第36話 剥がされる仮面
王都に、小さな火種が落とされたのは——朝だった。
新聞。
王宮公認の情報紙。
その一面。
黒々とした見出し。
『顧問レオ・アシュトンの正体——影武者の真実』
ミレイがそれを見たのは、市場から戻る途中だった。
人々がざわめいている。
「見たか?あの記事」
「やっぱり影武者だったんだろ?」
「本物の王子は死んでるって……」
胸がざわつく。
紙を買い、震える手で開いた。
そこには——事実が書かれていた。
レオが影武者だったこと。
本物の王子の死。
王宮がそれを隠していたこと。
そして最後に。
「こんな男が、王国の政策を操っている」
心臓が強く打つ。
(誰が……)
◇ ◇ ◇
王宮では、すでに緊急会議が開かれていた。
「想定していたが……早い」
エドワードが重い声で言う。
「内部情報が漏れている」
レオは、静かに記事を読んでいた。
表情は変わらない。
だが指先が、わずかに白くなっている。
「追加記事も出るでしょう」
側近が言う。
「“偽物の王子に国を任せてよいのか”という論調です」
ざわり、と空気が揺れる。
誰もが、レオを見る。
その視線の意味はさまざまだ。
同情。警戒。疑念。
レオは紙を畳んだ。
「会議を続けましょう」
その声は、落ち着いていた。
「感情に反応するのが、一番の悪手です」
「……レオ殿」
エドワードが心配そうに見る。
「問題ありません」
レオは、微かに微笑んだ。
完璧な仮面。
◇ ◇ ◇
夜。
レオが帰宅すると、屋敷前が騒がしかった。
「本当に影武者なのか!?」
「本物の王子はどうなった!」
「説明責任を——!」
兵士が押し止めている。
ミレイは窓からその光景を見ていた。
ルナは、不安そうに聞く。
「まま、なんでさわがしいの?」
ミレイは微笑む。
「大丈夫よ」
そう言ったとき、扉が開いた。
レオが入ってくる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
いつも通り。
優しい声。
だがその奥に、疲労が滲む。
ミレイは、新聞を差し出した。
「これ……」
レオは、目を伏せた。
「読んだよ」
「大丈夫ですか?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
仮面が、揺れた。
「……僕が、軽率だった」
「違います!」
ミレイは即座に否定する。
「あなたが過去を語ったのは、誠実だったからです」
「でも」
レオは、ミレイを見る。
「家族まで巻き込んだ」
外から、怒号が響く。
「偽物王子を追い出せ!」
ルナが、びくっと震える。
レオの顔色が変わる。
怒りではない。
恐怖に近いもの。
「……僕のせいで」
「違う」
ミレイは、レオの顔を両手で包む。
「あなたは間違っていない」
レオの目が、揺れる。
「でも……偽物、は事実だ」
「違います」
ミレイは、涙を浮かべながら首を振る。
「あなたは“偽物”じゃありません」
「……」
「あなたは、あなたです」
強く、はっきりと。
「レオ・アシュトンです」
静寂。
外の騒ぎが遠く感じる。
レオの喉が、かすれる。
「もし、世間が僕を拒絶したら?」
「私が受け入れます」
即答。
「王都が追い出しても?」
「一緒に出ていきます」
「地位を失っても?」
「関係ありません」
ミレイは、ルナを抱き寄せる。
ソラも、静かに眠っている。
「ここに家族がいます」
「……」
「それで、十分です」
レオの仮面が——完全に崩れた。
抱きしめる。
強く。
震えるほど。
「……ありがとう」
声が、震えている。
◇ ◇ ◇
翌日。
さらなる記事が出た。
「影武者政権、王国の欺瞞」
「王室の闇を暴く」
世論は割れた。
支持する声。批判する声。
王宮内も揺れていた。
だが。
レオは、会議室で立ち上がった。
「私は、影武者でした」
ざわめき。
「それは事実です」
まっすぐ、前を見る。
「しかし、この国を守りたいという意思まで偽物ではありません」
沈黙。
「私は王子ではない。だが——」
声が強くなる。
「この国の未来に責任を持つ一人の人間です」
その言葉は、静かに広がった。
◇ ◇ ◇
夜。
屋敷は静かだった。
ルナは眠り。
ソラも眠る。
ミレイが、レオの隣に座る。
「強かったですね」
「……怖かったよ」
レオは、正直に言った。
「また、“偽物”に戻る気がした」
「戻りません」
ミレイは、レオの手を握る。
「あなたは、もう仮面で生きていません」
レオは、ゆっくり息を吐く。
そして、ミレイの額に額を当てる。
「僕が折れなかったのは」
「?」
「帰る場所があるからだ」
ミレイは、微笑んだ。
外はまだ荒れている。
けれど——。
家の中は、温かい。
戦いは、始まった。
だがこれは、剣ではなく——
信頼で戦う話。
物語は、さらに深くなる。




