第17話 春の訪れと、忍び寄る影。
長い冬が終わり、春が訪れた。
町は、雪解けの水で潤い始めた。
木々が芽吹き、花が咲き始める。
「春ですね……」
ミレイは、窓から外を見て呟いた。
「うん」
レオは、ミレイの隣に立った。
「春になったら——結婚式だね」
「はい……!」
ミレイの顔が、ぱあっと輝いた。
二人は、この冬の間——ずっと、この日を待っていた。
「町の人たちに、話してみようか」
「はい!」
◇ ◇ ◇
その日、レオはガレスに相談した。
「結婚式……?」
ガレスは、目を丸くした。
「お前ら、ついに!」
「はい。春になったら、って約束してたんです」
レオは、照れくさそうに笑った。
「この町で、式を挙げたいんです。小さくてもいいので」
「いいじゃねえか!」
ガレスは、レオの肩を叩いた。
「おう! 盛大に祝ってやるぜ!」
「盛大じゃなくても……」
「いいや、盛大にやる!」
ガレスは、にかっと笑った。
「お前ら、この町で頑張ってきたんだ。みんなで祝うのが、当然だろ!」
レオは、胸が熱くなった。
「ありがとうございます……」
「礼はいいって! さあ、準備だ!」
◇ ◇ ◇
ミレイも、エルザに報告した。
「結婚!?」
エルザは、驚いた顔をした。
それから——すぐに、嬉しそうに笑った。
「おめでとう、ミラ!」
「ありがとうございます……!」
「リオは、いい男じゃないの。よかったわね」
エルザは、ミレイの手を握った。
「幸せになりなさいね」
「はい……!」
ミレイの目から、涙が溢れた。
こんなにも、祝福してもらえるなんて——。
◇ ◇ ◇
その夜、町の広場で会議が開かれた。
町の人々が、集まってきた。
「リオとミラが、結婚するんだって?」
「本当!? おめでたいじゃないか!」
「よし、みんなで準備しよう!」
町の人々は、口々に言った。
「花を飾ろう!」
「料理も、みんなで作るぞ!」
「音楽隊も呼ばないとな!」
みんなが、二人のために動いてくれる。
レオとミレイは、感激していた。
「みなさん……本当に、ありがとうございます……」
「礼はいいって!」
ガレスが、豪快に笑った。
「お前らは、この町の仲間だ! 当然のことだろ!」
「そうだそうだ!」
町の人々が、口々に言う。
レオとミレイは、涙が止まらなかった。
こんなにも、温かい人たちに囲まれて——。
僕たちは、幸せだ。
◇ ◇ ◇
それから、準備が始まった。
町の女性たちが、ミレイのドレスを作ってくれた。
「ミラ、こっち向いて」
「はい……」
白いドレス。
シンプルだけど、丁寧に作られている。
「似合うわよ!」
「本当に、可愛い!」
女性たちが、口々に言う。
ミレイは、鏡を見た。
白いドレスを着た自分。
まるで、夢みたい。
「ありがとうございます……」
ミレイは、涙を拭った。
◇ ◇ ◇
一方、レオは——。
「リオ、お前もちゃんとした服を着ないとな」
ガレスが、黒いスーツを取り出した。
「これ、俺の若い頃の服だ。サイズ、合うと思うぜ」
「いいんですか……?」
「ああ。お前の晴れ舞台だ。ちゃんとしてないとな」
ガレスは、レオの肩を叩いた。
「しっかり、ミラを幸せにしてやれよ」
「はい……! 絶対に!」
レオは、力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
結婚式は、三日後に決まった。
町の広場で、みんなに祝福されながら——。
「楽しみですね……」
ミレイが、窓の外を見ながら呟いた。
「うん」
レオは、ミレイの隣に座った。
「ずっと、待ってたね」
「はい……」
ミレイは、レオを見た。
「レオさんと出会って——本当に、よかったです」
「僕も」
レオは、ミレイの手を握った。
「君に出会えて、本当によかった」
二人は、微笑み合った。
あと、三日。
三日後には——正式に、夫婦になる。
◇ ◇ ◇
でも——。
その平和は、突然に——破られた。
◇ ◇ ◇
結婚式の前日。
レオは、酒場で働いていた。
「リオ! 明日は晴れ舞台だな!」
客たちが、冷やかしてくる。
「はは……ありがとうございます」
レオは、照れくさそうに笑った。
その時。
扉が、開いた。
数人の男たちが、入ってきた。
黒い服。
鋭い目。
——見覚えがある。
レオの顔が、青ざめた。
あれは——。
セントラル王国の、兵士たち。
「……っ!」
レオは、思わず後ずさった。
男たちは、店内を見回した。
そして——。
レオを、見つけた。
「いたぞ」
リーダー格の男が、レオを指差した。
「レオン殿下——いや、レオだな」
店内が、ざわめいた。
「何だ、あいつら……?」
「レオン殿下……? どういうことだ?」
客たちが、困惑している。
「待て!」
ガレスが、前に出た。
「お前ら、何者だ!?」
「王宮の者だ」
男は、冷たく言った。
「この男を、連れ戻しに来た」
「連れ戻す……!?」
ガレスは、レオを見た。
「リオ、どういうことだ!?」
「ガレスさん……すみません……」
レオは、苦しそうに俯いた。
「僕、本当は——」
「本当の名は、レオ」
男が、説明した。
「元セントラル王国の、レオン王子の影武者だ」
