん……」
「誰かが、死を暴こうとしている」
「暴くために、あなたを……?」
レオは、ゆっくり頷く。
「影武者騒動は前座だ」
「本命は——」
ミレイの声が震える。
レオははっきり言う。
「王室の信頼を崩すこと」
もし王子が毒殺されていたなら——
王宮は腐敗の象徴になる。
国は揺らぐ。
◇ ◇ ◇
ルナが、不安そうに聞く。
「ぱぱ、だいじょうぶ?」
レオは膝をつき、目線を合わせる。
「大丈夫だよ」
優しい声。
でも、内側では嵐。
ソラが、小さく泣く。
レオは二人を見つめる。
(守る)
地位のためじゃない。
王宮のためでもない。
家族のため。
そして——
“彼”のため。
本物のレオン王子。
レオは、窓の外を見た。
遠く、王宮の塔が見える。
「真実を知る必要がある」
ミレイが静かに言う。
「でも、怖いですね」
「うん」
レオは頷く。
「でも——逃げない」
ミレイは、微笑んだ。
「一緒です」
レオは、その言葉に救われる。
◇ ◇ ◇
翌日。
エドワードは、極秘調査を開始した。
当時の薬の流通。
宮廷台所の記録。
護衛の人事異動。
ひとつ、不可解な事実が浮かぶ。
王子が倒れる三日前——
“外部商会からの特別薬品搬入”。
その商会の名。
現在は、解体済み。
代表者は——国外逃亡。
エドワードの声が低くなる。
「……これは、深い」
レオは、目を閉じる。
五年前の、あの日。
王子が最後に言った言葉が、脳裏に蘇る。
『レオ……もし何かあっても』
その先は、聞いていない。
いや——聞けなかった。
レオは目を開ける。
「王子は……何かを知っていたかもしれない」
「?」
「彼は、亡くなる前夜——僕に妙なことを言った」
空気が張り詰める。
「“信じるな”と」
エドワードの目が見開かれる。
「誰を?」
レオの声が、冷たくなる。
「分からない。でも——」
拳を握る。
「これは、偶然じゃない」
◇ ◇ ◇
夜。
家の灯りは静かに揺れる。
だが、外の世界は動き始めていた。
影武者暴露。
王子毒殺説。
失踪した商会。
グレゴリーの署名。
点が、線になり始めている。
そして——
誰かが、裏から見ている。
王宮の塔の影。
黒衣の人物。
「面白い展開だ」
低い声。
「さあ、どこまで辿れるかな」
灯りが、消える。
◇ ◇ ◇
戦いは——政治ではなくなる。
それは、五年前の闇。
王子の死。
そして。
レオの存在そのもの。
物語は、核心に近づいていく。




