第19話 絶望から立ち上がる、決意。
レオが連れて行かれてから、三日が経った。
ミレイは、部屋に閉じこもっていた。
食事も、喉を通らない。
涙も、枯れてしまった。
ただ——ぼんやりと、窓の外を見ていた。
「ミラ……」
扉をノックする音。
エルザの声だ。
「少し、話をしてもいい?」
「……はい」
か細い声で、ミレイは答えた。
エルザが、部屋に入ってきた。
手には、スープの入った器。
「これ、飲みなさい」
「……ありがとうございます」
ミレイは、器を受け取った。
でも、飲む気にはなれなかった。
「ミラ」
エルザは、ミレイの隣に座った。
「あなた、このままでいいの?」
「え……?」
「レオを、取り戻す気はないの?」
その言葉に、ミレイははっとした。
「取り戻す……?」
「そうよ」
エルザは、真剣な顔で言った。
「あなたは、レオの妻でしょう? 夫を取り戻すのは、当然じゃない」
「でも……私、ただの村娘で……」
「だから?」
エルザは、ミレイの肩を掴んだ。
「村娘だから、諦めるの? 愛する人を?」
「……っ」
「ミラ」
エルザの目が、優しくなった。
「あなたは、この数ヶ月——すごく成長したわ」
「え……?」
「薬草の知識も増えた。自信もついた」
エルザは、ミレイの手を握った。
「もう、『落ちこぼれ』なんかじゃない」
ミレイの目から、涙が溢れた。
「エルザさん……」
「だから、立ち上がりなさい」
エルザは、力強く言った。
「レオを、取り戻しに行きなさい」
◇ ◇ ◇
その夜。
ミレイは、ガレスを訪ねた。
「ガレスさん」
「おう、ミラ……」
ガレスは、心配そうに見つめた。
「顔色、悪いな……大丈夫か?」
「はい……あの、相談があるんです」
「何だ?」
「私——レオさんを、取り戻しに行きます」
ガレスは、目を見開いた。
「取り戻す……って、お前……」
「はい」
ミレイは、真剣な顔で頷いた。
「レオさんは、私の夫です。このまま、諦めるわけにはいきません」
「でも、相手は王宮だぞ……?」
「分かっています」
ミレイは、拳を握った。
「でも、私——何もしないで後悔するより、行動して後悔する方がいいです」
ガレスは、しばらくミレイを見つめていた。
それから——。
「……そうか」
ガレスは、にかっと笑った。
「なら、行ってこい」
「ガレスさん……!」
「ただし」
ガレスは、真剣な顔になった。
「危険なことは、するなよ。お前まで、捕まったら意味がない」
「はい……」
「それと」
ガレスは、懐から袋を取り出した。
「これ、持ってけ。旅費だ」
「え……でも……!」
「いいから」
ガレスは、ミレイの手に袋を押し付けた。
「お前は、俺たちの仲間だ。困ってる仲間を、放っておけるか」
ミレイは、涙が溢れた。
「ありがとうございます……!」
「礼はいい。レオを、連れて帰ってこい」
「はい……!」
◇ ◇ ◇
翌朝。
ミレイは、町の広場に立っていた。
町の人々が、集まってきた。
「ミラ、本当に行くのか?」
「ああ……無茶するなよ」
「気をつけてな」
みんなが、心配そうに声をかけてくる。
「ありがとうございます……みなさん……」
ミレイは、深々と頭を下げた。
「必ず、レオさんを連れて帰ってきます」
「待ってるぞ!」
「頑張れよ!」
「二人とも、幸せになるんだぞ!」
町の人々が、口々に叫ぶ。
ミレイは、涙を拭って——前を向いた。
行こう。
レオさんのもとへ——。
◇ ◇ ◇
セントラル王国、王都。
ミレイが辿り着いたのは、三日後だった。
馬車を乗り継ぎ、ようやく——。
「これが……王都……」
大きな建物。
石畳の道。
行き交う人々。
ノルン村とも、フェルトハイムとも違う——。
華やかで、でも——どこか冷たい場所。
「レオさん……どこに……」
ミレイは、王宮を見上げた。
高い塀。
厳重な門。
兵士たちが、警備している。
あそこに、レオさんがいる。
でも、どうやって……?
