第23話 届いた手紙と、新たな選択。
ルナが生まれて、半年が経った。
小さかった赤ちゃんは、すくすくと育っていた。
寝返りができるようになり、よく笑うようになった。
「ルナ、こっちおいで」
レオが、手を広げる。
ルナは、にこにこ笑いながら——手足をバタバタさせた。
「ああ、可愛い……」
レオは、メロメロだった。
「レオさん、甘やかしすぎですよ」
ミレイが、苦笑しながら言った。
「いいじゃないか。可愛いんだもん」
レオは、ルナを抱き上げた。
「ね、ルナ?」
ルナは、レオの鼻を掴んだ。
「いたっ……でも、可愛い……」
「もう……」
ミレイは、笑いながら首を振った。
平和な日々。
幸せな日々。
このまま、ずっと——。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
レオが仕事から帰ると、ミレイが困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「あの……手紙が届いたんです」
ミレイは、封筒を差し出した。
「セントラル王国から……」
レオの顔が、強張った。
「王国から……?」
封筒を受け取る。
封蝋には、王室の紋章。
でも——グレゴリーのものではない。
「誰からだろう……」
レオは、封を開けた。
便箋を取り出す。
そして——読んだ。
『レオ殿へ
突然の手紙、失礼いたします。
私は、セントラル王国の新宰相、エドワード・フォン・アルトリアと申します。
グレゴリー前宰相は、不正が発覚し失脚いたしました。
現在、王国は新しい体制のもと、改革を進めております。
さて、本題ですが——。
あなたに、お願いがあります。
王国に、戻ってきていただけないでしょうか。
ただし、以前のように『影武者』としてではありません。
あなた自身として——レオ・アシュトンとして。
王国の顧問として、私たちを助けていただきたいのです。
あなたは、五年間——王子として国を見てこられました。
その経験と知識は、今の王国に必要です。
給料、待遇——全て、ご希望に沿います。
ご家族も、当然お連れください。
お返事、お待ちしております。
エドワード・フォン・アルトリア』
◇ ◇ ◇
レオは、手紙を読み終えて——呆然とした。
「どうしたんですか……?」
ミレイが、心配そうに聞く。
「……王国に、戻ってこいって」
「え……!?」
「でも、影武者としてじゃない」
レオは、手紙をミレイに渡した。
「顧問として、だって」
ミレイは、手紙を読んだ。
「顧問……」
「うん」
レオは、窓の外を見た。
「新しい宰相が、僕の経験を買ってくれたみたいだ」
「レオさん……どうするんですか?」
「……分からない」
レオは、正直に答えた。
「断るつもりだったけど——」
「けど……?」
「でも、これは——悪い話じゃないかもしれない」
レオは、ミレイを見た。
「影武者じゃなく、僕自身として。それに、家族も一緒に、って」
「はい……」
「もし、戻るなら——君とルナも、一緒だ」
レオは、ミレイの手を握った。
「どう思う?」
ミレイは、少し考えた。
「私は……レオさんが決めたことに、従います」
「でも、君の意見も聞きたい」
「……正直に言うと」
ミレイは、俯いた。
「怖いです。また、あの場所に戻るのは」
「うん……」
「でも」
ミレイは、レオを見た。
「レオさんが、それを望むなら——私は、ついていきます」
「ミレイ……」
「だって、私たち——家族ですから」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「ありがとう……」
「でも、レオさん」
ミレイは、レオの胸に顔を埋めた。
「本当に、いいんですか? ここでの生活、幸せでしょう?」
「……うん」
「なら——」
「でも」
レオは、ミレイから離れた。
「僕、思うんだ」
「何を……ですか?」
「王国のこと」
レオは、窓の外を見た。
「グレゴリーが失脚したなら、きっと——王国は、変わろうとしている」
「はい……」
「その手伝いができるなら——」
レオは、拳を握った。
「僕の経験が、役に立つなら——」
「レオさん……」
「行ってみたい。新しい王国を、見てみたい」
レオは、ミレイを見た。
「でも、君が嫌なら——断る」
ミレイは、少し悩んだ。
それから——。
「行きましょう」
「え……?」