店内が、どよめいた。
「影武者……!?」
「王子様だったのか!?」
「嘘だろ……!?」
客たちが、騒ぎ始める。
「リオ……」
ガレスは、複雑な顔をした。
「お前……そうだったのか……」
「すみません……黙っていて……」
レオは、頭を下げた。
「でも、僕は——もう、王宮には戻りません!」
「それは、お前が決めることではない」
男は、剣を抜いた。
「グレゴリー様の命令だ。大人しく、来てもらおう」
「嫌だ!」
レオは、後ずさった。
「僕には、ここでの生活がある! 明日、結婚するんだ!」
「結婚?」
男は、冷笑した。
「お前のような身分の者が、平民と結婚など——笑止千万」
「ミレイは、平民じゃない!」
レオは、叫んだ。
「僕の、大切な人だ!」
「黙れ」
男は、一歩踏み込んだ。
「これ以上抵抗すれば、力ずくだぞ」
その時。
「やめなさい!」
声がした。
振り返ると——。
ミレイが、そこにいた。
息を切らして、涙を流して。
「ミレイ……!」
「レオさんを、連れて行かないで!」
ミレイは、レオの前に立った。
「お願いします……! レオさんは、もう王宮の人じゃないんです!」
「どけ、娘」
男は、冷たく言った。
「これは、王国の問題だ。お前には、関係ない」
「関係あります!」
ミレイは、涙を流しながら叫んだ。
「レオさんは、私の——婚約者なんです!」
その言葉に、男は眉をひそめた。
「婚約者、だと?」
「はい……! 明日、結婚するんです……!」
「ふん」
男は、鼻で笑った。
「どうせ、偽りの関係だろう。この男は、身分を隠していたのだから」
「違います!」
ミレイは、首を横に振った。
「レオさんは、身分を隠していたかもしれません。でも、私への気持ちは——本物です!」
「ミレイ……」
レオは、胸が熱くなった。
「それに」
ミレイは、男を真っ直ぐ見た。
「身分なんて、関係ありません。私は、レオさんを愛しています。それだけです」
男は、舌打ちをした。
「……面倒な娘だ」
それから、配下の兵士たちを見た。
「捕らえろ」
「はっ!」
兵士たちが、レオに向かって動いた。
その時。
「させるか!」
ガレスが、兵士の前に立ちはだかった。
「ガレスさん!?」
「リオ、いや——レオ」
ガレスは、レオを見た。
「お前が、何者だろうと関係ねえ」
「ガレスさん……」
「お前は、俺の大切な仲間だ」
ガレスは、にかっと笑った。
「仲間を、見捨てるわけにはいかねえ!」
「そうだそうだ!」
客たちも、立ち上がった。
「リオを連れて行くなら、俺たちを倒してからだ!」
「そうだ! リオは、この町の仲間だ!」
町の人々が、レオを守るように立ちはだかった。
レオは、涙が溢れた。
「みんな……」
「くそっ……!」
男は、苛立った顔をした。
「……今日のところは、引く」
剣を鞘に収める。
「だが、必ず——連れ戻す」
そう言い残して、男たちは去って行った。
◇ ◇ ◇
沈黙。
重い沈黙が、店内を包んだ。
「レオ……」
ガレスが、静かに言った。
「全部、話してくれ。本当のこと」
「……はい」
レオは、頷いた。
そして——全てを話した。
自分が、レオン王子の影武者だったこと。
完璧を演じ続けることに疲れて、逃げてきたこと。
ミレイと出会い、愛し合ったこと。
町の人々は、黙って聞いていた。
話し終えると——。
「……そっか」
ガレスは、深く息をついた。
「大変だったな」
「ガレスさん……」
「でもな、レオ」
ガレスは、レオの肩を叩いた。
「お前が何者だろうと、俺にとっちゃ——大切な仲間だ」
「ガレスさん……!」
「そうだぞ!」
客たちも、口々に言った。
「俺たちは、リオ——いや、レオの味方だ!」
「明日の結婚式、ちゃんとやろうぜ!」
レオは、涙が止まらなくなった。
「みんな……ありがとう……ありがとう……!」
ミレイも、泣きながらレオに抱きついた。
「よかった……よかったです……」
「うん……」
レオは、ミレイを抱きしめた。
でも——。
心の奥では、分かっていた。
これで、終わりじゃない。
また、来る。
今度は、もっと大勢で——。
◇ ◇ ◇
その夜。
部屋に戻った二人は、抱き合っていた。
「レオさん……」
「ごめん、ミレイ」
レオは、苦しそうに言った。
「僕のせいで……」
「レオさんのせいじゃないです」
ミレイは、首を横に振った。
「悪いのは、王宮です」
「でも……」
「レオさん」
ミレイは、レオの顔を両手で包んだ。
「私、レオさんと一緒にいたいです。何があっても」
「ミレイ……」
「だから——」
ミレイは、涙を浮かべて微笑んだ。
「明日、結婚しましょう。予定通りに」
「でも……また、追っ手が……」
「来たら、その時考えます」
ミレイは、強く言った。
「でも、今日は——今日だけは、幸せでいたいんです」
レオは、ミレイを強く抱きしめた。
「ありがとう……ミレイ……」
「こちらこそ……」
二人は、抱き合ったまま——朝を待った。
明日、結婚式。
それが——二人にとって、最後の幸せな時間になるかもしれない。
それでも——。
二人は、諦めなかった。
愛し合うことを。
一緒にいることを——。