ミレイは、途方に暮れた。
その時。
「君、困っているようだね」
声がした。
振り返ると——金髪の青年が立っていた。
整った顔立ち。
王宮の制服。
「あなたは……?」
「久しぶりだね、ミレイさん」
青年——ユリウスは、微笑んだ。
「覚えているかい? ノルン村で、一度会ったことがある」
ミレイは、息を呑んだ。
「ユリウスさん……!」
あの時、森でレオとの密会を見つけた——。
「どうして……ここに……?」
「偶然だよ」
ユリウスは、穏やかに言った。
「でも、君がここに来た理由は——分かる」
「殿下から、よく聞いていた」
「レオさんが……?」
「ええ」
ユリウスは、頷いた。
「殿下は、いつも君のことを話していた。『ミレイは優しい』『ミレイは強い』と」
ミレイの目から、涙が溢れた。
「レオさん……」
「君は、殿下を——取り戻しに来たんだね?」
「はい……!」
ミレイは、強く頷いた。
「レオさんは、私の夫です。このまま、諦めるわけにはいきません」
「……そうか」
ユリウスは、少し考えた。
それから——。
「ついてきて」
「え……?」
「殿下に、会わせてあげる」
ミレイは、目を見開いた。
「本当ですか!?」
「ああ。ただし——」
ユリウスは、真剣な顔になった。
「時間は短い。それに、見つかれば僕も罰せられる」
「でも……いいんですか……?」
「いいんだ」
ユリウスは、微笑んだ。
「殿下には、幸せになってほしいから」
◇ ◇ ◇
夜。
ユリウスに案内されて、ミレイは王宮の中に入った。
警備の目を盗んで、地下の通路を抜け——。
「ここだ」
ユリウスが、扉の前で止まった。
「殿下が、軟禁されている部屋」
「軟禁……!?」
「ああ。グレゴリー様が、外に出られないようにしている」
ユリウスは、鍵を取り出した。
「十分だけ。それ以上は、危険だ」
「分かりました……」
ユリウスは、扉を開けた。
「どうぞ」
ミレイは、部屋に入った。
そして——。
レオが、そこにいた。
窓際に座って、外を見ている。
痩せている。
顔色も悪い。
でも——。
レオだった。
「レオさん……!」
ミレイの声に、レオは振り返った。
目を見開いた。
「ミレイ……!?」
「レオさん……!」
ミレイは、レオに駆け寄った。
二人は、抱き合った。
「ミレイ……ミレイ……!」
レオは、ミレイを強く抱きしめた。
「どうして……ここに……!?」
「会いに来ました……! レオさんに……!」
ミレイは、泣きながら言った。
「レオさんを、連れて帰りに……!」
「ミレイ……」
レオの目から、涙が溢れた。
「ありがとう……でも、ダメだ……」
「え……?」
「君まで、危険な目に遭わせるわけにはいかない」
レオは、ミレイの顔を両手で包んだ。
「だから、帰って。フェルトハイムに」
「嫌です!」
ミレイは、首を横に振った。
「レオさんと離れるなんて、嫌です!」
「ミレイ……」
「私たち、夫婦じゃないですか!」
ミレイは、涙を流しながら叫んだ。
「誓ったじゃないですか! ずっと一緒にいるって!」
「……っ」
レオは、言葉が出なかった。
ミレイは、レオの手を握った。
「お願いです……一緒に、逃げましょう……」
「でも……」
「私、レオさんがいないと——生きていけません……」
ミレイの声が、震えた。
「だから、お願い……一緒に……」
レオは、ミレイを抱きしめた。
「ごめん……ごめん、ミレイ……」
「レオさん……」
「僕も、君がいないと——何もできない……」
レオは、ミレイの髪を撫でた。
「でも、今は——逃げられない。グレゴリーの監視が、厳しすぎる」
「じゃあ……」
「待ってて」
レオは、ミレイの目を見た。
「必ず、脱出する方法を見つける」
「本当ですか……?」
「ああ。約束する」
レオは、ミレイの唇にキスをした。
「だから、今は——帰って。安全な場所に」
「でも……!」
その時、扉がノックされた。
「時間だ」
ユリウスの声。
「……分かりました」
ミレイは、名残惜しそうにレオから離れた。
「必ず、脱出してください……」
「ああ。必ず」
レオは、微笑んだ。
「君のもとへ、帰る」
ミレイは、涙を拭って——部屋を出た。
◇ ◇ ◇
王宮を出て。
ミレイは、夜空を見上げた。
「レオさん……」
また、離れ離れになった。
でも——。
今度は、希望がある。
レオさんは、脱出すると言った。
だから、待とう。
信じて、待とう。
ミレイは、拳を握った。
それまで、私も——。
準備をしよう。
レオさんを迎えるための——。
◇ ◇ ◇
その夜、レオは——。
脱出の計画を、考え始めていた。
ユリウスの協力を得て。
必ず、ミレイのもとへ——。
帰る。
◇ ◇ ◇
こうして、二人は——再会を誓った。
離れていても、心は繋がっている。
必ず、また——一緒になる。
その日を信じて——。