「レオさんが、やりたいことなら——私、応援します」
ミレイは、微笑んだ。
「それに、私たち——家族ですから。どこへでも、一緒です」
レオは、涙を浮かべた。
「ミレイ……ありがとう……」
「こちらこそ」
ミレイは、レオの手を握った。
「でも、条件があります」
「条件?」
「はい」
ミレイは、真剣な顔で言った。
「もし、向こうで——辛いことがあったら、すぐに帰ってきましょう」
「うん」
「ここが、私たちの居場所です。いつでも、帰れます」
「……そうだね」
レオは、微笑んだ。
「分かった。約束する」
◇ ◇ ◇
その夜。
レオは、返事の手紙を書いた。
『エドワード・フォン・アルトリア殿へ
お手紙、拝読いたしました。
お申し出、ありがたく受けさせていただきます。
ただし、条件があります。
一つ。私の妻と娘を、何があっても守ってください。
二つ。もし、以前のように自由を奪われるようなことがあれば——すぐに辞めさせていただきます。
三つ。私は、もう『レオン王子』ではありません。ただの『レオ』として扱ってください。
以上の条件を飲んでいただけるなら——喜んで、お手伝いします。
レオ・アシュトン』
◇ ◇ ◇
手紙を出してから、一週間後。
返事が届いた。
『レオ殿
ご条件、全て承知いたしました。
ご家族の安全は、私が保証します。
あなたの自由も、尊重します。
そして、あなたを『レオン王子』とは呼びません。『レオ顧問』と、お呼びします。
では、一ヶ月後——王都でお待ちしております。
エドワード・フォン・アルトリア』
◇ ◇ ◇
レオは、手紙を読んで——深く息をついた。
「決まったね」
ミレイが、隣に座った。
「ああ」
レオは、頷いた。
「一ヶ月後、王都に行く」
「はい……」
「怖い?」
「……少し」
ミレイは、正直に答えた。
「でも、大丈夫です。レオさんと、ルナがいますから」
「うん」
レオは、ミレイの手を握った。
「僕も、君がいれば——大丈夫」
二人は、手を繋いだ。
新しい挑戦。
新しい場所。
でも——。
家族で一緒なら、怖くない。
◇ ◇ ◇
それから、準備が始まった。
町の人々に、事情を話す。
「王都に!?」
ガレスが、驚いた顔をした。
「ああ。顧問として、働くことになった」
「そっか……」
ガレスは、少し寂しそうな顔をした。
「残念だけど——お前の決断なら、応援するぜ」
「ありがとう、ガレスさん」
「ただし」
ガレスは、レオの肩を叩いた。
「辛くなったら、いつでも帰ってこい。ここは、お前らの家だからな」
「はい……!」
レオは、胸が熱くなった。
エルザも、同じことを言ってくれた。
「ミラ、頑張ってね」
「はい……!」
「でも、無理しないで。いつでも、戻っておいで」
「ありがとうございます……!」
町の人々は、みんな——温かかった。
ここは、本当に——。
僕たちの、居場所なんだ。
◇ ◇ ◇
出発の日。
町の広場に、たくさんの人が集まっていた。
「レオ! ミラ! 頑張れよ!」
「ルナちゃんも、元気でね!」
「またいつでも、帰ってこいよ!」
みんなが、手を振っている。
レオとミレイは、馬車に乗った。
ルナを抱いて。
「みなさん、ありがとうございました!」
レオが、叫んだ。
「必ず、また会いに来ます!」
「待ってるぞー!」
馬車が、動き出した。
町が、遠ざかっていく。
手を振る人々が、小さくなっていく。
ミレイは、涙を流していた。
「大丈夫?」
レオが、心配そうに聞く。
「はい……ちょっと、寂しくて……」
「うん……」
レオも、寂しかった。
でも——。
前を向いた。
新しい未来へ——。
家族三人で——。
◇ ◇ ◇
数日後。
レオとミレイとルナは——セントラル王国の王都に到着した。
大きな建物。
石畳の道。
以前と、変わらない景色。
でも——。
今度は違う。
家族がいる。
ミレイとルナが、一緒だ。
「着いたね」
「はい……」
ミレイは、緊張した顔をしていた。
「大丈夫」
レオは、ミレイの手を握った。
「僕が、守るから」
「……はい」
三人は、王宮へと向かった。
新しい人生が——。
ここから、始まる。
◇ ◇ ◇
こうして、レオとミレイは——再び王都へ。
でも、今度は——影武者としてではない。
自分自身として。
家族として。
新しい王国で、何が待っているのか——。
それは、まだ誰にも分からない。
でも、三人なら——。
きっと、乗り越えられる。




